四隣あたり)” の例文
四隣あたり、人定まった時に、過去のことと人とを思い出すことが彼にとっては、ひたひたと四方から鉄壁で押えつけられるように苦しい。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とたんに御本丸から吹きおろす大体ねおろしに、返咲きの桜が真白く、お庭一面に散乱した。言い知れぬ殺気が四隣あたりに満ち満ちた。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし何しろ秋の夜の空はぬぐった様に晴れ渡って、月は天心てんしん皎々こうこうと冴えているので、四隣あたりはまるで昼間のように明るい。
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
夜がけて、四隣あたりが静かな所為せゐかとも思つたが、念のため、右の手を心臓の上に載せて、あばらのはづれにたゞしくあたおとたしかめながらねむりに就いた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
町の中央まんなかの、四隣あたり不相應に嚴しく土塀をめぐらした酒造屋さかやと向ひ合つて、大きな茅葺の家に村役場の表札が出てゐる。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
星の光も見えない何となく憂鬱なゆうべだ、四隣あたりともしがポツリポツリと見えめて、人の顔などが、最早もう明白はっきりとはわからず、物の色がすべきいろくなる頃であった。
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
こゑきくよすがもらざりければ、別亭はなれ澁茶しぶちやすゝりながらそれとなき物語ものがたり、この四隣あたりはいづれも閑靜かんせいにて、手廣てびろ園生そのふ浦山うらやましきものなり、此隣このとなりは誰樣たれさま御別莊ごべつさう
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それが、井戸の底からでも揺れあがってくるように、怪しくこもったまま四隣あたり寂寞せきばくに吸われて消える。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ふと上人の御称名ごしょうみょうの声を聞きまして、勿体なや、あの御齢おんよわいに——とありがたさにお居間に近づき、四隣あたりは眠り、人はみな知らぬ時刻ではあれど、わたくし一人は
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何ともいえぬ苦しみだ、私はいて心を落着おちつけて、耳をすまして考えてみると、時は既に真夜半まよなかのことであるから、四隣あたりはシーンとしているので、益々ますます物凄い、私は最早もはや苦しさと
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
先刻までかなり騒がしかった四隣あたり絃歌げんかも絶えて、どこか近く隅田川辺の工場の笛らしいのが響いて来る。思いなしか耳を澄ますと川面を渡る夜の帆船の音が聞えるようである。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
○さてあけの日、七兵衛源教げんけうともなひて家にかへり、四隣あたりの人をあつめてお菊が幽霊の事をかたりければ、源教げんけうふところよりかの髪の毛をとりいだして見すれば人々奇異きいのおもひをなしぬ。
毛布か蒲団類似のもので包んで音のなるべく四隣あたりへ響かぬよう注意し、何か冗談をいいながら、良人の前額部に銃口を押し当て、良人が、何をするか理解せぬうちに素早く引金を引いた。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
陰気な暗い天気にこの不思議な音響が響き渡る。何んともいえない変な心持であります。私たちは二階へ上がって上野の方を見ている。音響は引っ切りなしに続いて四隣あたりを震動させている。
東北地方は既に厳霜凄風げんそうせいふうたれて、ただ見る万山ばんざんの紅葉はさながらに錦繍きんしゅうつらぬるが如く、到処秋景惨憺いたるところしゅうけいさんたんとして、蕭殺しょうざつの気が四隣あたりちているこうであった、ことにこの地は東北に師団を置きて以来
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
そのうちに日も暮れて、夜もけて、四隣あたりも寝静まったと思う頃、三角定木わムクムクと床を出て例の鋏をば小脇こわきにかかえ、さし足ぬき足で、の画板の寝ている処え、そっと忍んで参りました。
三角と四角 (その他) / 巌谷小波(著)
榾火ほだびはパッとひとしきり燃え上って、うしろの灰色の壁だの、黒い老爺おやじの顔を、赤く照すのであった、田舎のことでもあるし、こんな晩なので、よいから四隣あたりもシーンとして、折々おりおり浜の方で鳴く鳥の声のみが
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
自分の家の庭へ出ようとした、四隣あたりは月の光で昼間のようだから、決して道を迷うはずはなかろうと、その竹薮へかかると、突然行方ゆくてでガサガサとあだかも犬でも居るような音がした、一寸ちょっと私も驚いたが
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
四隣あたりへ気を兼ねながら耳語ささやき告ぐ。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
夜がけて、四隣あたりが静かな所為せいかとも思ったが、念のため、右の手を心臓の上に載せて、あばらのはずれに正しくあたる血の音を確かめながらねむりに就いた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三人が警察の門を出た時には四隣あたりがモウ真暗になっていた。生れて初めて警察官の取調とりしらべを受けた又野は、すっかり毒気を抜かれたせいであったろう。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
町の中央なかほどの、四隣あたり不相応にいかめしく土塀をめぐらした酒造屋さかや対合むかひあつて、大きい茅葺のうちに村役場の表札が出てゐる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
かしらの家は大屋さんで御座りますからとてしをれるをすかして、さらば門口まで送つて遣る、叱からるゝやうの事は爲ぬわとて連れらるゝに四隣あたりの人胸を撫でゝはるかに見送れば
