就中なかんづく)” の例文
就中なかんづく、将棋と腕相撲が公然おもてむきの自慢で、実際、誰にも負けなかつた。博奕は近郷での大関株、土地ところよりも隣村に乾分こぶんが多かつたさうな。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
就中なかんづくマグダラのマリアなどは、一度彼に会つた為に七つの悪鬼に攻められるのを忘れ、彼女の職業を超越した詩的恋愛さへ感じ出した。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
就中なかんづく江戸に於ては米穀其他総ての物価又一層の高料たかねに至れば、貧人飢餓に耐へざるより、或は五町七町ほどの賤民おのおの党を組みて
動物性毒に関する迷信もはなはだ数多いが、就中なかんづく毒蛇に関しては古来色々の伝説が行はれて居るからこゝれを説いて見ようと思ふ。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
また就中なかんづく円筒が外の形よりも巻き込まれにくいものだといふことを説明してくれましたが、その理由はもう忘れてしまひました。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
その美しさはこの小さなとるにも足らぬ虫の誕生を、彼をして神聖なものに感じさせ、礼拝させるためには、就中なかんづく、非常に有力であつた。
このことは、日本の国典研究に大きな影響を与へ、難解とされてゐた国学書、就中なかんづく国文学書の一般的研究に、一筋の道をひらいたのである。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
まる淑女レディ扮装いでたちだ。就中なかんづく今日はめかしてをつたが、何処どこうまい口でもあると見える。那奴あいつしぼられちやかなはん、あれが本当の真綿で首だらう
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
し今日露顯ろけんに及ばんとする事衆怨しうゑんの歸する所にして就中なかんづく道十郎が無念むねん魂魄こんぱくとお光が貞心ていしんを神佛の助け給ふ所ならん恐るべしつゝしむべし。
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
私は若い頃から釣りを好み、就中なかんづく鮒釣りやなまず釣りに熱中するから、多年蚯蚓にはご厄介になっている私である。梅雨のころの蚯蚓に幸あれ。
ミミズ酒と美女 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
集に「初冬山居」の七絶二、「冬日田園雑興」の七絶一があつて、就中なかんづく山居の一は題を設けて作つたものとは看做みなし難い。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
就中なかんづく意氣いきむき湯上ゆあがりのあしを、しなに、もう一度いちどあつひたしてぐいとげて、ゆきにうつすりと桃色もゝいろしたつまさきに下駄げた引掛ひつかけたとふ。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
上野かんづけの国五八迦葉山かせうざん下野しもづけの国五九二荒ふたら山、山城の六〇醍醐だいごみね、河内の六一杵長しなが山、就中なかんづく此の山にすむ事、大師の六二詩偈しげありて世の人よくしれり。
就中なかんづくフランチエスカの君は、もろ人の我を襃むるに過ぎて、わが慢心のこれがために長ずべきを惜むとて、つねに峻嚴と威儀とをもて我に臨まんとし給へり。
ウフイツチ邸に劣らぬ多数の名幅ををさめた中にラフワエルとチチアノの傑作が最も多く、就中なかんづく予はラフワエルの円形の中に描いたマドンナががうも宗教臭味しうみを帯びず
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
渡島、陸奧、羽後、磐城、岩代、下總、常陸、武藏、信濃、就中なかんづく多く出でたるは陸奧龜ヶ岡なり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
就中なかんづくばん目立めだつのは肉体にくたいほか霊魂たましい——つまりあなたがたっしゃる幽体ゆうたいえますことで……。
就中なかんづく編輯長ミハイル・イワノヰツチユ君はそんな大人物かと、うたた景慕の念にへなかつた。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
就中なかんづく、夫婦共に法華ほつけ持者ぢしやなり。法華經流布るふあるべきたねをつぐ所の、玉の子出生、目出度覺候ぞ。色心二法しきしんにほふをつぐひとなりいかでかをそなはりさふらふべき。とくとくこそうまさふらはむずれ。
焉馬、三馬、源内、一九等の著書を読む時に、われは必らず彼等のうちに潜める一種の平民的虚無思想のいとに触るゝ思あり。就中なかんづく一九の著書「膝栗毛ひざくりげ」に対してしかく感ずるなり。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
就中なかんづく落葉松は材質強く、土中又は濕地にも腐朽せざる點よりして、枕木には、適當するも、伐木工賃及び運搬費の關係と利益少きとの爲め、北海道の栓、タモ等の枕木に及ばず。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
其他の旧版図の国々のくにぶり、就中なかんづく悠紀・主基の国俗などゝは、性質が違ふ。
万葉集研究 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
参詣人の中の上流社会、就中なかんづく貴夫人を見て、セルギウスは激怒を発する。なぜかと云ふにさう云ふ上流の人達が僧院にり込んで来る時には、兵卒が護衛して来て、それが賤民を押し退ける。
今日の文学、就中なかんづく小説に対する世間の要求の主なるものをぐれば、現社会に密接して時事時潮を描けるといふものの一にして、国民性を描写して国民的性情の満足を与へよといふもの其の二なり。
国民性と文学 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
就中なかんづく、人間自身が工夫したさまざまなもののなかには言葉の言霊ことだまのなかにあるものと全く同じやうに、人類の思想や、生活や
猿簔さるみのを読む。芭蕉ばせを去来きよらい凡兆ぼんてうとの連句の中には、波瀾老成の所多し。就中なかんづくこんな所は、なんとも云へぬ心もちにさせる。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
日本大辞林が就中なかんづく威張つて見ゆれども、著者のひが目には『あこがれ』もつとも目につく。これらのうづたかき中に、クミチンキと貼札したる薬瓶あり。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
