やはら)” の例文
やはらげらるゝにあらざればいと強くかゞやくが故に、人たる汝の力その光に當りてさながら雷に碎かるゝ小枝の如くなるによるなり 一〇—一二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
宮はあやぶみつつ彼の顔色をうかがひぬ。常の如く戯るるなるべし。そのおもてやはらぎて一点の怒気だにあらず、むし唇頭くちもとには笑を包めるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
この場合病人の心をやはらげて、幾分でも落ち付かせるのは、竹丸を呼んで來るに限ると、千代松は遂に立ち上つて、竹丸を探さうとした。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
柳と同じやはらを持つた、夜目には見きの附かない大木が岸の並木になつて居る。あちこちに捨石すていしがいくつも置かれてあつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
『時にね。』とお柳は顏をやはらげて、『昨晩の話だね。お父樣のお歸りで其儘になつたつけが、お前よく靜に言つてお呉れよ。』
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
また私のむねやはらぎの芽をゑそめたものは、一頻ひとしきり私のはらわたきざんでゐたところの苦惱くなうんだ、ある犧牲的ぎせいてきな心でした。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
お葉はタオルを胸にあてて、暫く顏を押へたのである。その時彼女にのみある幸福な死は、お葉の心をやはらげたのであつた。
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
私はロチスター氏の微笑ほゝゑみを見た。彼の嚴しい相好さうがうやはらいだ。彼の眼は輝やかしく柔和になり、その輝きは人の心を探るやうに、また温厚になつた。
程よく冷えて、やはらかな海の上の空氣は、病のある胸をも喉をも刺戟しない。久し振で胸を十分にひろげて呼吸をせられる。何とも言へない心持がする。
長谷川辰之助 (旧字旧仮名) / 森鴎外森林太郎(著)
やはらいだ感情、寂しいと思ふあこがれ、よこしまねたみとがもつれあつた偏執へんしふ。これ等のものが一しよになつて彼の涙腺に突き入つたのか。彼は詞もなく泣いた。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
かれはおつぎがはき/\と一言ひとことでもいうてれるごとひがまうとするこゝろがどれほどやはらげられるかれないのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
あの水松いちゐしたで、長々なが/\よこになって、このほらめいたうへひたみゝけてゐい、あなるので、つちゆるんで、やはらいでゐるによって、めばすぐ足音あしあときこえう。
行儀ぎやうぎよさで、たとへば卓子テーブルうへにも青羅紗あをらしやとかしろネルとかをいて牌音パイおとやはらげるやうにしてあるのが普通ふつうだが、本場ほんば支那人しなじん紫檀したん卓子テーブルうへでぢかにあそぶのが普通ふつう
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
館の人に見舞はるゝごとに、我はつとめて面をやはらこゝろよげにもてなせども、胸の中の苦しさは譬へんに物無かりき。此間人々は一たびも小尼公アベヂツサの名を我前に唱ふることなかりき。
やはらげ夫ほどまでに云なりせば此回このたびは許しつかはす可ければ今日よりして五日の中にもし病氣有る物ならば有とぞ云るたしかな證據を取て其むね吾輩おのれに云ね又無時には縁談えんだん再回ふたゝびむすびて高砂たかさご
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
お雪伯母は私をたしなめるやうに、また伯父の怒をやはらげるやうに、側から口を添へた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
此のことばをきこしめしてでさせ給ふやうなりしが、御面みおもてやはらぎ、陰火もややうすく消えゆくほどに、つひに竜体みかたちもかきけちたるごとく見えずなれば、化鳥けてうもいづちきけん跡もなく
年頃はもう四十歳を越して、學者や詩人にのみ見らるべき思想生活の成熟期を示す沈痛なおもての表情が、うつとりして疲れたやうな眼の色にやはらげられて、云ふにいはれず優しく又懷しく見える。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
書物しよもつと、あをかさけたランプとのほかには、また何物なにものらぬかとおもはるるしづけさ。院長ゐんちやう可畏むくつけき、無人相ぶにんさうかほは、人智じんち開發かいはつかんずるにしたがつて、段々だん/\やはらぎ、微笑びせうをさへうかべてた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
灼熱の夏日かじつくれなゐに移る一歩前、陽光さんさんと降りくだつて、そこに菜の花は咲きつづき、やはらぎと喜びの色に照りはえ、べひろげられ、麗かに、のどかに國を包んで、朝にけ、夕べに暮れてゐる。
