ちいさ)” の例文
広河内のあるところは、東俣の谷の奥の、殆んど行き止りで、白峰山脈と、赤石山脈の間が、せばまって並行する間の、ちいさ盆地ベースンである。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
うしろを限る書割かきわりにはちいさ大名屋敷だいみょうやしき練塀ねりべいえがき、その上の空一面をば無理にも夜だと思わせるように隙間すきまもなく真黒まっくろに塗りたててある。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
本のしおりに美しいといって、花簪はなかんざしの房を仕送れば、ちいさな洋服が似合うから一所に写真を取ろうといって、姉に叱られる可愛かわゆいのがあり。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
双子ふたごと千枝子は揃ひの人形、滿と健と薫はバロンのたま、晨は熊のおもちや、榮子は姉達のより少しちいさいだけの同じ人形を貰つた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
みんなは笑った。家の人だけは相変らず石のように黙っている。お父さんが立ちかけた時森川さんが一足進んで斯う言った。ちいさい声で言った。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そしてちいさいおりから母親にびることを学ばされて、そんな事にのみさとい心から、自然ひとりでことさら二人に甘えてみせたり、はしゃいでみせたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
色々な考えにちいさな心を今さらあらたもつれさせながら、眼ばかりは見るもののあても無いそらをじっと見ていた源三は、ふっとなんとりだか分らない禽の
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ちいさい黄な蝶はひらひらと飛んで来て干し衣のすそを廻ったが直ぐまた飛んで往て遠くにあるおしろいの花をちょっと吸うて終に萩のうしろに隠れた。
飯待つ間 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
この花茎の途中には必ず二枚の小さい苞(苞とは花の近くに在るちいさい葉をそういう)が何時も極った様に着いている。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
薄き翼のいかばかり薄きかを思え。——広き野の草の陰に、琴のつめほどちいさきものの潜むを思え。——畳む羽に置く露の重きに過ぎて、夢さえ苦しかるべし。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして膝の上に置いたちいさかんの中に手を入れてはポリポリ喰べている。見るとそれは南京豆だ。彼の足許あしもとは申すに及ばず、私の膝の上まで甘皮が散っている。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
まるで動物の檻のような感じの四角な横木をはめたちいさな天井裏の窓も、Eが不断から云ひ馴らしてゐる『牢屋』と云ふ感を其のまゝ現はしてゐるとしか見えなかつた。
監獄挿話 面会人控所 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
戸外そとは雪がちらちら降っていて、時々吹雪のような風が窓の戸をガタガタ音をさして、その隙間から、ヒューと寒く流込ながれこむと、申合もうしあわした様に子供だちは、ちいさな肩をみんな縮める
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
大塚の隣屋敷に広い桑畑くわばたけがあって其横に板葺そぎぶきちいさな家がある、それに老人としより夫婦と其ころ十六七になる娘がすんで居ました。以前は立派な士族で、桑園くわばたけすなわち其屋敷跡だそうです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ああ十八年間の我が命はこれが終焉おわりなのである、どうぞ死んで後は消えてしまえ、さもなくば無感覚なものとなれ、ああこれが我が最後であるちいさき胸に抱いていた理想は今何処いずこ
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
小僧が泣き、車力が泣き、車が泣くというので、三泣車といったので、車輪は極くちいさくして、ながえ両腋りょうわきあたりに持って、押して行く車で、今でも田舎の呉服屋などで見受ける押車です。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
無数のちいさ塵埃ほこりは一つ一つ光って明るい海を泳いでいた。吉太は慌ててその皿を奪うようにると垢染あかじみた懐の中に隠してしまった。軒の柱には、黒い鳥が籠の中に入って懸っている。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
お店はちいさくってキチンとしていても一寸ちょいと箱の蓋を取ると金目の物が有ったり、ちょいと立掛けて有るお品でも千両二千両ッてんでげすから、此のくらい結構な御商売は無いと思います
不用意ふよういると窒息ちつそくしておそれがあるので、蝋燭らうそくをさしれる必用ひつようがある。人足にんそく一人ひとりすゝんで、あななか片手かたてをさしれると、次第しだいちいさつて、のちには、ふツとえた。
海中かいちう魚族ぎよぞくにも、優勝劣敗ゆうしやうれつぱいすうまぬかれぬとへ、いまちいさ沙魚ふかおよいでつたなみそこには、おどろ巨大きよだいの一りて、稻妻いなづまごとたいをどらして、たゞくちわたくしつりばりをんでしまつたのだ。
もしやちょいとでも動脈管を突くと直ぐに血が走り出して鶏はたちまち即死だ。動脈をピンセットで押えて結束したいにもちいさい腹の中だからどうする事も出来ん。動脈を破ったらどうしても助からん。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
之を撰び彼を捨つるの力を有せざれば、余は他人の奴隷となるべきものなり、心霊の貴重なるはその自立の性にあり、我ちいさきものといえどもいやしくも全能者と直接の交通を為し得べきものなり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
水車のある処で鈎を下していると、ちいさ端艇ボートが岸にあるのに気が付いた。誰も見ていないから、乃公は此端艇を借りて、対岸むこうぎしへ行こうとした。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
青きちいさき瓶あり。取りて持返してすかしたれば、流動体の平面斜めになりぬ。何ならむ、この薬、予が手に重くこたえたり。
誓之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちいさきたならしいおけのままに海鼠腸このわたが載っている。小皿の上に三片みきればかり赤味がかった松脂まつやに見たようなもののあるのはからすみである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
