ゆふべ)” の例文
つぎゆふべ道子みちこはいつよりもすこ早目はやめかせ吾妻橋あづまばしくと、毎夜まいよ顔馴染かほなじみに、こゝろやすくなつてゐる仲間なかま女達をんなたち一人ひとり
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
郎女は唯、さきの日見た、万法蔵院のゆふべの幻を筆に追うて居たばかりである。堂・塔・伽藍すべては、当麻のみ寺のありの姿であつた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
しばらく聴いてゐて、良寛さんは、やうやくそれが、異人達の住んでゐる出島の寺から、鳴り出すゆふべの鐘の音であることがわかつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
昔より云傳いひつたへたりまた里人の茶話ちやばなしにもあしたに出る日ゆふべに入る日もかゞやき渡る山のは黄金千兩錢千ぐわんうるしたる朱砂しゆしやきんうづめありとは云へどたれありて其在處ありどころ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その翌日よくじつから、わたくしあさ東雲しのゝめ薄暗うすくら時分じぶんから、ゆふべ星影ほしかげうみつるころまで、眞黒まつくろになつて自動鐵檻車じどうてつおりのくるま製造せいぞう從事じゆうじした。
晝間ひるまの暑き日の熱のほてり、いまだに消えやらぬまき草間くさまに横はり、あゝこのゆふべのみほさむ、空が漂ふ青色あをいろのこの大盃おほさかづきを。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
されば玲瓏として玉の如く、あしたに起き、ゆふべに寝ねて、いただくはありふれし米の飯、添ふるに一汁一菜の風韻、さながら古人の趣に相かなふを悦ぶ。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
おもへ、彼等の逢初あひそめしゆふべ、互にこころ有りてふくみしもこの酒ならずや。更に両個ふたりの影に伴ひて、人のなさけの必ずこまやかなれば、必ずかうばしかりしもこの酒ならずや。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かしこをあしたこゝをゆふべとなしゝ日は殆どかゝる處よりいで、いまやかの半球みな白く、そのほかは黒かりき 四三—四五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
この歌は結句で、「このゆふべかも」と名詞に「かも」をつづけているが、これも晩景を主としたいい方で、この歌の場合やはり動かぬものかも知れない。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
右近うこんの馬場を右手めてに見て、何れ昔は花園はなぞのの里、霜枯しもがれし野草のぐさを心ある身に踏みしだきて、太秦うづまさわたり辿たどり行けば、峰岡寺みねをかでらの五輪の塔、ゆふべの空に形のみ見ゆ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
十二月廿五日のゆふべは来りぬ、寒風枯草を吹きて、暗き空に星光る様、そぞろに二千年前の猶大ユダヤ野辺のべしのばしむ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
香港ホンコンの夜のは珠玉なりと君のかねて云ひ給ひしが、この港にさふらひしはゆふべも過ぎし頃にて、甲板かふばんでし私の目は余りのまばゆさにくらまむと致しさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
天皇、小碓をうすの命に詔りたまはく、「何とかもみましいろせあしたゆふべ大御食おほみけにまゐ出來でこざる。もはらみましねぎ教へ覺せ」
そんなイヤなものでないことは、此家こゝに三日も泊つてゐればわかることだ。あしたに武藝をはげみ、ゆふべ孔孟こうまうの教へを聽く、修業の嚴しさも一と通り見て貰ひたい。
くちそゝぎ果てつ、書斎なる小机に据ゑて、人なき時、端然として、失言を謝す。しかゆふべにはしをれんもの、願くば、葉の命だに久しかれ、荒き風にも当つべきか。
草あやめ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ぼく支度したくして先生せんせいうちけつけました、それがあさ六時ろくじ山野さんやあるらしてかへつてたのがゆふべ六時ろくじでした、先生せんせい夏期休業なつやすみいへどつね生徒せいとちかづ
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
そして広島杉木小路すぎのきこうぢの父の家に謹慎させられてゐた山陽は、此ゆふべくさめを幾つかしただらうとさへ思つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
あしたに平氏あり、ゆふべに源氏あり、飄忽へうこつとして去り、飄忽としてきたる、一潮いつてう山をんで一世紀没し、一潮退き尽きて他世紀来る、歴史の載するところ一潮毎に葉数を減じ
富嶽の詩神を思ふ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
うるがんは或日のゆふべ南蛮寺なんばんじの門前で、その姫君の輿こしの上に、一匹の悪魔が坐つてゐるのを見た。が、この悪魔はほかのそれとは違つて、玉のやうに美しい顔を持つてゐる。
悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
日のゆふべにガリリヤノの河を渡りぬ。古のミンツルネエ(羅馬の殖民地)は此岸にありしなり。
明星のゆふべはやがて月の夜となりぬ。ホテルの下に泉あり。清冽の水滾々と湧き、小川をなして流る。甕の婦人来り、牧夫来り、ぎうやう駱駝らくだ、首さしのべて月下に飲む。
そのうちに、日が暮れて、ゆふべのお月さまが東の空からあがつて来ました。
つね子さんと兎 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
市街を離れて里許りきよ、不二の裾野は、虫声にも色あり、そよ吹く風にも色あり、色のあるじを花といふ、金色星の、ゆふべ下界に下りて、茎頭けいとうに宿りたる如き女郎花をみなへし、一輪深きふちの色とうたはれけむ朝顔の
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
月のゆふべ、花のあした、酒をくんで、意に敵すれば、詩を吟じ情を放つ。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いゆきめぐるあしびがもとの道明るし春日野にある此のゆふべなり
大和ぶり (新字旧仮名) / 佐佐木信綱(著)
誰ぞゆふべひがし生駒いこまの山の上のまよひの雲にこの子うらなへ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
彼が妓楼と云ふものに始めて上つたのはそのゆふべであつた。
あした咲きゆふべは消ぬる鴨頭草つきくさぬべき恋も吾はするかも
或る国のこよみ (新字旧仮名) / 片山広子(著)
見し人の煙を雲とながむればゆふべの空もむつまじきかな
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
煮茗圍爐微雪夕 茗を煮、炉を囲む、微雪のゆふべ
閉戸閑詠 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
しかも、あゝ、ゆふべとなれば冷然れいぜんたる泉のなか
六月の同じゆふべに簾しぬ娘かしづく絹屋と木屋と
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
忘れられしものとはなりつ、ゆふべの来るまでは。
朝躋鶴巓夕雲開(あした鶴巓かくてんゆふべに雲開く)
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その日のゆふべ、かれは遂に永き眠りに入れり。
呼子と口笛 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
足曳あしびきの三笠の山のふもとなるこのゆふべはも
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
手に手をその後くますゆふべとも
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
こころしづかにゆふべ祈祷いのりをささげ
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
ゆふべとして思ひはからざることなし
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
牡丹って気の衰へしゆふべかな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
鞄屋の女房のゆふべの鼻汁だ。
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
ゆふべとなれば、がくれの
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
このゆふべこの海のこゑ
一点鐘 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
ゆふべまけをたづぬるに
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
ゆふべの浪はしづかなり
筑波ねのほとり (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
あしたゆふべきざみてし
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
このゆふべ隆三は彼に食後の茶をすすめぬ。一人わびしければとどめて物語ものがたらはんとてなるべし。されども貫一の屈托顔くつたくがほして絶えず思のあらかたする気色けしきなるを
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
みすまるのたま、もとより硝子がらすさふらふべけれど、美しければ二人の娘のれうに緑と薄紫の二掛ふたかけを求めさふらふ珠数じゆずにして朝にゆふべに白き手に打ち揉むにもよろしからん。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
晝の始めより第三時の終りに亙りてあらはるゝところと同じとみえたり、かしこはゆふべこゝは夜半よはなりき —六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)