しを)” の例文
朴訥ぼくとつな調子で話り了ると、石津右門はホツと溜息を吐きます。鬼の霍亂くわくらんしをれ返つた樣子は、物の哀れを通り越して可笑しくなる位。
千登世は仕上の縫物に火熨斗ひのしをかける手を休めて、目顏を嶮しくして圭一郎をなじつたが、直ぐ心細さうにしをれた語氣で言葉を繼いだ。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
『実際うまくいつたよ。』と友達の成功をよろこぶ傍から、丑松は何か思ひついたやうにしをれて、『県庁の方からは最早もう辞令が下つたかね。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ぱん子女しぢよ境涯きやうがい如此かくのごとくにしてまれにはいたしかられることもあつてそのときのみはしをれても明日あすたちま以前いぜんかへつてその性情せいじやうまゝすゝんでかへりみぬ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
おつ母さん、金盥かなだらひに水をくんで来て頂戴。それから美代ちやん、二階の机の上の花瓶から桔梗ききやうの花を二つぬいて来て……しをれてないのをね。
姿いとたふとき者としたしく相かたらふさまなるかの鼻の小さき者は百合の花をしをれしめつゝ逃げ走りて死したりき 一〇三—一〇五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「祖母さんどうしましたの。」お梅はいぶかしげに祖母の顏を見詰めた。りんとしたその顏も會ふたびにしをれて來るやうに思はれて痛々しくなつた。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
金煙管きんぎせるたばこひと杳眇ほのぼのくゆるを手にせるまま、満枝ははかなさの遣方無やるかたなげにしをれゐたり。さるをも見向かず、いらへず、がんとして石の如くよこたはれる貫一。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
きつちやんおまへにもゝうはれなくなるねえ、とてたゞふことながらしをれてきこゆれば、どんな出世しゆつせるのからぬが其處そこくのはしたがからう
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それっくれえ手前たちゃしをれてたんだ。——それにまた、己がそれをしなかったら、手前らは飢死うえじにしてたろうて。
涼しい風がしきりと植込のをゆすつてゐる。縁先の鳳仙花は炎天にしをれたその葉をば早くも真直に立て直した。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
僕はマネジヤアのN君と彼等のおりるのを見下みおろしながら、ふとその中のキユウピツドの一人ひとりしをれてゐるのを発見した。キユウピツドは十五か十六であらう。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
おつ母樣かさまの不機嫌になつたのにも、程なく馴れて、格別しをれた樣子もなく、相變らず小さい爭鬪と小さい和睦との刻々に交代する、賑やかな生活を續けてゐる。
最後の一句 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
私はなほ、しをれさせられない我身を暇あるときに振返り、頼りにするだらう——孤獨の瞬間にも語り合ふべき自然な、とらはれぬ感情を、なほ、持つことであらう。
我れからめるおのが影も、しをるゝ如くおもほえて、つれなき人にくらべては、月こそ中々に哀れ深けれ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
けれども、うら若い佛蘭西人の目が、一瞬、異樣にかがやいた。彼は小さな薔薇にくちづけをしたのだつた。さうしていま、その薔薇は彼の胸の上でしづかにしをれてゐるだらう。
あかひたひあをほゝ——からうじてけむりはらつたいとのやうな殘月ざんげつと、ほのほくもと、ほこりのもやと、……あひだ地上ちじやうつゞつて、めるひともないやうな家々いへ/\まがきに、朝顏あさがほつぼみつゆかわいてしをれつゝ
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わが詞遣ことばづかひきずを指すことの苛酷なる、主人の君のわが獨り物思ふことの人にえたるをいましめて、わが草木などの細かなる區別に心入れぬを咎め、我を自ら卷きて終にはしをるゝ葉に比べたる
うるしにかぶれた坊さんや、少しびつこをひく馬や、しをれかかつた牡丹ぼたんはちを、車につけて引く園丁や、いんこを入れた鳥籠とりかごや、次から次とのぼつて行つて、さて坂上に行き着くと、病気の人は
北守将軍と三人兄弟の医者 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
雲の峯の天にいかめしくて、磧礫こいし火炎ほのほを噴くかと見ゆる夏の日、よろづの草なども弱りしをるゝ折柄、此花の紫雲行きまどひ蜀錦碎け散れるが如くに咲き誇りたる、梅桜とはまた異るおもむきあり。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
をみなへししをれぞ見ゆる朝露のいかに置きける名残なごりなるらん
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
太陽にそむきてさきし向日葵ひまわりはそのとがにしてしをれたるかも
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
夕明下ゆふあかりかに投げいだされた、しを大根だいこの陰惨さ
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
しをれしにほひの夢よ、——ありしその日
