皮膚ひふ)” の例文
「ツインガレラの顔は脂粉しふんに荒らされてゐる。しかしその皮膚ひふの下には薄氷うすらひの下の水のやうに何かがまだかすかにほのめいてゐる。」
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
今は儂にとりて着物きものの如く、むしろ皮膚ひふの如く、居れば安く、離るれば苦しく、之を失う場合を想像するにえぬ程愛着を生じて来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
考える事と、行動力は別々であった。皮膚ひふを一皮むいてしまいたいような熱っぽい感じなのである。一日一日罪をあがなってゆく感じだった。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
剃刀かみそりが冷やりと顔に触れたとたん、どきッと戦慄せんりつを感じたが、やがてさくさくと皮膚ひふの上を走って行くこころよい感触に、思わず体が堅くなり
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
その上に人造皮膚ひふをかぶせ、だれが見ても生きているほんものの人間と、すこしもちがわないからだをしているものをいうのだ。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
また他の時はすこしつかれを帯びたようにしずんで、不透明ふとうめいで、その皮膚ひふの底の方にはなんだか菫色すみれいろのようなものが漂っているように見えた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
死人のようにほっペタをへこまして、白い眼と白いくちびるを半分開いて……黄色い素焼みたいな皮膚ひふの色をして眠っているでしょう。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「殺されてもかまわん」と生蕃せいばんは決心した。かれの赤銅色の顔の皮膚ひふ緊張きんちょうしてその厚いくちびるはしゅのごとく赤くなった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ともすれば身体のよじり方一つにも復一は性の独立感を翻弄ほんろうされそうなおそれを感じて皮膚ひふの感覚をかたくよろって用心してかからねばならなかった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
水のとおらない皮膚ひふをもっているのですから、あのうずまいている流れをわたることができないと言われては、だまっているわけにはいきません。
譬えば大きな水泡みずぶくれが人の皮膚ひふへ出来た時針の先位でちょいと突いてあなけても少し水が出ると忽ち皮の膜が密着して出なくなるようなものだ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
與吉よきち横頬よこほゝ皮膚ひふわづか水疱すゐはうしやうじてふくれてた。かれ機嫌きげんわるかつた。みなみ女房にようばう水疱すゐはう頭髮あたまへつける胡麻ごまあぶらつてやつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
おんな皮膚ひふいろあおざめてたるんでいた、そして、水腫性すいしゅせい症状しょうじょうがあるらしくふとって、ことに下腹したはらていました。
火を点ず (新字新仮名) / 小川未明(著)
其所そこ叮嚀ていねいみがいた。かれ歯並はならびいのを常に嬉しく思つてゐる。はだいで綺麗きれいむね摩擦まさつした。かれ皮膚ひふにはこまやかな一種の光沢つやがある。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
女の肩から腕から背へかけての皮膚ひふ——羽二重のやうな美しい皮膚——は、利助の恐ろしい力にかれて、見る/\血がにじみ出して來ました。
かれの内儀さんはあさぎいろの皮膚ひふをした、かれの好きらしい、ちょっとどこか女ざかりを見せている女だったのだ。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ところが君は、まだ皮膚ひふが弱い。ここの空気は、君には毒ですよ——ほんとですとも、うっかりすると伝染でんせんしますぞ?
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
そして、その顔の黄色い皮膚ひふと、机掛つくえかけの青い織物おりものとの間から、椿つばきの様に真赤な液体が、ドクドクと吹き出していた。
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その青白い皮膚ひふの色と、つめたい、するどい眼の光とは、むしろ神経質な知識人を思わせ、また一方では、勝ち気で、ねばっこい、残忍ざんにんな実務家を思わせた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
翌朝に至って正気付いたが焼けただれた皮膚ひふかわき切るまでに二箇月にかげつ以上を要したなかなかの重傷だったのである。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わしの誓いのしるしを受けい。(俊寛石を拾いおのれの胸、顔等をうつ、皮膚ひふ破れて血ほとばしる。地に倒れ、また立ち上がりて狂えるごとく衣をく)
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
大学生も毛深くてたくましいヘラクレスみたいな身体をしていましたが、上原のすべすべした小麦色の皮膚ひふを愛情のこもった眼付で、でまわしていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
彼の身体からだを作上げている、あらゆる元素どもが、彼の皮膚ひふの下で、物凄ものすごく(ちょうど、後世の化学者が、試験管の中で試みる実験のように)泡立あわだち、えかえり
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
永い年月の衣料の不足は、質素しっそな岬の子どもらのうえにいっそうあわれにあらわれていて、若布わかめのようにさけたパンツをはき、そのすきまから皮膚ひふの見える男の子もいた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
皮膚ひふはもえるようにあつくなり、からだじゅうが、かっかっとほてって、その苦しさときたら、いまにも気絶きぜつして、それっきり死んでしまうかと、たびたび思ったほどだった。
