)” の例文
あまり暖くならぬうち一度是非行つて見たく、ついでに其處の宇津うつ峠をも越えて見たいと思ふうちにいつか桃の花が咲いて來た。
しながら思うに、大正元年の秋、英一がまだ十歳なりける時、大西一外君に誘われて我と共に雑司ぞうし鬼子母神きしもじんに詣でしことあり。
そうして急に思い立ったように姉のうちへ出掛けた。姉の宅は守坂かみざかの横で、大通りから一町ばかり奥へ引込んだ所にあった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
へやは広からずといえども器具調度は相当にちんまりとまとまった二十騎町からは目と鼻のいち八幡はちまん境内に隣する一軒でありました。
「お邪魔してもよければ……実はわたし貸間をさがしているのよ。今世田せたにいるんですけど、こっちへ出てくるのが大変だから。」
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ここにこし達磨だるまのことも言い添えておくべきでしょうか。木型きがたを用い、紙で作ります。この県の唯一の窯場かまば深谷ふかやであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
二十九年には脩が一月に秀英舎いち工場の欧文校正係に転じて、牛込うしごめ二十騎町にじっきちょうに移った。この月十二日に脩の三男忠三さんが生れた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
昨夜十二時少し過ぎ、小石川区さす町○○番地の坂の上で、「人殺しーい」という悲鳴が、人通りの少ない闇の街の空気にひびき渡った。
呪われの家 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
雑司ぞうし御墓おはかかたわらには、和歌うた友垣ともがきが植えた、八重やえ山茶花さざんかの珍らしいほど大輪たいりん美事みごとな白い花が秋から冬にかけて咲きます。
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
おや、八五郎兄哥あにい、いつも元気で結構だね。——用事というのは、あっしが持込んで来たんだが、きのう雑司ぞうしに厄介な殺しがあったのさ。
この頃の御感想は……私はこの言葉を胸にくりかえしながら、雑司ぞうしの墓地を抜けて、鬼子母神きしぼじんのそばで番地をさがした。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
だから、村の者が甘藷を出すにも、一貫目につき五厘もがよければ、二里のはたに下ろすより四里の神田へ持って行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
義雄は、弟のかをるきりの火葬場へ行くつもりで、直ぐ支度をして來いと云ふ使ひを出してから、先づ知春の室に行つた。
先刻さっき、目黒の不動の門前を通ったことだけは夢のように覚えているが、今気がついて見ると私はきりから碑文谷ひもんやに通う広い畑の中に佇んでいる。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
麹町見附みつけ内に開設せられ、西岡未亡人がその学校の校長に推されているというようなことなども段々知らされた。
淡島氏の祖の服部喜兵衛は今の寒月から四代前で、とは上総かずさ長生ちょうせい郡のさん(今の鶴枝村)の農家の子であった。
埼玉県鴻巣こうのすの辺りから岩槻いわつきこし亀有かめあり、亀戸を経て東京湾に延長する一地震帯があって、この地震帯から、小規模ではあるが、強烈な地震が起こる。
地震なまず (新字新仮名) / 武者金吉(著)
夢にも逢いたい母様おっかさんと、取詰めて手も足も震う身を、その婆さんと別仕立の乗合腕車のりあいぐるま。小石川さしちょうの貧乏長屋へ駈着かけつけて、我にもあらず縋りついた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
学校の裏の墓地や雑司ぞうしの墓地の奥の囚人墓地という木立にかこまれた一段歩たんぶほどの草原でねころんでいた。
風と光と二十の私と (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そのうちの一度は夏目先生のたしか七回忌に雑司ぞうしの墓地でである。大概洋服でなければ羽織袴はおりはかまを着た人たちのなかで芥川君の着流しの姿が目に立った。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
見たことはないと言ったのさ、まるで、はと三志様さんしさまそっくりの人相だから、わたしゃ夢かと思ったのさ
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし心はせく、無理を承知でむちをくれかくを入れ、保土ほどから戸塚へと長い坂をけ登っていった。
主計は忙しい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三十六ねんなつ水谷氏みづたにしうち望蜀生ぼうしよくせいとも採集さいしふかけて、ゆき圓長寺えんちやうじうら往還わうくわんつてた。道路だうろ遺跡ゐせきあたるので、それをコツ/\りかへしてたのだ。
さすはじめ柳町、本郷丸山、西片町、森川町、最後に明神坂を下って万世橋からやっと鉄道馬車。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
暗闇の千葉街道を、驀地まっしぐらに、疾走しているのは、世田せたの自動車大隊だった。囂々ごうごうたるわだちの響は並木をゆすり、ヘッド・ライトの前に、濛々もうもうたる土煙をあげていた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
江戸から二里で千住せんじゅ。おなじく二里で草加そうか。それからこし粕壁かすかべ幸手さってで、ゆうべは栗橋の泊り。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
保土ほど某寺あるてらの僧侶が写真を撮る必要があって、横浜へ往って写真屋へ入り、レンズの前へ立っていると、写真師は機械に故障が出来たからと云って撮影を中止した。
レンズに現われた女の姿 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
