銀杏いてふ)” の例文
かぜつめたさわやかに、町一面まちいちめんきしいた眞蒼まつさを銀杏いてふが、そよ/\とのへりをやさしくそよがせつゝ、ぷんと、あきかをりてる。……
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
僕は巻煙草をふかしながら、唐桟柄たうざんがらの着物を着た男や銀杏いてふ返しにつた女を眺め、何か矛盾に近いものを感じないわけにはかなかつた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
黄ばんだ銀杏いてふの樹の下に腰をこゞめ乍ら、余念もなく落葉を掃いて居たのは、寺男の庄太。『瀬川君は居りますか。』と言はれて、馬鹿丁寧な挨拶。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
誰れから先きに動いたともなく、二人は銀杏いてふそばを離れて、盛り上げるやうに白砂はくさを敷いた道を神殿の方に歩いた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
したたるほど真蒼で、富士山よりもつと女らしく、十二単衣の裾を、銀杏いてふの葉をさかさに立てたやうにぱらりとひらいて左右の均斉も正しく、静かに青空に浮んでゐる。
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
銀杏いてふの樹の雄樹と雌樹とが、五里六里離れて居てもやはり実を結ぶ。漢の高祖の若い時、あちこちと逃惑つて山の中などに隠れて居ても、妻の呂氏がいつでも尋ねあてた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「尤もなことぢや、紛失した品と申すのは唐土もろこしで言ふ夜光の珠、南蠻なんばんではこれをダイヤモンドと申すさうぢや。大きさは銀杏いてふの實ほどもあらうか、まことに見事なものぢや」
鶴ヶ岡八幡の銀杏いてふの下で、源實朝が別當べつたう公曉くげうに刺されてから十年目。親鸞が若い眉に時代の意志を象徴させて、佛教革命をひつさげ庶民宗教としての新しい淨土眞宗を町に唱へ初めてから六年目。
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
黄なる葉と褐色かちいろの葉とちりにけり黄なる銀杏いてふがまれにこまかさ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
おとろへにひとり面痩せ秋すみぬ山の日うすく銀杏いてふちるかど
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
野社のやしろはんの木折れて晩秋の来しと銀杏いてふの葉に吹かれ居る
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
銀杏いてふが一本、毎日通ふ道の角にあつた。
晩秋の頃 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
この銀杏いてふの木はおかあさんでした。
いてふの実 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
をさな子の寺なつかしむ銀杏いてふかな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
早起はやおきの女中ぢよちうがざぶ/\、さら/\と、はや、そのをはく。……けさうな古箒ふるばうきも、ると銀杏いてふかんざしをさした細腰さいえう風情ふぜいがある。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
今ごろは丹塗にぬりの堂の前にも明るい銀杏いてふ黄葉くわうえうの中に、不相変あひかはらずはとが何十羽も大まはりに輪をゑがいてゐることであらう。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
寺は信州下水内郡しもみのちごほり飯山町二十何ヶ寺の一つ、真宗に附属する古刹こせつで、丁度其二階の窓に倚凭よりかゝつて眺めると、銀杏いてふの大木をへだてゝ飯山の町の一部分も見える。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
愛宕あたごさんにも大けな銀杏いてふがおましたな、覺えてなはる。……はちの巣を燒いてえらい騷動になりましたな。』と、またなつかしな眼をして、小池の顏に見入つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
黄なる葉と褐色かちいろの葉とちりにけり黄なる銀杏いてふがまれにこまかさ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
秋の人銀杏いてふちるやと岡に来て逢ひにける子と別れて帰る
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そしてそこはさつきの銀杏いてふの並樹
『春と修羅』 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
このなかを、れてんだあを銀杏いてふ一枝ひとえだが、ざぶり/\とあめそゝいで、波状はじやうちうかたちは、流言りうげんおにつきものがしたやうに
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
例へば浅草あさくさゑがくにしても、ロテイの「日本の秋」の中の浅草のやうに、のあたりに、黄ばんだ銀杏いてふだの、赤い伽藍がらんだのが浮んで来ないことは事実である。
日本の女 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