郁治は清三のやせた顔と蒼白い皮膚ひふとを見た。話しぶりもどことなく消極的になったのを感じた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
わたしは、この娘のきゃしゃな皮膚ひふをとおして、考えていることを読みとることができました。
こう一言さけんだお政は、きゃくのこした徳利とくりを右手にとって、ちゃわんを左手に、二はい飲み三ばい飲み、なお四はいをついだ。お政の顔は皮膚ひふがひきつって目がすわった。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
広い青空の下に困難こんなんな生活をつづけているあいだに、わたしの手足は強くなり、肺臓はいぞう発達はったつし、皮膚ひふあつくなり、ちょうどかぶとをかぶったように寒さをも暑さをもしのぐことができるようになった。
ウオツカの沁み込むあつ皮膚ひふから萠える。……
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
さはれば指の皮膚ひふに親しき。
悲しき玩具 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
皮膚ひふのつやがたいへんよくなります。外国では、バタをつかうこと日本の醤油の如くです。バタをけちけちしてる食卓はあまり好きません。
朝御飯 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「ありません。しかし、チュソー夫人のことは本を読んで知ってますよ。僕もあの蝋人形は好きですね。皮膚ひふがすき通って、血がかよっているようでしょう」
悪霊物語 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もう一人の支那人、——鴉片あへんの中毒にかかっているらしい、鉛色の皮膚ひふをした男は、少しもひるまずに返答した。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
するようになってから常に春琴の皮膚ひふが世にもなめらかで四肢しし柔軟じゅうなんであったことを左右の人にほこってまずそればかりが唯一の老いのごとであったしばしばてのひら
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
生ぬるい水中へぎゅーんと五体がただ一つの勢力となって突入とつにゅうし、全皮膚ひふの全感覚が、重くて自由で、柔軟じゅうなんで、緻密な液体に愛撫あいぶされ始めると何もかも忘れ去って
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
こめむぎ味噌みそがそれでどうにか工夫くふう出來できた。かれうしていのちつな方法はうはふやつつた。二三にちぎて與吉よきち火傷やけど水疱すゐはうやぶれてんだ皮膚ひふしたすこ糜爛びらんけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
黒い覆面から漏れたのは、鉛色のにごつた皮膚ひふうつろな眼の穴——多分それは彦徳ひよつとこの假面でせう。
が、一代の腕は皮膚ひふがカサカサにかわいてあおぐろあかがたまり、悲しいまでに細かった。この腕であの競馬の男の首を背中を腰を物狂おしくいたとは、もう寺田は思えなかった。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
朝倉先生も、次郎も、塾生たちとはだか皮膚ひふをふれあい、おたがいに背中を流しあうのだった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
老師らうしといふのは五十格好がつかうえた。赭黒あかぐろ光澤つやのあるかほをしてゐた。その皮膚ひふ筋肉きんにくことごとくしまつて、何所どこにもおこたりのないところが、銅像どうざうのもたらす印象いんしやうを、宗助そうすけむねけた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
まだ、わたし皮膚ひふには、あのはやしなかにあったころをおもわせるような、あお部分ぶぶんのこっている。じつに、あのはやしなかにあった時分じぶんは、なんという、青々あおあおとしたからだであったろう……。
河水の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
この頃のぼくはひとりでいるときでも、なんでも、あのひとと一緒いっしょにいる気がしてならない。ぼくの呼吸も、ぼくの皮膚ひふも、息づくのが、すでに、あのひとなしに考えられない。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
或るお医者は同じ暑さの時に日本では西洋ほど日射病の沢山ない訳は人の皮膚ひふに粘着性が強いからだと申します。してみると人間の身体からだや皮膚も西洋人と違うのでございましょう。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
だんだん、あぶらをぬった外のはね毛のあいだから、皮膚ひふにまでしみこんできました。地上はきりにつつまれて、湖も山も森もぼんやりかすんでいます。どこを飛んでいるのか、けんとうもつきません。
近頃人々は物憶ものおぼえが悪くなった。これも文字の精の悪戯いたずらである。人々は、もはや、書きとめておかなければ、何一つ憶えることが出来ない。着物を着るようになって、人間の皮膚ひふが弱くみにくくなった。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かれは金茶色のかみをしていた。顔色は青白くて、すきとおった皮膚ひふのもとにひたい青筋あおすじすら見えるほどであった。その顔つきには病人の子どもらしい、おとなしやかな、悲しそうな表情ひょうじょうがあった。
国家か、何ものぞ。法律か、何の関係ぞ。習慣しゅうかん、何の束縛そくばくぞ。彼等は胃の命令と、ちょうの法律と、皮膚ひふの要求と、舌頭の指揮と、生殖器の催促さいそくの外、何のしばらるゝ処がない。彼等は自然力其ものである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さうして、私のりたての青いかほ皮膚ひふ
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
まつ皮膚ひふ皮膚ひふに沁みる絶壁ぜつぺきのシワ
冠松次郎氏におくる詩 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)