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
しをれゆくまますべなきか。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
人は死に、花はしをれめ。
寂寞 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
しをれし花環はなわ投げずとも
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
夜はしをれて
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
お組の聲はすつかりしをれてをります。お園と張合つて、一寸も退けを取らなかつたお組にしては、それは思ひも寄らぬくじけやうです。
井戸端ゐどばたにぼつさりとしげりながら日中につちうあつさにぐつたりとしをれて鳳仙花ほうせんくわの、やつとすがつてはな手拭てぬぐひはしれてぼろつとちた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
年長うへの長ちやんは学校へ行き始めてから急に兄さんらしく成つたと言はれて居るが、何となくその日はしをれた顔付で、背後うしろからお節にすがりついた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
しをれかけた草の葉かげから聞える晝間の蟲の聲は、正しく「秋のヰヨロンのすゝり泣する調しらべ」であらう。
虫の声 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
はゝなさけなきおもひのむねせまて、あれあんなことを、貴君あなた聞遊きゝあそばしましたかと良人をつとむかひていまはしげにいひける、むすめにはかしをれかへりしおもて生々いき/\とせしいろせて
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
……温室の草花は外の寒い風に當てると、直きにしをれるんですかね。人間だつてさうなんですわね。
見学 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
風「気の毒な、しをれてゐる。あれの事だから心配してゐるのだ。君、何とかしてすくつて遣り給へな」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
折柄をりからすぎ妻戸つまどを徐ろに押しくる音す、瀧口かうべを擧げ、ともしびし向けて何者と打見やれば、足助二郎重景なり。はしなくは進まず、かうべを垂れてしをれ出でたる有樣は仔細ありげなり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
茶山は四十年前にひるしをれぬ漳州産の牽牛花けんぎうくわを栽培してゐた。景樹が三十年前に其種子を得て植ゑ、歌を詠んだ。茶山は「私はしる人にあらず、伝へゆきしなり」と云つてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
吹き乱る風のけしきに女郎花をみなへししをれしぬべきここちこそすれ
源氏物語:28 野分 (新字新仮名) / 紫式部(著)
杉江 どうせ途中でしをれちまふよ。
桔梗の別れ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
我手わがての花はしをれゆく……
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
萬次はこと/″\しをれ返つてをります。これが筋彫の刺青いれずみなどを見榮にして、やくざ者らしく肩肘かたひぢを張つてゐたのが可笑しくなるくらゐです。
『あゝ。』と細君はしをれ乍ら、『何故なぜ私が帰つて下さいなんて言出したか、其訳を未だ貴方に話さないんですから。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「そんなになくつたつていくらもきやしない老人としよりのことをな」内儀かみさんはつくづくまたいつた。勘次かんじ餘計よけいしをれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼等は習慣と道徳の雨に散りたる一片の花にして、刑罰と懲戒の暴風にしをれず、死と破滅の空に向ひて、悪の蔓をのばし、罪の葉を広ぐる毒草の気概を欠き居り候。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
奇麗きれいはなでしたけれどもゝうしをれて仕舞しまひました、貴君あなたにはあれから以來いらい御目おめにかゝらぬでは御座ござんせぬか、何故なぜひにくださらないの、何故なぜかへつてくださらぬの
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
宮はやうやう顔を振挙げしも、すさまじく色を変へたる貫一のおもてに向ふべくもあらでしをしぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
。打ちしをれし御有樣、重景も瀧口も只〻袂を絞るばかりなり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
女郎花をみなへししをるる野辺をいづくとて一夜ばかりの宿を借りけん
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ゆふべを待たでしをれゆく。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
お若は今までの激しい表情をうしなつて、急に打ちしをれました。見る/\大粒の涙が、その長い睫毛まつげを綴つて、ポトポトと疊を濡らします。