就中わけてももろいのは銀杏いてふで、こずゑには最早もう一葉ひとはの黄もとゞめない。丁度其霜葉しもばの舞ひ落ちる光景ありさまを眺め乍ら、廊下の古壁に倚凭よりかゝつて立つて居るのは、お志保であつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
……今年も仰山ぎやうさん實がなりました。……けどもな、あの穴へ手を入れると、あの時に燒けたのが消し炭になつてゐて、黒う手に附きまツせ。……あゝこの銀杏いてふめんやこと、實がなつてへん。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
こまかた銀杏いてふ散葉ちりはえてその向き向きを霜のよろしさ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
銀杏いてふなみきをくぐつてゆく
『春と修羅』 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
銀杏いてふ木蓮もくれんほゝかへで
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ねぐらりない喧嘩けんくわなら、銀杏いてふはうへ、いくらかわかれたらささうなものだ。——うだ、ぽぷらのばかりでさわぐ。……銀杏いてふ星空ほしぞら森然しんとしてた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
出ると外はこがらしが、砂煙を往来の空にき上げてゐた。黄いろい並木の銀杏いてふの落葉も、その中でくるくる舞ひながら、大学前の古本屋の店の奥まで吹かれて行つた。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こまかた銀杏いてふ散葉ちりはえてその向き向きを霜のよろしさ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かしても、何處どこにもその姿すがたえないで、まつた銀杏いてふが、一枚いちまいひら/\とぶのがえた。
湯どうふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しひの木や銀杏いてふの中にあるのは、——夕ぐれ燈籠とうろうに火のともるのは、茶屋天然自笑軒てんねんじせうけん
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あはれ、あはれ、銀杏いてふの林
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
のツほツほ——五聲いつこゑばかりまどいて、しばらくすると、やまさがりに、ずつとはなれて、第一だいいちてら銀杏いてふおもふあたりで、こゑがする。第二だいに銀杏いてふ——第三だいさんへ。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
葉もふる銀杏いてふの林。
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
屋根やねに、忍術にんじゆつつかひがつたのでもなんでもない。それきりで、第二だいに銀杏いてふにみゝづくのこゑえた。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
青き葉の銀杏いてふの林
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ところで、わたしたちのまち中央まんなかはさんで、大銀杏おほいてふ一樹ひときと、それから、ぽぷらの大木たいぼく一幹ひともとある。ところたけも、えだのかこみもおなじくらゐで、はじめはつゐ銀杏いてふかとおもつた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
與吉よきち身體からだれようといふいへは、すぐ間近まぢかで、一ちやうばかりくと、たもとに一ぽん暴風雨あらし根返ねがへして横樣よこざまになつたまゝ、なかれて、なか青々あを/\とした、あはれな銀杏いてふ矮樹わいじゆがある、はし一個ひとつ
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
にやくねれる、こひにやなやめる、避暑ひしよころよりしていまみやこかへらざる、あこがれのひとみをなぶりて、かぜ音信おとづるともあらず、はら/\と、はじかき銀杏いてふつゝゆびしなへるは
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あのおくはるか燈明臺とうみやうだいがあるといふ。をかひとつ、たかもりは、御堂みだうがあつて、姫神ひめがみのおにはといふ。をかについて三所みところばかり、寺院じゐんむねと、ともにそびえたしげりは、いづれも銀杏いてふのこずゑらしい。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この見上みあぐるばかりな、これほどのたけのあるはこのあたりでつひぞことはない、はしたもと銀杏いてふもとより、きしやなぎみなひくい、土手どてまつはいふまでもない、はるかえるそのこずゑほとん水面すゐめんならんでる。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
眞中頃まんなかごろで、向岸むかうぎしからけて郵便脚夫いうびんきやくふ行合ゆきあつて、遣違やりちがひに一緒いつしよになつたが、わかれてはし兩端りやうはしへ、脚夫きやくふはつか/\と間近まぢかて、與吉よきちの、たふれながらになかばんだ銀杏いてふかげちひさくなつた。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)