あざや)” の例文
ゆくてに高きは、曾遊そうゆうの八ヶ岳——その赤岳、横岳、硫黄いおう岳以下、銀甲つけて、そそり立つ。空は次第に晴れて山々もあざやかに現れる。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
黒點は次第にあざやかになりぬ。時に一人の老漁ありて、かちいろなる無庇帽つばなしばうしを戴き指を組み合せて立ちたりしに、不意にあなやと叫べり。
しかし往来を歩いていたり、原稿用紙に向っていたり、電車に乗っていたりするあいだにふと過去の一情景をあざやかに思い浮べることがある。
お時儀 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
極く丈の詰った影で、街燈が間遠になるとあざやかさを増し、片方が幅を利かし出すとひそまってしまう。「月の影だな」と自分は思った。
泥濘 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
一機が、思いきった逆宙返ぎゃくちゅうがえりをうってのがれると、他の一機も更にあざやかな宙返りをうって迫り、機翼と機翼とがスレスレになるのだった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、間もなく誰が打つとも知れぬ戸口の響板が、あざやかに三つ、輕い美しい音を立ててトン、トン、トンと鳴つたではありませんか。
そして九節—十六節においては美しき言辞ことばを以て神の異能を描いている。天然と人事に対する神の支配は実にあざやかに書き記されている。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
眼ガ四ツ、ソノ眼ト並ンデ鼻ガ二ツ、少シ飛ビ離レタ一二尺高イ空間ニ唇ガ二ツ、トイウ風ニ、シカモ極メテあざやカナ色彩ヲ帯ビテ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
投げ銭を受けることは本来この男の本芸であるが、今はホンの前芸にやって見せた手際てぎわ、そのあざやかさが、見物の気に入ったものらしく
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
くろかみと、淡紅色ときいろのリボンと、それから黄色い縮緬ちりめんの帯が、一時いちじに風に吹かれてくうに流れるさまを、あざやかにあたまなかに刻み込んでゐる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一種不思議な力にいざなわれて言動作息さそくするから、われにも我が判然とは分るまい、今のお勢の眼には宇宙はあざやいで見え、万物は美しく見え
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
黄色きいろひかりこゝろよくあざやかに滿ちて晩秋ばんしうみづのやうなあはしもひそかにおりる以前いぜんからこと/″\くくる/\と周圍しうゐまくはじめて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
思えばわずかに心の顔を合せることの出来ましたお母さんとの間は、どんな他の人との関係にもまさって私の心にあざやかでございますが
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
稜を鋭く何箇所かそらに目がけて切り立つて、孔雀石と翡翠の明暗を隈つた半島が此方の海岸かいがんに詰め寄せるかのやうにあざやかに浮出してゐる。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
すみればかりは関東の野の方が種類も多く、色もずっとあざやかなように思われるが、蒲公英たんぽぽもまた紫雲英げんげも、花がやや少なくかつ色がさびしい。
妙念 (下手あたかも月色の渦巻ける片隅に立ちたれば、いろどられたる血の色あざやかに、怪体なる微笑を浮めつつ狂喜の語調にて)
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
墨痕ぼっこんあざやかだけれど、浩郎としてあるからは、お父さんだ。お父さんの字は決して巧い方でない。習字の先生が採点したら、精々乙上おつじょうだろう。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
敵の艇は水を切って彼の眼前一町ほどのところをあざやかに漕いでゆく。三番がスプラッシュをして櫂で水をね上げるのまではっきり見える。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
何やら急にまた小鳥達の声が騒がしいほど、遠近おちこちにその数を増して行く。竹の葉を通す陽光は再びあざやかな緑にきらめき始めた。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
さて散策して見た中津の町は電飾があざやかではあったが、いかにも北国ほっこくの小都市らしく、簡素で、また陰暗たるところがあった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
しかし、剛剣の名あった大迫玄蕃、浅香慶之助、猪股小膳の諸士を、ああもあざやかにッつけた神尾である。三人では、心細い。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかしこの初めて見るメロンは、外側が浅いあざやかな緑色で、それが内側のだいだい色にとけ込んでいる様子が、如何いかにも美しく、また高貴に見えた。
寺田先生と銀座 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
白い岩のうえに、目のさめるような躑躅つつじが、古風の屏風びょうぶの絵にでもある様なあざやかさで、咲いていたりした。水がその巌間いわまから流れおちていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
追い込まれる闘牛のどれを見ても、みんな素晴らしい逸物いつぶつでただただ驚嘆するばかりでした。それに又一方闘牛者達の、あのあざやかの戦闘ぶりは!