就中なかんづくわたくしの目に留まつたのは、つゆ草の詩である。わたくしは児時はやく此草を愛した。吾郷人の所謂かめがらである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
劉填りうてんいもうと陽王やうわうなり。陽王やうわうちうせられてのち追慕つゐぼ哀傷あいしやうしてやまひとなる。婦人ふじんこのやまひいにしへよりゆることかたし。とき殷※いんせんゑがく、就中なかんづくひとおもてうつすにちやうず。
聞きたるまゝ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
就中なかんづく、奥利根の山地には狸が多い。新治村の諸山脈と吾妻郡と越後の国境にまたがる山襞には、むくむくと毛ののびた大狸が棲んでいて、猟師の財産だ。
純情狸 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
就中なかんづくマリウチアといふ娘は、この戲にて我を泣かすることしば/\なりき。マリウチアは活溌なる少女なりき。
そのほかさまざまのことがありますが、就中なかんづく良人おっと非常ひじょうおどろきましたのはわたくし竜宮行りゅうぐうゆき物語ものがたりでした。
ナシヨナル、テエト、サウスケンシントンの三大博物館を観たことは就中なかんづく感謝せざるを得ない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
僅にうなじの皮少許せうきよにて首と胴と連りゐたる故、屍体をもたぐる時、首は胴より離れたり。首もその他の体部も甚しく損傷しあり。就中なかんづく胴と手足とは、殆ど人の遺骸とは認められざる程変形せり。
就中なかんづく、老母は我が元来の虚弱にて学道まなびのみちに底なきうみを渡るを危ぶみて、涙を浮べて我が健全を祈るなど、都に多き知己にも増して我が上を思ふの真情、ありがたしともふとしとも言はん方なし。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
じんは以てしもあつけんは以てもちゐるにたるくわにしてゆるめずくわんにしてよくだんずとまことなるかな徳川八代將軍吉宗公の御代名譽の官吏やくにん多しと雖も就中なかんづく大岡越前守忠相たゞすけ殿は享保二年より元文元年まで二十年のあひだ市尹まちぶぎやう勤役中きんやくちう裁許の件々其明斷を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
就中なかんづく茶山は菜蔬をたしんだので、其買入を伊沢の家に託した。本郷の伊沢の家と、神田の阿部邸との間には、始終使の往反が絶えなかつたのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
元来僕は何ごとにも執着しふぢやくの乏しい性質である。就中なかんづく蒐集しうしふと云ふことには小学校にかよつてゐた頃、昆虫の標本へうほんを集めた以外に未嘗いまだかつて熱中したことはない。
蒐書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ふうちに、とびかゝつて、三疋四疋さんびきしひき就中なかんづく先頭せんとうつたのには、停車場ていしやばぢかると、五疋ごひきばかり、前後ぜんごからびかゝつた。しつしつしつ! 畜生ちくしやう畜生ちくしやう畜生ちくしやう
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
國王陛下の護衞たる一將校なり。(微笑ほゝゑみつゝ)拿破里ナポリの名族にて、世の人は第一に位すとぞいふ。そは僞にもあらざるべし。就中なかんづくわがをばは頗るこれに重きを置けり。
就中なかんづくドナテロのダ※ツドのなさけもあり勇気も智慧もある微笑びせうの立像に心を惹かされた。又有名なダンテの肖像をも壁画の中に仰ぎ見た。ダンテは頭巾づきん上衣うはぎも共に赤かつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
彼はそれらの現象をいぶかしく感ずるよりも前に、それを聴き入ることが、寧ろ言ひ知れない心地よさであつた。就中なかんづく、オルガンの音が最もよかつた。次には楽隊のひびきであつた。
就中なかんづく破天荒な変化と云ふべきは、電燈会社の建つた事、女学生の靴を穿く様になつた事、中津川に臨んで洋食店レストウラントの出来た事、荒れ果てた不来方城こずかたじやうが、幾百年来の蔦衣つたごろもを脱ぎ捨てて
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
就中なかんづく、富士見高原の蕎麥を絶讃したい。
食指談 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
就中なかんづく薄い水苔みづごけのついた小林平八郎の墓の前に曼珠沙華まんじゆしやげの赤々と咲いてゐた景色は明治時代の本所ほんじよ以外に見ることの出来ないものだつたかも知れない。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
就中なかんづく初の文と中の文とは到底戰爭の文といはむよりは平和の文といふべく覺ゆれば、まことに筆鋒をかなたに向けそめたるは、おそらくは後の一文ならむ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
やがてみのころよ。——就中なかんづくみなみ納戸なんど濡縁ぬれえん籬際かきぎはには、見事みごと巴旦杏はたんきやうがあつて、おほきなひ、いろといひ、えんなる波斯ペルシヤをんな爛熟らんじゆくした裸身らしんごとくにかをつてつた。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
此處にゐる連中は、れだつて多少不穩な人間共にや違ひないが、就中なかんづく不穩なのは君だよ。人の言葉を一々正直か、不正直か、極めてかゝらうとするし、言つたことは直ぐ實行したがる。
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
その代りにトルストイを読んだり、蕪村ぶそん句集講義を読んだり、就中なかんづく聖書を筆写したりした。武さんの筆写した新旧約聖書は何千枚かにのぼつてゐるであらう。
素描三題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さゝに、大判おほばん小判こばん打出うちで小槌こづち寶珠はうしゆなど、就中なかんづく染色そめいろ大鯛おほだひ小鯛こだひゆひくるによつてあり。お酉樣とりさま熊手くまで初卯はつう繭玉まゆだま意氣いきなり。北國ほくこくゆゑ正月しやうぐわつはいつもゆきなり。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)