ひとり)” の例文
旧字:
ひとり苦笑くせうする。のうちに、何故なぜか、バスケツトをけて、なべして、まどらしてたくてならない。ゆびさきがむづがゆい。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
親類の子供もわたくしの家には寄りつかないようになっているから、今では結局はばかるものはない。ただひとり恐るきは操觚そうこの士である。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蕃書調所に入門その前に私が横浜にいった時にキニツフルの店で薄い蘭英会話書を二冊かって来た。ソレをひとりよむとした所で字書じしょがない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それにしても、学校へ行きもしないのに、カバンを掛けてゐるのは少し可笑しい——そんなことを思つて、彼はひとりで顔を赤らめた。
清一の写生旅行 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
舳の少女はひとり歌いながら、愈々身体を振って、櫂の手を早めた。舟はスイスイと、水虫の様に調子をつけて、勢いよく辷り始める。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「お姉さまが黙っていると、なんだか、ひとりぽっちでいるようで怖いのよ。あたし、お姉さまのところへ入っていってはいけないこと?」
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
伯父さんも義理で孝助を出すに違いないが、いちゃア明日あした伯父さんと一緒に帰って来ては困るが、孝助がひとりで先へ帰る訳には出来まいか
多分は隣り同士の二箇所の社が、互に相手にかまわずには、ひとりで繁昌することが出来ぬように、考えられていた結果であろうと思います。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
で、禿はその通の病人だから、今ではあの女がひとりで腕をふるつて益す盛につてゐる。これすなはち『美人びじクリイム』の名ある所以ゆゑんさ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いつもひとり往って弾きもし歌いもすることになっている。老女歌野うたの、お部屋おたつの人々が馴染なじみになって、陸を引き廻してくれるのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
農夫はしば/\おくるるゆゑつひにはすてひとりさきの村にいたり、しるべの家に入りて炉辺ろへんあたゝめて酒をくみはじめ蘇生よみがへりたるおもひをなしけり。
しかしとにかく如才のない、世辞のよい、地代から貸金の催促まで家事一切ひとりで切って廻る程あって、万事に抜目のない婦人。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
またひとりになりて、今日の日記の事思ひ出す。これ位波瀾なき平和なる日は一ヶ月に二日とはなきに丁度それが日記の日に当りたるは不運なり。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
其筋からも時々しば/\異様な人が来て尋問するなどの事が有てはひとりで辛抱が出来なく成り必ず忍で其情夫に逢に行くだろうと思うが
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
そして吾ながら何といふ立派な英語を使つたものだらうと、ひとりで感心してゐたが、ふとそれが電車の掲示に似てゐるのを思つていやな気持がした。
しかし得意ということは多少競争を意味する。自分の画の好きなことは全く天性といってもかろう、自分をひとりで置けば画ばかり書いていたものだ。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
殊に最初はおとなしい馬へ乗せ、先輩の人に口を引いて歩かせてもらうのが、私よりも小さい少年がひとりで馬を走らせているに較べて甚だ見苦しく感じた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
布団ふとんは、あすこに這入はいってるから、ひとりで出して御掛けなさい。一枚三銭ずつだ。寒いから二枚はいるでしょう」
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
現に、私事は、武運つたなく、一名もとうの敵には会いませんでしたが、敵のうちにひとり一少年あって、これは余程の働き、不愍ふびんとは存じながら、やむなく一命を
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其身そのみが世の名利みやうりかゝはらねばなり、此日このひるものみなうれしく、人のわざ有難ありがたおもひしは、朝の心の快濶くわいくわつなりしうつりか、その飛々とび/\ひとり隅田すみだ春光しゆんくわう今日けふあたらし。
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
もう途中で落ちはせぬかという懸念は無く成ったが、あの儘自分だけで渡り終って、先を急ぐとてひとりで行って了いはせぬか。それが気遣われるばかりで有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
お島は日がくれても家へ帰ろうともしず、上野の山などにひとりでぼんやり時間を消すようなことが多かった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
うみの親の事は忘れたのであろうか。否々いやいや万作夫婦の前では左もないが、ひとり居る時は、深く深く思案に沈むことがある。其時は直ぐ歌う。如何にも悲しそうに歌う。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
……然し、この悲しきお利代の一家にも、思懸けぬ幸福さいはひが湧いて来た! 智恵子は、神の御心に委ねた身ながらに、ひとりぼツちの寂しさを感ぜぬ訳にいかなかつた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
晩近ばんきんに及て、これを非する説ますます盛なりという。これによりてこれを見れば、奉教の人この日にあたり、安息してひとりを慎み天を敬するがごときは、もとより可なり。
日曜日之説 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
