しら)” の例文
私の家は北組といって、千住一丁目の奥深いところでしたけれど、まだあたりのしらまない内から、通を行く車の音や人声が聞えます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
日の光は、相変わらず目の前の往来を、照りしらませて、その中にとびかうつばくらの羽を、さながら黒繻子くろじゅすか何かのように、光らせている。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人が心配して、やきもきしているのに、そうしらばくれるんなら俺も、ハッキリ聞こう! 俺のいうことに、答えてもらおうじゃないか。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
自分の罪を他人になすり付けて「一向に存じませぬ」としらを切る悪党の済まし切った鼻の表現は、どうしても違わなければなりませぬ。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
みちの両側しばらくのあいだ、人家じんかえては続いたが、いずれも寝静まって、しらけた藁屋わらやの中に、何家どこ何家どこも人の気勢けはいがせぬ。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今迄薄暗かった空はほのぼのとしらみかかって、やわらか羽毛はねを散らしたような雲が一杯に棚引き、灰色の暗霧もやは空へ空へと晴て行く。
あかつきの四時か五時頃だったろう、障子の外がほんのりしらみ初めたと思ったら、どこかうしろの山の方で、不意にと声ほととぎすがいた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
面白くはやりし一座もたちましらけて、しきりくゆらす巻莨まきたばこの煙の、急駛きゆうしせる車の逆風むかひかぜあふらるるが、飛雲の如く窓をのがれて六郷川ろくごうがわかすむあるのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あれはもう東のしら暁方あけがた頃でございましたろうか、……旦那様、手前、文麻呂様があの鹿ししたににあるお母上様の御墓所の近くに
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
あしもとのしたは、すぐ千じんのそことなって、急流きゅうりゅうしらぎぬをさくように、みだれちらばっているいしにつきあたって、しぶきをあげています。
考えこじき (新字新仮名) / 小川未明(著)
朝の光がこずえからしらじらとさしていた。大きな岩があって岩屋いわやらしい入口が眼についた。刀を差した人はその中へ入って往った。
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
長くなり始めた夜もそのころにはようやくしらみ始めて、蝋燭ろうそくの黄色いほのおが光の亡骸なきがらのように、ゆるぎもせずにともっていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
驟雨しううあとからあとからとつてるのであかつきしらまぬうちからむぎいてにはぱいむしろほし百姓ひやくしやうをどうかすると五月蠅うるさいぢめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
貴様しらを切って解らずにいると思うか! 貴様はこの間まで曲馬団にいたではないか! 印度いんど人に化けて投剣とか云うのを
撞球室の七人 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
くるみの枝でつくったむちときたら、きれいで、よくたわんで、とてもしらかばの枝なんか、くらべものにならないのです。
しらをきったのは、どの顔でそんなことを認める面皮があろうという心持だった由。迚も日の目に当てられるものではないと思っていたとのこと。
闇とは言いながら、もう夜明けに間もない時ですから東の空はしらみ渡っていました。神明しんめいから浜松町へかけての通り、お浜の駈けて行く後ろ影。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかしもう光広も紹由も、遊びの興は尽きたていで、そろそろ歓楽の後のしらけた寂しさが、誰のおもてにもただよいかけている。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もししらを切るようだったら、何時から何処にどれだけの貯金があった、誰からいくら引出した、というようなことを調べ上げてやるまでのことだ。
神棚 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
しらぱつくれちやいけねえ。此處で口を開かなきア、お白洲しらす砂利じやりつかませるばかりだ。穩便に願つて身を退く方が、お前さんの爲ぢやないかね」
ともし低く、しらみわたる部屋にこんこんと再び眠りに沈んだ大膳亮——畢竟ひっきょうこれはうつし世の夢魔むま、生きながらに化した剣魅物愛けんみぶつあいの鬼であった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何麼どんなに悲しい事辛い事があろうとも、しらを切って澄まして居なければならぬ。現代人は何処までもエゴイストである。
第四階級の文学 (新字新仮名) / 中野秀人(著)
夜が明けるまでこの家で休息することにして、一同はそのつつをおろすなど、かれこれくつろいで東のしらむのを待った。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
白髯はくぜんにうずまった息子むすこと同じようにドス黒い顔が、サッと赤らんだかと思われた。だが、彼はあくまでもしらを切って