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
冬の事で、四隣あたりいたって静かなのに、かねが淋しくきこえる、私は平時いつも、店で書籍が積んであるかたわらに、寝るのが例なので、その晩も、用をしまって、最早もう遅いから、例の如く一人でとこに入った。
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
かしらの家は大屋さんで御座りますからとてしほれるをすかして、さらば門口かどぐちまで送つてる、叱からるるやうの事はぬわとて連れらるるに四隣あたりの人胸を撫でてはるかに見送れば
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
夜になって、四隣あたりが静まると、母は帯をめ直して、鮫鞘さめざやの短刀を帯の間へ差して、子供を細帯で背中へ背負しょって、そっとくぐりから出て行く。母はいつでも草履ぞうりを穿いていた。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
四隣あたりに人無きを見済まして乙女の背後より追ひ縋り、足音を聞いて振り返る処を、抜く手を見せず袈裟掛けさがけに斬り倒ふし、衣服を剥ぎて胸をあらはし、小束こづか逆手さかでに持ちて鳩骨みぞおちを切り開き
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
乱暴な事をする奴だと、その車の行った方を見送りながら、四隣あたりを見ると、自分は何時いつしか、こんな花園橋のとこまで来ているので、おかしいとは思ったが、私はその時にもまだよくは気が付かない。
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
かしらうち大屋おほやさんで御座ござりますからとてしほれるをすかして、さらば門口かどぐちまでおくつてる、からるゝやうのことぬわとてれらるゝに四隣あたりひとむねでゝはるかに見送みおくれば
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
電車の終点から歩くと二十分近くもかかる山の手の奥だけあって、まだよいくちだけれども、四隣あたりは存外静かである。時々表を通る薄歯の下駄の響がえて、夜寒よさむがしだいに増して来る。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蘭奢待らんじゃたい芳香かおり四隣あたりを払うて、水を打ったような人垣の間を、しずりもずりと来かかる折から、よろよろと前にのめり出た銀之丞、千六の二人の姿に眼を止めた満月は、思わずハッと立佇たちどまった。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
宗助はやむを得ず、どうもないが、ただ疲れたと答えて、すぐ炬燵こたつの中へ入ったなり、晩食ばんめしまで動かなかった。そのうち風は日と共に落ちた。昼の反動で四隣あたりは急にひっそり静まった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
をんな暫時しばし恍惚うつとりとしてそのすゝけたる天井てんじやう見上みあげしが、孤燈ことうかげうすひかりとほげて、おぼろなるむねにてりかへすやうなるもうらさびしく、四隣あたりものおとえたるに霜夜しもよいぬ長吠とほぼえすごく
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
何事やらむと立佇たちとまれば慌しく四隣あたりを見まはし、鮮やかなる和語に声をひそめつゝ、御頼み申上げ度き一儀あり。げて吾が寝泊りする処まで御足労賜はりてむやと、ひたすらに三拝九拝する様なり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
思ひのまゝに遊びて母が泣きをと父親の事は忘れて、十五の春より不了簡をはじめぬ、男振にがみありて利發らしき眼ざし、色は黒けれど好き樣子ふうとて四隣あたりの娘どもが風説うはさも聞えけれど
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
するとかみさんはそんな意地を張れば張るほど負けるだけだから、是非今帰ってくれとすがりつくように頼む。いや帰らない、いや帰れといって、往来の氷る夜中でも四隣あたりねむりを驚ろかせる。……
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
思ひのままに遊びて母が泣きをと父親てておやの事は忘れて、十五の春より不了簡ふりようけんをはじめぬ、男振をとこぶりにがみありて利発らしきまなざし、色は黒けれど好き様子ふうとて四隣あたりの娘どもが風説うわさも聞えけれど
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
電車でんしや終點しゆうてんからあるくと二十ぷんちかくもかゝやま奧丈おくだけあつて、まだよひくちだけれども、四隣あたり存外ぞんぐわいしづかである。時々とき/″\おもてとほ薄齒うすば下駄げたひゞきえて、夜寒よさむ次第しだいしてる。宗助そうすけ懷手ふところでをして
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
おもひのまゝにあそびてはゝきをと父親てゝおやことわすれて、十五のはるより不了簡ふりようけんをはじめぬ、男振をとこぶりにがみありて利發りはつらしきまなざし、いろくろけれど樣子ふうとて四隣あたりむすめどもが風説うわさきこえけれど
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ひる反動はんどう四隣あたりきふにひつそりしづまつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
仕方しかた御座ござりませぬでやつとまあ此處こゝをばつけしまして御座ござります、御覽下ごらんくださりませ一寸ちよつとうおにはひろ御座ござりますし、四隣あたりとほうござりますので御氣分ごきぶんためにもよからうかとぞんじまする
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
女は暫時しばし悾惚うつとりとして、そのすゝけたる天井を見上げしが、蘭燈らんとうかげ薄き光を遠く投げて、おぼろなる胸にてりかへすやうなるもうらさびしく、四隣あたりに物おと絶えたるに霜夜の犬の長吠とほゞえすごく
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)