うもあつたらうかとおもひます。そして、大脇おほわきわきけてもらふとか、蜂谷はちやけてもらふとかして、いろ/\な苗字めうじむらにふえてつたらうかとおもひます。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
信仰しんかうなし己の菩提所ぼだいしよ牛込うしごめの宗伯寺なりしが終に一大檀那だいだんなとなり寄進の品も多く又雜司ざふし鬼子母神きしぼじん金杉かなすぎ毘沙門天びしやもんてん池上いけがみ祖師堂そしだうなどの寶前はうぜん龍越りうこしと云ふ大形の香爐かうろ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
東京のもとのまわりには西南のはしに千駄せんだ、北に片よって千駄木せんだぎという町があって、ともに聞きなれぬ地名だから人が注意している。千駄ガ谷はもと郊外の農村だった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
初めの四、五日は、あし(安静村)の漁夫の家に、妻子を隠して、近くを警戒しながら潜伏していたが、偵察に出した梨丸なしまるや、走り下部しもべ子春丸ししゅんまるなどが、立ち帰って来て
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕等は終点で電車を下り、注連飾しめかざりの店など出来た町を雑司ぞうしの墓地へ歩いて行った。
年末の一日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
春季の大運動會とて水のの原にせし事ありしが、つな引、鞠なげ、繩とびの遊びに興をそへて長き日の暮るゝを忘れし、其折の事とや、信如いかにしたるか平常の沈着おちつきに似ず
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ずつと以前まへ、丁度この頃のやうな秋日和に東京の近郊、雑司ざふし附近あたり徜徉ぶらついてゐると、一人の洋画家が古ぼけた繻子張しゆすばり蝙蝠傘かうもりがさの下で、其辺そこらの野道をせつせと写生してゐた。
いったいどこへゆくのだろう? 四谷よつやを過ぎ、いちを過ぎ、牛込うしごめの方へ走ってゆく。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あまつさへ久く病院の乾燥せる生活にこうじて、この家をおもふこと切なりければ、追慕の情はきはまりて迷執し、めては得るところもありやと、夜のおそきに貫一はいちなる立退所たちのきじよを出でて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
阿佐あさの病室。経堂きょうどうの病室。千葉県船橋。板橋の病室。天沼のアパート。天沼の下宿。甲州御坂峠みさかとうげ。甲府市の下宿。甲府市郊外の家。東京都下三鷹町みたかまち。甲府水門町。甲府新柳町。津軽。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
一通の手紙を書いて、上に三田みたむら村長石野栄造様という宛名あてなを書いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
私が或る特殊な縁故を辿たどりつつ、雑司ぞうし鬼子母神きしもじん陋屋ろうおくの放浪詩人樹庵次郎蔵じゅあんじろぞうの間借部屋を訪れたのは、あたかも秋はたけなわ、鬼子母神の祭礼で、平常は真暗な境内にさまざまの見世物小屋が立ち並び
放浪作家の冒険 (新字新仮名) / 西尾正(著)
その夏になる前に征雄ゆきおは台湾の大学に赴任したばかりの上、丁度お前もその数日前から一人でO村の山の家に出掛けており、雑司ぞうしのだだっ広い家には私ひとりきり取り残されていたのだった。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
やがて保土ほど。だが停車しても博士は別に立上ろうとするでもない。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「さあ、これからが宇津うつ峠。業平なりひらの、駿河するがなるうつの山辺のうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり、あの昔の宇都の山ですね。登りは少し骨が折れましょう。持ちものはこっちへお出しなさい。持っててあげますから」
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いち左内坂上、長泰寺。防子追憶。
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
手紙の初めにも申上げたよう私のうちいち監獄署の裏手で御在ございます。五、六年前私が旅立する時分じぶんにはこの辺はく閑静な田舎でした。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お縫 はて、くには及ばぬ。さう事が判つたからは、いちの叔父樣とも御相談して、また分別の仕樣もあらう。
箕輪の心中 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
彼ははたの阪川牛乳店に生れて、其処そこ此処ここに飼われた。名もポチと云い、マルと云い、色々の名をもって居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
世田せたという所がどこかしら東京付近にあるという事だけ知って、それがどの方面だかはきょうまでつい知らずにいたが、今ここを通って始めて知った。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
宵闇をつんざく若い女の聲は、雜司ざふしの靜まり返つた空氣を、一しゆん、煑えこぼれるほど掻き立てました。
民子たみこをのせて雪車そりは、みちすべつて、十三といふ難所なんしよを、大切たいせつきやくばかりを千尋ちひろ谷底たにそこおとした、ゆきゆゑ怪我けがはなかつたが、落込おちこんだのは炭燒すみやき小屋こやなか
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それでその点もやはりぼんやりかすんで見えるよりほかに仕方がないのだが、母が大番町おおばんまちで生れたという話だけはたしかに聞いていた。うちは質屋であったらしい。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)