路傍みちばた)” の例文
今年昭和十一年の秋、わたくしは寺島町へ行く道すがら、浅草橋辺で花電車を見ようとする人達が路傍みちばたかきをなしているのに出逢った。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
気の置けないものばかりの旅で、三人はときどき路傍みちばたの草の上にかさを敷いた。小松の影を落としている川の中洲なかずを前にして休んだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
御承知でもございましょうが、鹿は至ってお産の軽いものでありまして、産気がつきますとこの辺の路傍みちばたに寝転んで生み落します。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
店頭に出始めたぬれたカキのからのなかに弾力のある身が灯火あかりに光って並んでいる。路傍みちばたの犬がだんだんおとなしくしおらしく見え出す。
巴里の秋 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しなはやしいくつもぎて自分じぶんむらいそいだが、つかれもしたけれどものういやうな心持こゝろもちがして幾度いくたび路傍みちばたおろしてはやすみつゝたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
此日雲飛はちにつた日がたので明方あけがた海岱門かいたいもんまうで見ると、はたして一人のあやしげな男が名石めいせきかついで路傍みちばたに立て居るのを見た。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
所々の水溜みずたまりでは、夫人おくさんの足がちらちら映る。真中まんなか泥濘ぬかるみひどいので、すその濡れるのは我慢しても、路傍みちばたの草をかねばならない。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私のように何も無い者は、生活に疲れて路傍みちばたに倒れて居ても、誰一人たれひとり振向いて見ても呉れない。皆素通すどおりして匇々さッさと行って了う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そのうちに、やっと一軒の汚ない茶屋が路傍みちばたに在るのを発見したので、一行は大喜びで腰をかけて、何よりも先に飯を命じた。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
先をいくお絃の駕籠かごが、つと路傍みちばたに下ろされた。前棒さきぼうの駕籠屋の草鞋わらじがゆるんだから、ちょっとここで締め直して行きたいというのである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
『今日は奈何して、那麽ああ冷淡だつたらう?』と、智恵子の事を考へ乍ら、信吾は強くステツキを揮つて、路傍みちばたの草を自暴やけ薙倒なぎたふした。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
来宮様の眼には、路傍みちばたの枯草がみずみずした緑草に見え、黄いろになった木の葉の落ちつくした裸樹はだかぎが花の咲いた木に見えていたのであろう。
火傷した神様 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
町人の風をして、手拭をかぶって、戦争見物に出かけると、流れ玉にあたって路傍みちばたで往生、いかにもこの男らしい最期でした
半七捕物帳:67 薄雲の碁盤 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
路傍みちばたから拾って来た猫みたいないやしい女性を、かくのごとく、にわかに、秀吉が眼をほそめて重用するのを見ているのは
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
午食前ひるめしまえに、夫妻鶴子ピンを連れて田圃に摘草つみくさに出た。田のくろの猫柳が絹毛きぬげかつぎを脱いできいろい花になった。路傍みちばた草木瓜くさぼけつぼみあけにふくれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
小池はさうやつて、三つ四つ五つのもみつぶしてから、稻の穗をくる/\と振り𢌞はしつゝ、路傍みちばたたゝずんで、おくれたお光の近づくのを待つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
路傍みちばたにはもうふきとうなどが芽を出していました。あなたは歩きながら、山辺やまべ野辺のべも春のかすみ、小川はささやき、桃のつぼみゆるむ、という唱歌をうたって。
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
渠等かれらつう原則げんそくまもりて俗物ぞくぶつ斥罵せきばするにもかかはらず。)然しながら縦令たとひ俗物ぞくぶつ渇仰かつがうせらる〻といへども路傍みちばた道祖神だうろくじんの如く渇仰かつがうせらる〻にあらす
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
ただ、男を同伴してガンネスの奥様が、馬車を駆って来るので、路傍みちばたに避けて叮嚀に挨拶しながら、馬車を通した。
斧を持った夫人の像 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
二人は、川べりや路傍みちばたを歩きまわった。そうして歩きまわっているうちに、町へ通ずる真山まやま街道で、二人は町の方からやって来る豊作の父親に遭った。
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「お前だつてそんな氣になるだらう。——ところで路傍みちばたに立つて話をして居ると、往來ゆききの人が變な顏をするよ。薄暗くなつたやうだ。歸るとしようか」
「皇子さまがお通りなされるのだ。」と、言つて、さしてゐた日傘ひがさをつぼめ、頭にかぶつてゐたものを脱ぎ、路傍みちばたにぺつたりと坐り込んでしまひました。
拾うた冠 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
この昼飯ひるめし分は剛力に担がせて持って来たのだが、この前途さき山中に迷わぬものでもないから、なるべく食物しょくもつを残しておけと、折りから通り掛かった路傍みちばた
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
