かぶ)” の例文
なくてはならざる匂袋、これを忘れてなるものか。頭巾づきんかぶつて肩掛を懸ける、雨の降る日は道行合羽みちゆきがつぱじやの目のからかさをさすなるべし。
当世女装一斑 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
此方こちら焚火たきびどころでい。あせらしてすゝむのに、いや、土龍むぐろのやうだの、井戸掘ゐどほり手間てまだの、種々いろ/\批評ひひやうあたまからかぶせられる。
盲目めくらのお婆さんは、座が定ると、ふところから手拭を出して、それを例のごとく三角にしてかぶつた。暢気のんきな鼻唄が唸うなるやうに聞え出した。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
良い女でした、蒼白い品の良い顏を見違へる筈もありませんが、何分、お高祖頭巾こそづきんかぶつて居たので、覗いて見るわけにも參りません
シンガポール邦字雑誌社の社長で、南洋貿易の調査所を主宰している中老人が、白の詰襟服つめえりふくにヘルメットをかぶって迎えに来て呉れた。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
女の方は二十前後の若い妻らしい人だが、垢染あかじみた手拭てぬぐいかぶり、襦袢肌抜じゅばんはだぬ尻端折しりはしょりという風で、前垂を下げて、藁草履わらぞうり穿いていた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
麓からすこし山へ食い入った高所に構え、屈折した石段の山に、さながら大寺院のような門が、自然の老杉や松を美しくかぶっていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いいから、お前、もう一遍、今の姿で……その面をかぶって、鈴と、御幣を持って、いま踊った通りに、踊ってわしに見せておくれ」
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
のべ用意ようい雨具あまぐ甲掛かふかけ脚絆きやはん旅拵たびごしらへもそこ/\に暇乞いとまごひしてかどへ立出菅笠すげがささへも阿彌陀あみだかぶるはあとよりおはるゝ無常むじやう吹降ふきぶり桐油とうゆすそへ提灯の
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それは新しい鳥打帽を眉深まぶかかぶって、流感けの黒いマスクをかけた若い運転手の指であったが……私はすぐに手を振って見せた。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
自分のような九尺二間のあばらへ相応の家から来てくれてがあろうとも思わず、よしまた、あると仮定してうわかぶりするのはなおいや
そして呆気にとられている人々を尻目にかけ、鞄を片付けて抱え込むと帽子を無雑作にかぶりながら、振り返って吐き出すように云った。
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
縄暖簾の中を透かして見ると、やっぱり私の思った通り、お母さんが後向きになって手拭てぬぐいねえさんかぶりにしてへっついの傍にしゃがんでいる。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「モシ、モシ。」と背後うしろから呼ぶ声をきいた。泉原は悸乎ぎょっとして振返ると、中折帽をかぶった大男が、用ありげにツカ/\と寄ってきた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
いとも罪なのは按摩の頭へざるかぶせ、竹竿でたたき落す夕方の蝙蝠こうもり取り、いずれ悪太郎の本性、気の毒も可哀想もあったものでなし。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「いいからもう、そんな薄気味悪いものばかり並べないで」と母の言葉に押しかぶせて、時江は泣きじゃくるように肩を震わせたが
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
で、また二人は荷物を担いで、そばに立っている木小屋の前を足音を立てずに通り過ぎ、雪をかぶってそびえている森の方へ歩いて行った。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかし、ふとそのとき、参木は仰向きながら、秋蘭の唇が熱を含んだ夢のように、ねばねばしたまま押しかぶさって来たのを感じた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
二人は社にむかってゆく、空はいまだ全く暗くなってはしまわぬ、右手の農家の前では筒袖をきて手拭をかぶった男が藁しべなどを掃いている
八幡の森 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
はなさないでもおまへ大抵たいていつてるだらうけれどいま傘屋かさや奉公ほうこうするまへ矢張やつぱりれは角兵衞かくべゑ獅子しゝかぶつてあるいたのだからとうちしをれて
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
皆は不審に思って立止まると同時に遥か前面の戦線にあたって「ワァッ」という突撃らしい喚声が、瞬間、銃声も何も押っかぶせて響いた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
赤い襦袢じゅばんの上に紫繻子むらさきじゅすの幅広いえりをつけた座敷着の遊女が、かぶ手拭てぬぐいに顔をかくして、前かがまりに花道はなみちから駈出かけだしたのである。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうすると、今の啼声は矢張やっぱりポチだったかも知れぬと、うろうろとする目の前を、土耳其帽トルコぼうかぶった十徳姿の何処かのお祖父じいさんが通る。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
お筆は手拭をかぶって顔を隠し焼け穴だらけの前掛に結びっ玉だらけの細帯を締めて肌着が無いからふるえて柳の蔭に立って居ると
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
日の照りつける時は、傘を持たせると忘れたり破ったりするからと、托鉢たくはつのお坊さんのかぶるような、竹で編んだ大きな深いかさかぶります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「それじゃ私はまた来るから……。」と、叔父は深いパナマの帽子をかぶって、うとうとしている病人の枕頭まくらもとへ寄ると、低声こごえに声をかけた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