その次の日、軍治が何時になくやはらいだ眼つきで話しかけ、この商売を止めてくれるわけには行くまいか、と言つた時には、幾は又かと云ふやうに眉をしかめたのだが、軍治は珍らしく神妙だつた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
急にその中の最も美しい莟を一本抜き出すと、彼は言葉をやはらげて
と文平に言はれて、不平らしい校長の顔付は幾分いくらやはらいで来た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
勝代は疼痛いたみやはらぐのにつれてこんなことを云つて涙を浮べた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
剛造のかほやはらぎたるに、牧師もホとばかりに胸撫で下ろしつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
女はなほ恋の小唄こうた口吟くちずさみて男ごころをやはらぐ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
昔の貴人きじんの用ひた正しいやはらいだ仏蘭西フランス語は独りこの地にだけ行はれて居て、農夫も馬丁も俚語アルゴを用ひないのが特色ださうである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
婆は鴫沢しぎさわの前にその趣を述べて、投棄てられし名刺を返さんとすれば、手を後様うしろさまつかねたるままに受取らで、ひておもてやはらぐるも苦しげに見えぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼女はその遊びゲームですつかり快活になつてゐたが、癪に障る傲慢さはそのつんとした表情を少しもやはらげてはゐなかつた。
次に父と子との間にてジョーヴェのやはらぐるを望み、かれらがその處をば變ふる次第を明らかにしき 一四五—一四七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
れこたおこんねえ、おこつたつくれえげつちやあから」與吉よきちのいふのをいてぢいさんのいかりはやはらげられた。卯平うへいあをかほをして凝然ぢつつぶつたしがめていてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
おつかさまは、やはらかな調子で云ひきかせて、わきにあつた駄菓子を紙に包んで、彼女の前にやつた。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
ゆすりに懸りしは不屆千萬とは思へ共故意わざと言葉をやはらげもし/\御前方はマアとんだ事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
今別当の夜遊に出たのを真面目な顔で叱つて、自分に盗んだ物の事を問ふときには、何のわけだか知らないが、かへつ気色けしきやはらげてゐるやうなのを見て、八はいよいよ主人がすきになつた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
同じ麻雀マアジヤンでもそれぞれの國民性こくみんせいしたがつてあそかたなりたのしみかたなりが自然しぜんちがつてくるのはあたまへはなしで、卓子たくしうへきれいて牌音ぱいおんやはらげるといふやうな工夫くふう如何いかにも神經質しんけいしつ日本人にほんじんらしさだが
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
たゞ、幾の心をやはらげてくれるのは鳥羽だけであつて、彼は折に触れ
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
されど天才には何事をも許さるべきならずや。夫人はわづかに面をやはらげて我に會釋しつゝジエンナロにむかひて云ふやう。君のいつも面白げに見え給ふことよ。犯しゝとがもあらねば、ゆるすべき筋の事もなし。
其れが極めてやはらかに組んであるのと、横に立ててうはすぼみの輪にされるのとでピンで止めた時はある一種面白い形の物が寄集よりあつまつて居る様になるのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
たけびに猛ぶ男たちの心もその人の前にはやはらぎて、つひに崇拝せざるはあらず。女たちは皆そねみつつもおそれいだけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かつとよこかけひかりすごくもいろやゝやはらげて天鵞絨びろうどのやうななめらかなかんじをあたへた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
我わが生命いのちはてに臨みてはじめて神とやはらがんことを願へり、またもしピエル・ペッティナーイオその慈愛の心よりわがために悲しみその聖なる祈りの中にわが身の上を憶はざりせば
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
よく知つてゐる顏は、昔と同じやうにきびしく慘酷にそこにあつた——どんなものもやはらげることの出來ないあの特有の眼と、いくらか上り氣味の我儘らしい壓へつけるやうな眉であつた。
調べに參りしなり其方存じをらば教へ申べしやはらかに諭ければ菊は十兩の金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)