ひとり窓のかたわらに座しおる。夕陽ゆうひ。)夕陽の照すしめった空気に包まれて山々が輝いている。棚引いている白雲しらくもは、上の方に黄金色こがねいろふちを取って、その影は灰色に見えている。
八八窮鬼いきすだまといふものにや、八九古郷ふるさとに捨てし人のもしやと九〇ひとりむね苦し。彦六これをいさめて、いかでさる事のあらん。九一えきといふものの悩ましきはあまた見来りぬ。
「鶴が鳴き葦辺をさして飛び渡るあなたづたづしひとりれば」(三六二六)、「沖辺より潮満ち来らしからの浦に求食あさりする鶴鳴きて騒ぎぬ」(三六四二)等の歌があり
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
かの女が仮想かそうに楽しむ——巴里パリに居るひとり息子が帰ったら、あたりへ家を建ててろうか、しくはいっかな帰ろうとしない息子にあんな家、んな家でも建てて置いたら
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし無論むろんかれ自身じしんなんつみもなきこと、また将来しょうらいにおいても殺人さつじん窃盗せっとう放火ほうかなどの犯罪はんざいだんじてせぬとはっているが、またひとりつくづくとこうもおもうたのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
仏蘭西フランスなどに在つては何かの機会で世にあらはれた詩人の下積したづみに成つて、おいも若きも多数の作家はまつたうかぶ瀬を失ひ、勢ひヌエの様に諦めを附けてひとりを楽しむ外は無いのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
その南にとなって琉璃色るりいろのように光る田代池たしろいけ焼岳やけだけも霞岳もよく見える、もうここに来ると偃松は小くなって、処々にその力なき枝椏しあを横たえ、黄花駒の爪はひとり笑顔をもたげている
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
母親は華麗はで御暮おくらしや美しい御言葉のなかに私をひとり残して置いて、柏木へ帰ってしまいました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
氏康逝き、信玄歿し、関東は謙信のひとり舞台となつたが、彼も亦、天正六年三月西上の軍を発するに先だち、にはかに卒去した。信長に取つては重ね/″\の天幸と云はねばならない。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
放しともないが厭だとはいわれず、宜しと云う下から小歌は急がわしく出て行ったが、その帰りをひとりぽつねんと待つ貞之進は、何かは知らぬがただ一つ小歌に望むことがあるようで
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
春の花いづれとなく皆開けいづる色ごとに目おどろかぬは無きを、心短く打すてゝ散りぬるが恨めしうおぼゆるころほひ、此花のひとりたち後れて夏にさきかゝるなん、あやしく心にくゝ
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
熟々つくづくと見て居ると、くれない歓楽かんらくの世にひとり聖者せいじゃさびしげな白い紫雲英が、彼所かしこに一本、此処ここに一かぶ、眼に立って見える。主人はやおら立って、野に置くべきを我庭にうつさんと白きを掘る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼をホントウのひとりポッチにしてしまうべく、不可抗的な運命を彼自身に編み出させて行った不可思議な或る力の作用を今一度、数学の解式のようにアリアリと展開し初めたのであった。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その偽物を床の間へかけて風流だとか高尚こうしょうだとかひとりでよがって台所では青銅鍋からかねなべを使っているような似非風流が長く流行したら日本国も亡びるね。我邦の風流は大概実用と背馳はいちしている。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
西瓜の切売をした事もある、とゞの結局つまりが縁日商人となつて九星きうせいひとり判断はんだん、英語独稽古から初めて此頃では瞞着まやかしの化粧品と小間物を売つてマゴ/\しておるが君、金を儲けるのは商人だよ。
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
立山連峰の偉観はひとり此山脈中に比すきものなきのみならず、南北日本アルプスを通じて稀に見る所であるから、立山を主とした越中方面の称呼に従っても、敢て偏見という可きではない
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
わけの判らぬことをひとりでグズグズ言っていたが、主人の方に膝を向け変え
一方は即ち孤女院、貧民院等の義挙に同感を表する人情ヒウマニチイ也、他方は即ち禅僧の如き山人ヘルミットの如き、世の所謂いはゆるすね者の如き超然ひとりを楽しむ主我的観念也。吾人は此二の者が幸にして相合せるを祝す。
凡神的唯心的傾向に就て (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
むしろ黎明と共に見え初める紫水晶の富士の峯が先づ紅をさして、その紅が一分々々とすそ迄流れて、スラツと純白な巨嶺となる迄の釣れ盛りの一時を、漁業を犠牲にしながら、ひとり楽しみたいのである。
釣十二ヶ月 (新字旧仮名) / 正木不如丘(著)
それがためにかれはひとりで悩み、独で敗れることになったのである。
「下女が居ないからね、此の通り掃除もとどかないよ。実は君が来ることを杉野や渋川にも知らせたかったが、下女がいないからね」岡村は言い分けのようにひとりで物を云いつつ、洋燈を床側に置いて
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
とお父さまは間もなく少し疲れて例のひとりごとを言い始めた。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ある時はひとり行くとてはつたりと朱の断面に行き遇ひにたり
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ひとり立つ木も、打むれて
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
が、聞くものがなければひとりで、むむ、ふむ、といったような、承知したようなことを独言ひとりごとのようでなく、聞かせるようにいってる人で。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)