紫檀したん)” の例文
夏目なつめ先生はペン皿の代りに煎茶せんちや茶箕ちやみを使つてゐられた。僕は早速さつそくその智慧ちゑを学んで、僕の家に伝はつた紫檀したんの茶箕をペン皿にした。
身のまはり (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
寒い時分で、私は仕事机のわき紫檀したん長火鉢ながひばちを置いていたが、彼女はその向側むこうがわ行儀ぎょうぎよく坐って、両手の指を火鉢のふちへかけている。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
こう云いながら、女は座敷の中央の四角な紫檀したんの机へ身を靠せかけて、白い両腕を二匹の生き物のように、だらりと卓上にわせた。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それから金容かねいれも……ピストルも……万年筆も……時計も……今四時四分を示している。ただ鼈甲縁べっこうぶちの眼鏡と、紫檀したんのステッキがない。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
紫檀したん材の家具は広く名がありますが、雑木においても見事なものを作り、形の確かさは、世界にも匹敵するものが少いでありましょう。
北支の民芸(放送講演) (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
言はれて内室ないしつはひつて見ると成程なるほど石は何時いつにか紫檀したんだいかへつて居たので益々ます/\畏敬ゐけいねんたかめ、うや/\しく老叟をあふぎ見ると、老叟
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
挿頭かざしの台はじん紫檀したんの最上品が用いられ、飾りの金属も持ち色をいろいろに使い分けてある上品な、そして派手はでなものであった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
八畳の茶の間に燈火とうか煌々こうこうと輝きて、二人が日頃食卓に用ひし紫檀したんの大きなる唐机とうづくえの上に、箪笥たんすの鍵を添へて一通の手紙置きてあり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
紫檀したん黒檀こくたんの上等なる台のみには限る間敷、これも粗末なる杉板の台にてもよく、または有合ありあわせのガラクタ道具を利用したるもよく
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
謎の女は和尚おしょうをじっと見た。和尚は大きな腹を出したまま考えている。灰吹がぽんと鳴る。紫檀したんふたを丁寧にかぶせる。煙管きせるは転がった。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ついに、しんぱくは、岩頭がんとうのかわりに、紫檀したんたくうえかられたのでした。そして、ほしのかわりに、はなやかな電燈でんとうらしたのでした。
しんぱくの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「なるほど、なるほど。ええと第五号は、紫檀したんメイタ卓子テーブルか。それから第六号が、拓本たくほん十巻ヲ収メタル書函しょばこか。それから……」
家を構える中流市民階級の夢想は、自分で高言してるように、新しく飾られた紫檀したん更紗さらさのちょっとした化粧部屋にすぎない。
電燈を置くために作らせた紫檀したんの台が、書斎の机のわきに晩になると置いてあった。その上を叩くことを赤児はすいた。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
オランダの敷物、ペルシャの壁飾り、インドの窓掛、ギヤマンの窓、紫檀したん黒檀こくたんぎょくちりばめた調度、見る物一つとして珍奇でないものはありません。
紫檀したんの卓のまわりに二人は向き合って坐ったが、互いに探り合うような目をして、簡単な言葉を交したきりであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
支那のものでは、よく紫檀したんの縁がついています、上品でいいものです、古いビードロ絵にはそれはまらなくいい味な、古めかしい縁がついています。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
紫檀したんの机を中央に主客相対す、先生は古風なネルのシャツに荒い縞物の綿入れ、薩摩絣さつまがすりの羽織という木綿ずくめに当方のべんべら、いささか面目ない。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「卓」という言葉、また「観魚亭」という言葉によって、それが紫檀したんか何かで出来た、支那風の角ばった、冷たい感じのする食卓であることを思わせる。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
中央よりやや西寄りのところに絨毯じゅうたんを敷いて、そこに小さい紫檀したんの机を据え、すわって仕事をしていたらしい。
漱石の人物 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
琴ばかりが十面もつかねてあるし、紫檀したんと見える箪笥たんすには黄金きんの金具が光を放ち、友禅の夜具、定紋のつづら、金泥きんでい衝立ついたて御簾みす絽蚊帳ろがや象牙ぞうげもの、螺鈿らでんもの
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紫檀したんや、黒檀こくたんや、伽羅きやら肉桂にくけいなぞを送つてゐたものだが、その後、日本の鎖国の為に、帰国出来なくなつた日本人が、此の地に同化した様子で、墓碑の表なぞに
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
行儀ぎやうぎよさで、たとへば卓子テーブルうへにも青羅紗あをらしやとかしろネルとかをいて牌音パイおとやはらげるやうにしてあるのが普通ふつうだが、本場ほんば支那人しなじん紫檀したん卓子テーブルうへでぢかにあそぶのが普通ふつう
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
座ぶとんの傍に紫檀したんの煙草盆があって、炉扇ろせんでよせられた富士山形の灰の上にこうがくゆっている。
わきには七宝入りの紫檀したん卓に、銀蒼鷹ぎんくまたかの置物をえて、これも談話はなしの数に入れとや、極彩色の金屏風きんびょうぶは、手を尽したる光琳こうりんが花鳥の盛上げ、あっぱれ座敷や高麗縁こうらいべりの青畳に
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
人々はいろいろ相談して、顔長の長彦には、支那しなからきたというみごとな紫檀したんの机を、顔丸の丸彦には、琉球りゅうきゅうからきたという大きな法螺ほらの貝を、記念の贈りものにしました。