闘牛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
都心の街路には、くすの木の並木があざやかで、朝のかあつと照りつける陽射しのなかに、金色のを噴いて若芽をきざしてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
広間の燈影ひかげは入口に立てる三人みたりの姿をあざやかに照せり。色白のちひさき内儀の口はかんの為に引歪ひきゆがみて、その夫の額際ひたひぎはより赭禿あかはげたる頭顱つむりなめらかに光れり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
マーシャルの島民は、殊にその女は、非常にお洒落しゃれである。日曜の朝は、てんでに色あざやかに着飾って教会へと出掛ける。
するすると向うへ流れて、横ざまに近づいた、細い黒い毛脛けずねかすめて、蒼い水の上をかもめ弓形ゆみなりに大きくあざやかに飛んだ。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鼠色ねずみいろしたその羽の色と石の上に買いた盆栽のはぜ紅葉こうようとが如何にあざやかに一面の光沢つやある苔の青さに対照するでしょう。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうして、森や草叢くさむら木立こだちの姿が、朝日の底からあざやかに浮き出して来るに従って、煙の立ち昇る篠屋しのやからは木を打つ音やさざめく人声が聞えて来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
暗黒に慣れた道臣の眼には、杉の大木へ釘付けにされた二つの人形の、白い顏から眼鼻立ちまでが、あざやかに見えた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
きつぱりと黒天鵞絨びろうどのなかの銀糸の点のやうに、あざやかにかがやいて居る……不思議なことには、立派な街の夜でありながら、どんな種類にもせよ車は勿論
そしてその女の癖であざやかな色したくちを少しゆがめたようにしてまぶしそうにひとみをあげて微笑みかけながら黙っていた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そして負傷を知らないとともに疲労をも知らない身であるかのように、恐るべき二十四時間を経きたった後にもなお、そのおもてあざやかな薔薇色ばらいろをしていた。
こんな、ひっそりとした死……それは一瞬そのままあざやかに彼の感覚に残ったが、その一齣はそのまま家にいる妻の方に伝わっているのではないかとおもえた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
日の光は次第に広く、峰から森、狭い谿、深い渓流の上までも射し込んで、目に入るものは皆透き通る位にあざやかだ。山の下の細径は谿の上を繞り繞って行く。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
時々刻々眼先が変りだんだん進んで来ますと、ヒマラヤ山中の名物であるロードデンドロンというその色のあざやかさといったら何と形容してよいか分らぬほど。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
芝生しばふはしさがっている崖の上の広壮な邸園ていえん一端いったんにロマネスクの半円祠堂しどうがあって、一本一本の円柱は六月のを受けてあざやかに紫薔薇色ばらいろかげをくっきりつけ
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あやしき書風しよふう正躰しやうたいしれぬ文字もじかきちらして、これが雪子ゆきこ手跡しゆせきかとなさけなきやうなるなかに、あざやかにまれたるむらといふらうといふ、あゝ植村うゑむら録郎ろくらう植村うゑむら録郎ろくらう
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼の心には、村中に柿の木が沢山あって、秋の今頃の美しい故郷の景色が、絵よりもあざやかに映って来た。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
それは、夕暮ゆうぐがた太陽たいようひかりらされて、いっそうあざやかにあか毛色けいろえる、あかとりでありました。
あほう鳥の鳴く日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
山の斜面では放牧牛が、ある奴はずつと高手に、他のある奴は下方に、又横に、のろのろと動いて、その黒と白とのまだらな胴體があざやかな目のさめるやうな印象を與へる。
南方 (旧字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
うぐいす等は山や谷を越え、今は野の上の小高いところで鳴くようにでもなったか、というので、一般的な想像のように出来て居る歌だが、不思議に浮んで来るものがあざやかで
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
なにかにつけては美学びがく受売うけうりをして田舎者いなかものメレンスはあざやかだからで江戸ツ子の盲縞めくらじまはジミだからでないといふ滅法めつぱふ大議論だいぎろん近所きんじよ合壁がつぺきさわがす事少しもめづらしからず。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
真直まっすぐな路で両側とも十分に黄葉した林が四五丁も続く処に出ることがある。この路を独り静かに歩むことのどんなに楽しかろう。右側の林のいただきは夕照あざやかにかがやいている。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
こまやかな顔色のあざやかさと気質きだてのよさそうな様子とのために、かわいらしく見えるはずだったが、ただ、鼻が少しいかつくてすわりぐあいが悪く、顔つきに重苦しい感じを与え
いつの間に何処で習ったのか知らないが、彼は極めてあざやかな日本の詞で敬うように言った。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この奇矯な動機の説明に、前に記したあざややかなパラドックスが用いられているのである。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
まぶしそうにその眼を半分ざしているおかげで、平生の特徴を半分失いながら、そしてその代りにその瞬間しゅんかんまでちっとも目立たないでいたくちびるだけがいちごのようにあざやかに光りながら
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
西洋人でも随分あざやかな東京弁を使う人に時々出会う事があるが、全く私は恥かしい。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)