帽子をかぶっている広巳は、その風のために時どき帽子を持って往かれそうになった。羽織のそでなびき、袴のすそはまくれあがった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
従来は附木つけぎだけはあったが「はや」なる形容詞をかぶせて通用させようとしても通用しなかった。「ランプ」を行燈あんどんとも手燭てしょくとも翻訳ほんやくしない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ほとんど一千尺位の全く雪をかぶって居る山ばかりで、そんなに美しい景色は余所よその国では決して見ることが出来ぬだろうと思う。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
けれど、それでも帰つて来ないので、先生は大分心配になつて来たらしく、今度は内に入つて帽子をかぶつて出て来られました。
先生と生徒 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
などゝ云ひながら、袖を引張ひつぱつたり、帽子を取つて又ポンとかぶせたり、ちやうさいばうにされて……ミハイロはうろ/\する。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
立派な瓔珞やうらくをかけ黄金きんの円光をかぶりかすかに笑ってみんなのうしろに立ってゐました。そこに見えるどの人よりも立派でした。
ひかりの素足 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
十二月の十日ごろまでは来たが、その後は登楼あがることがなくなり、時々耄碌頭巾もうろくずきんかぶッて忍んで店まで逢いに来るようになッた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
「そのような武将のかぶり物を折りまするは、わたくしの職のほまれでござりまする」と、千枝太郎は追従ついしょうでもないらしく言った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だが、電車の運転手に発見みつけられた禿頭だけは樺太人かばふとじんに見せまいとして、大型の絹帽きぬぼうをすぽりと耳までかぶる事を忘れなかつた。
「精神的」といふ形容詞を名前の上にかぶされるのを、かつては喜んでゐた馬越も、今はそんな文字を甘くも酸つぱくも感じられなくなつてゐた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
ハワイに入る前夜、園遊会が盛大せいだいに開かれ、会長のK博士夫妻もインデアンの羽根飾はねかざぼうかぶって出場するなごやかさでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
こんな風であるから、これも自分には覚えておらぬが横浜から雇った車夫の中に饅頭形の檜笠ひのきがさかぶったのがあったそうだ。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
突然とつぜん、発車のすずがひびくと痩せた紳士はあわてて太った紳士にもう一度お辞儀をしておいて、例の麦稈帽子をかぶると急いで向き直って歩き出した。
蝗の大旅行 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
尤も模倣などと放言すると、忽ち非難を蒙るかも知れない。現に「模倣に長じた」と云ふ言葉は日本国民にかぶらせる悪名あくみやうの代りに使はれてゐる。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
活物いきものにこの字をかぶらせたもので誰でも思い起すのは「蓑虫」である。蓑を着た如き様からかく呼んだのはいうまでもない。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
事實じゝつ此世このよひとかもれないが、ぼくにはあり/\とえる、菅笠すげがさかぶつた老爺らうやのボズさんが細雨さいううちたつる。
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
あたしは、テンピの中と調理台の上を手早く掃除すると、少年に白い割烹着かっぽうぎを着せ、ハンカチでコックさんの帽子をつくってかぶせてやりました。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
膝ッぷしひじもムキ出しになっている絆纏はんてんみたようなものを着て、極〻ごくごく小さな笠をかぶって、やや仰いでいる様子は何ともいえない無邪気なもので
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
つまり、六郎氏の死体は、裸体はだかにされた上、禿頭はげあたまに、ふさふさとした鬘までかぶせて、吾妻橋下に投込まれていたのだった。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして続いて、私の妻が着物を着て、マントをひっかけ、帽子をかぶっていることが、だんだんはっきり分って来ました。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
また頭巾といふ季を結びたるは冬なれば人の零落したる趣に善くひ、また頭巾をかぶりてびたる様子も見ゆる故なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
見れば七ツか八ツくらいの男の子、毛糸で編んだ帽子をかぶり、小さいジャケツを着ているがややあおざめたいたいけな顔は可憐想かわいそうに涙に濡れている。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
……包が出来ると、お祖父さんに起きて貰い、布子ぬのこを二枚重ねた上から綿入半纏わたいればんてんをさらに二枚着せ、頭巾をかぶらせた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
手拭をかぶった、野良着のまんまの農家の主婦が、裾をはしょって、急に自動車の行手に立ち塞がったかと思うと、右手を挙げて、「ストップ」と叫んだ。
旧師の家 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)