長彦と丸彦 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
この宿の堆朱ついしゅの机の前に座って、片手を小長火鉢の紫檀したんの縁にかざしながら、晩秋から冬に入りかける河面を丸窓から眺めて、私は大かた半日同じ姿勢で為すことなく暮した。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
紫檀したんの盆に九谷くたにの茶器根来ねごろの菓子器、念入りの客なことは聞かなくとも解る。母も座におって茶を入れ直している。おとよは少し俯向うつむきになってひざの上の手を見詰めている。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
と、いったまま、紫檀したんの大机にもたれて、書物かきものをしていた。そして、筆を走らせながら
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
この家の一番奧の上等座敷らしく、眞中まんなか紫檀したん食卓ちやぶだいゑ、其の上へ茶道具と菓子とをせてある物靜かさは、今まで村の若いしゆが底拔け騷ぎをしてゐたへやとも思はれなかつた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
真中には印度綆紗インドさらさをかけた長方形の紫檀したんテーブルがあって、その左右にはそれぞれ三脚の椅子いすが置いてあった。テーブルのむこうには燦然さんぜんとした六枚折の金屏きんびょう。壁には宝玉ほうぎょくが塗り込んであった。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
清潔な趣味に禅宗の和尚の人柄が匂い出ていて抹香まっこう臭なく、紫檀したんの棚の光沢が畳の条目と正しく調和している。正面の床間の一端に、学生服の美しい鋭敏な青年の写真が懸けてある。
寝床をすべって、窓下の紫檀したんの机に、うしろ向きで、紺地に茶のしまお召の袷羽織あわせばおりを、撫肩なでがたにぞろりと掛けて、道中の髪を解放ときはなし、あすあたりは髪結かみゆいが来ようという櫛巻くしまきが、ふっさりしながら
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
螺鈿らでんの光る紫檀したん机に、これはヨオキス(西洋酒)のびんがいろいろと並べてあって
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
大方紫檀したんに変性するだろうと思われる、さすがに寒いと見えて、唐檜は葉の裏を白い蝋で塗っているのが、遠くからは藍色をして、天空の青、流水の碧と反映している、かような森林も
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
けい 紫檀したんだとか黒檀こくたんだとかいうものは、いつ迄たっても変らないものですね。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
紫檀したんまがいのなめらかな机であるから、少し無理かと思ったが、こんなに簡単に立つものなら、何も問題はないわけである。細君も別の机の上に立ててみると、これもわけなく立ってしまう。
立春の卵 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
でう座敷ざしきに六まい屏風びやうぶたてゝ、おまくらもとには桐胴きりどう火鉢ひばちにお煎茶せんちや道具だうぐ烟草盆たばこぼん紫檀したんにて朱羅宇しゆらう烟管きせるそのさま可笑をかしく、まくらぶとんの派手摸樣はでもやうよりまくらふさくれなひもつねこのみの大方おほかたあらはれて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
上りがまちへ腰を下ろしながら見ると、上り際の縁板の上へ出して、畳から高さ一尺ほどの紫檀したんの台が置いてあって、玳瑁たいまいの櫛や翡翠ひすい象牙ぞうげ水晶すいしょう瑪瑙めのうをはじめ、金銀の細工物など、値の張った流行はやりの品が
まず中央に紫檀したん細工の丸型のテーブルが据えてあり、それを取り巻いて二脚の牀几しょうぎと、深張りの一脚の肘掛ひじかけ椅子と、そうしてこれも深張りの長い寝椅子とが置いてあったが、肘掛椅子と寝椅子とに
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
戸のうしろは紫檀したんの板がめてあり、その中央に小さな、横に細い穴が二つあいていて、覗いてみると隣り座敷がかなりよく見えた。千之助はその穴をしらべ、そこに黒いしゃの張ってあるのを認めた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
婆「これは紫檀したんですから二分で宜うございます」
今しがたまでお客がいたものと見え、酒のかおりと共に、煙草たばこけむりこもったままで、紫檀したんテーブルみぞには煎豆いりまめが一ツ二ツはさまっていた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
殊に午後の日の当つた障子際の、小さな紫檀したんの机のまはりには、新聞雑誌や原稿用紙が、手のつけやうもない程散らかつてゐた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
じんの木、紫檀したん、銀、黄金などのすぐれた工匠を多く家に置いている人であったから、その人々はわれ劣らじと製作に励んでいた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それから紫檀したん茶棚ちやだなひとふたかざつてあつたが、いづれもくるひさうななまなものばかりであつた。しか御米およねにはそんな區別くべつ一向いつかううつらなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
美佐子は八畳の茶の間へ這入ると、夫のすわる座布団ざぶとんの上へ客を請じて、自分は紫檀したんのチャブ台の前にすわりながら
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
紫檀したんの机の上に幻燈器械の様な妙な形の道具と、そのそばに一枚のピカピカ光る台紙なしの写真が置いてあった。見ると、例の夕刊の写真と同じものだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
母親は道夫のために小箪笥こだんすからおやつの果物くだものをとりだして、紫檀したんの四角いテーブルのうえへならべながらいった。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
紫檀したんの繼弓を捨てる位なら、自分の身體を隅田川へ捨て兼ねないよ。——俺はさう氣が付いたから、村川の旦那に頼んで、そつと三吉の荷物を搜さしたのさ。