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なにかのおまちがいだろうとしらを切る。私も腹をたて、ないどころの話か、妹は貴様の貧相が眼について患いをひきおこし、死ぬほどに悩んでいる。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「何がよって、そんなにしらばっくれなくっても、分っていらあな。——だが本当に由雄さんはそんなに厳格な人かい」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがてはしらはね族にもそむき、ついに、極悪ごくあくこのうえもない、大どろぼうのアラシに権力けんりょくをあたえてしまったのです。
そのときもうそろそろしらみかかってきた大空おおぞらの上を、ほととぎすが二声ふたこえ三声みこえいてとおって行きました。大臣だいじんいて
(新字新仮名) / 楠山正雄(著)
私は昨夜の出来事がひょっとしたら、夢ではなかったかと思いみながら、だんだんしらんで行く東の空を眺めていた。
I駅の一夜 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「さうだ、もうつき時分じぶんだな‥‥」と、しばらくしてわたしとほひがしはう地平線ちへいせんしらんでたのにがついてつぶやいた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
ナニ冗談も糞もあるもんか、え、おい、おめえ吉原から根岸まで道程は僅だぜ、なんでえ、しらばっくれやアがって、人を
「君はしらばっくれるな、君は俺の最も大切な秘密を知っている。君はそれを発表してはならん。君は新聞に約束した。明日みょうにち発表することになっている。」
五の青年相い団欒だんらんし、灰に画きて天下の経綸を講じ、東方のしらぐるを知らざるが如き、四十年後の今日において、なお人をして永懐堪うべからざらしむ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
猪口ちょくしらあえ、わんの豆腐のあんかけ、さらの玉子焼き、いずれも吉左衛門の時代から家に残ったうつわに盛られたのが、勝手の方から順にそこへ運ばれて来た。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いつものように夜がしらみ始めると御寺みてらの鐘が山から聞こえてきた。兵部卿ひょうぶきょうの宮を気にしてせき払いをかおるは作った。実際妙な役をすることになったものである。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
然し、無論支倉はしらを切って対手にしなかった。当時支倉が神戸かんべ牧師に宛て送った手紙にその有様が覗かれる。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
かこち昨夜ゆうべ四日市よつかいちへんなる三人の若い者此處こゝ妓樓あそびやそれ遊興あがりて夜をふか宿いねるに間もなく夜はしらみたりと若い者に起され今朝けさしもぶつ/\とつぶやきながら妓樓あそびや
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼が彼女の膚に触れているとき、そこにはなんの感動もなく、いつもあるしらじらしい気持が消えなかった。生理的な終結はあっても、空想の満足がなかった。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
さなごれたる糠袋ぬかぶくろにみがきあげいづればさら化粧げしようしらぎく、れも今更いまさらやめられぬやうなになりぬ。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
東のしらむころ、夜のまだ明けきらぬうちに、イエスは彼を信ずる者の救援に急いできたり給います。あるいは長き病の床に、あるいは行きなやむ人生の旅路に。
甲子屋の舌鋒ぜっぽうが余りするどいので、末松子も沈黙してしまった。一座もややしらけかかったが、それを知らず顔に頬杖をついているのは尾崎紅葉氏一人であった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのからの肱掛け椅子のために、婚礼の宴は一時しらけた。しかしフォーシュルヴァン氏は不在でも、ジルノルマン氏がそこにいて、ふたり分にぎやかにしていた。
現在はすでに学問の朗らかな東雲しののめしらみはじめた。過去の常人の生活に関しても、多くの新しい事実が発見せられている。時代の知識は増加しているのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大総督は、本当にそれに気がつかないのか、それとも、わざとしらばくれているのか、どっちであろうか。
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それから、もみの木は、森のなかにはえていた、かわいらしいしらかばの木のことをおもいだしました。
窓外の風景が何かしら妙に明るくしらばくれ、その上に妙な温気うんきさえも天上地下にたちこめているらしいのを私は感じる、風景に限らず、乗客全体の話声からしてが
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
婆あさんが倅の長次郎にしらげさせてて来た、小さい木札に、純一が名を書いて、門の柱に掛けさせて置いたので、瀬戸はすぐに尋ね当てて這入って来たのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼がテーブルから立ち上がりかけると、とびらが開いた。十人ばかりの兵士が、どやどやはいり込んできた。そのために室の中がしらけわたった。人々はささやきだした。
彼方あなたの丈高い影は見え、此方は頭上からしらはげた古かつぎを細紐ほそひもの胴ゆわいというばかりの身なりから、気取られました様子も無く、巧くゆきましたのでございまする。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おそろしき一夜いちやつひけた。ひがしそらしらんでて、融々うらゝかなる朝日あさひひかり水平線すいへいせん彼方かなたから、我等われらうへてらしてるのは昨日きのふかはらぬが、かはてたのは二人ふたり境遇みのうへである。