久しく従属的奴隷的の階級として資本家の圧迫の下にちいさくなっていた屈辱的地位から解放される見込があるという確信を持つに到ったことなどは
階級闘争の彼方へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
日本橋辺にいたことのあるおかなは、やせぎすながらちいさい女であったが、東京では立行かなくなって、T——町へ来てからは、体も芸も一層すさんでいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
更に雌花穂が上向きになって枝の先きに生じ、ちいさいながらも沢山な雌花が鱗の様にそれに重なり着いている。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
銃眼じゅうがんのある角を出ると滅茶苦茶めちゃくちゃに書きつづられた、模様だか文字だか分らない中に、正しきかくで、ちいさく「ジェーン」と書いてある。余は覚えずその前に立留まった。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども僕の其黒点の真相をとらえ得たのはずっと後のことです。僕は気にかかりながらも、これを父に問い返すことは出来ず、又母には猶更なおさら出来ず、ちいさな心を痛めながらも月日を送って居ました。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
丈助はまたちいさくなって暫く息を殺して居たが
鶯の鳴くやちいさき口あけて
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
柄長くしいの葉ばかりなる、ちいさき鎌を腰にしつ。かごをば糸つけて肩に懸け、あわせみじかに草履穿きたり。かくてわれ庵を出でしは、の時過ぐるころなりき。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
円い月は形が大分だいぶちいさくなって光があおく澄んで、しずかそびえる裏通りの倉の屋根の上、星の多い空の真中まんなかに高く昇っていた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
母のかう云ふのを聞いて、晨は筒袖の手を鉄砲のやうに前へ出して、そして口をちいさくすぼめて奥へ走つて入つた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そしてちいさいしなやかな足に、かかとの高い靴をはくと、自然ひとりでに軽く手足に弾力が出て来て、前へはずむようであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
若き紳士諸君、今日こんにちは諸君の注意を生物界にびたいと思います。生物の種類形態はまことに千差万別種々様々でございまして、象は蚤よりも大きく、蚤は象よりもちいさい。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
池の水に差し掛けて洋風に作り上げた仮普請かりぶしんの入口をまたぐと、ちいさい卓に椅子いすを添えてここ、かしこにならべた大広間に、三人四人ずつのむれがおのおの口の用を弁じている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また渓流へ落ち込むちいさい谷川の奥、すなわち人家も無い山間にも生じているといわれる。聴て見ると井ノ内谷のその樹の総数は大小を雑えてザット千本ほどもあらんかとの事である。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
と声を掛けて、貴婦人が、と入って来たのでした。……片手に、あの、蒔絵まきえもののつつみを提げて、片手にちいさな盆を一個ひとつ
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どの家にも必ず付いている物干台ものほしだいが、ちいさな菓子折でも並べたように見え、干してある赤いきれや並べた鉢物のみどりが、光線のやわらかな薄曇の昼過ぎなどには
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
下女はいつ気がついたか、蚊帳の穴を針と糸でふさいでいた。けれどもすでに這入っている蚊はそのままなので、横になるや否や、時々額や鼻の頭のあたりでぶうんと云うちいさい音がした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
基督キリストは金貧乏でありました。大変に金貧乏でありました。『狐は穴あり。空の鳥は巣あり。されど人の子は枕するところなし』しかし人格貧乏でありません。私達、皆ちいさきの基督。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
きんととの話も水ぐるまの唱歌も耳にとめず、このちいさの胸知らぬ汽車はまたたく内に平沼ひらぬまへ着き候時、そこの人ごみの中にも父さま居給ふやと、ガラス戸あけよと指さしして戸に頭つけ候に
ひらきぶみ (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
御利益ごりやくと、岩殿いわとのかたへ籠を開いて、中へ入れると、あわれや、横木へつかまり得ない。おっこちるのが可恐こわいのか、隅の、隅の、狭いところちいさくなった。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
片側かたかわに朝日がさし込んでいるので路地のうちは突当りまで見透みとおされた。格子戸こうしどづくりのちいさうちばかりでない。昼間見ると意外に屋根の高い倉もある。忍返しのびがえしをつけた板塀いたべいもある。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たといその害のちいさいものでも直接たちどころに一国の利害休戚きゅうせきに関係します。
選挙に対する婦人の希望 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
その理想は低くもありちいさくもありましょう、がとにかく或る理想を頭の中に描き出して、そうしてそれを明日実現しようと努力しつつまた実現しつつ生きて行くのだと評しても差支さしつかえないのです。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
美女 あの、桃の露、(見物席の方へ、半ば片袖をおおうて、うつむき飲む)は。(とちいさ呼吸いきす)何という涼しい、さわやいだ——蘇生よみがえったような気がします。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
赤いてがらの細君は帯の間から塩瀬しおぜちいさ紙入かみいれを出して、あざやかな発音で静かに
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)