来る時に自分が立って待伏せしていた路傍みちばたの松の木の下に立って、同じような形をして自分を待受けていたのが
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、いいながら、路傍みちばたの林の中から出てきたのは、さっきのマッシバン博士、否アルセーヌ・ルパンであった。
青年は路傍みちばたへ寄って私を通してくれた。私は会釈した。青年も同じように会釈をかえしながら行き過ぎた。
誰? (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
墓地へ行くのだと思つたら、さうではない。体操の教師が竹橋内たけばしうち引張ひつぱつて行つて、路傍みちばたへ整列さした。我々は其所そこへ立つたなり、大臣のひつぎを送ることになつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
路傍みちばたのこけらぶきの汚ないだるま屋の二階の屋根に、襟垢えりあかのついた蒲団ふとんが昼の日ののどかな光に干されて、下では蒼白い顔をした女がせっせとものをしていたが
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
路傍みちばたの見物人は、まるで名士の葬式にでも出会つたやうに、克明に帽子を脱いでお辞儀をしたといふ事だ。
東上総ひがしかずさ小高おだか、東小高の両部落では、昔から決して大根を栽培せぬのみならず、たまたま路傍みちばたに自生するのを見付けても、驚いて御祈祷きとうをするくらいでありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
うまうま仲善なかよく、はなをならべて路傍みちばたくさみながら、二人ふたり半死半生はんしはんしやう各自てんで荷馬車にばしやひあがり、なほ毒舌どくぐちきあつて、西にしひがしへわかれるまで、こんなはなしをしてゐました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
そして雪さんの背から子供をおろして、路傍みちばた土手どて芝生しばふの上に腰をかけ、まだ眠っている子を揺り起して、しゃくり込むように泣きながら乳首ちくびを無理に子供の口に押し込んだ。
李小二りしょうじは丁度、商売から帰る所で、例の通り、鼠を入れたふくろを肩にかけながら、傘を忘れた悲しさに、ずぶぬれになって、まちはずれの、人通りのない路を歩いて来る——と、路傍みちばた
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私はその時アイイーからやってきた。その田舎いなかを歩いていた。夕立の後で田圃たんぼは黄色くなっていた。池の水はいっぱいになっていた。路傍みちばたには小さな草が砂から頭を出してるきりだった。
そう云いながら、路傍みちばたの木蔭からとびだして来たのは家僕の五郎次ごろうじだった。
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、お柳の手を取って歩き出そうと致しまする路傍みちばた枯蘆かれあしをガサ/\ッと掻分けて、幸兵衞夫婦の前へ一人の男が突立つッたちました。是は申さないでも長二ということ、お察しでございましょう。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そしてその木曜日の朝早く馬車は路傍みちばたの宿屋で馬に水をやる爲めに止つた。
はまだけねどふりしきるゆき人足ひとあし大方おほかた絶々たえ/″\になりておろ商家しやうかこゝかしことほ按摩あんまこゑちかまじいぬさけびそれすらもさびしきを路傍みちばたやなぎにさつとかぜになよ/\となびいてるは粉雪こゆき
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
竜次郎が小刀を、下帯から抜いて、路傍みちばたに置いたのは勿論で有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そのささやきを路傍みちばたに、腰を下ろして聴いてゐた
小さい名もない路傍みちばたの墓石よ
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
われはただ路傍みちばたに俯し
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
路傍みちばたの子供に菓子などを与えながら行くものもある。途中で一行におくれて、また一目散に馬を飛ばす十六、七歳の小冠者こかんじゃもある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
をどつてうたうてかつしたのど其處そこうりつくつてあるのをればひそかうり西瓜すゐくわぬすんで路傍みちばたくさなかつたかはてゝくのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私は勤帰つとめがえりの洋服姿がどうかすると路傍みちばた腸売わたうりの前に立止り、竹皮包たけのかわづつみを下げて、坂道をば監獄署の裏通りの方へあがって行くのを見ました。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
……あなたはここをお立ちになると、もうその時から、私なぞは、山の鳥です、野のあざみです。路傍みちばたちりなんです。見返りもなさいますまい。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「北野まで何んぼで行く。」と、千代松は小ひさな町の坂の下のところで路傍みちばたに客待ちしてゐた車夫くるまやの群に聲をかけた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
加山耀蔵ようぞうは駕わきに付く。そして、江の島の渡舟わたしから腰越街道の方へ渡ってゆくと、もう海辺も路傍みちばたも人で埋まって
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、歩いているうちに空腹を覚えて来たので、路傍みちばた蕎麦店そばやを見つけて入り、そこで蕎麦をってまた歩いた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
余は麦畑に踏込む犬をしかり、道草みちくさむ女児をうながし、品川堀に沿うて北へ行く。路傍みちばたの尾花は霜枯れて、かさ/\鳴って居る。丁度ちょうど七年前の此月である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)