そば)” の例文
広瀬からや爪先上りの赤土道を、七、八町も行くと、原中に一本の大きな水楢みずならか何かの闊葉樹が生えているそばで路が二つに岐れる。
所が往来の角で、同輩の若い僧侶の注意が一寸他に向いてゐる隙を見て、空想的な衣裳を着た、黒人の扈従こしやうがわしのそばへやつて来た。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
その膳の汁椀しるわんそばに、名刺が一枚載せてある。大石はちょいと手に取って名前を読んで、黙って女中の顔を見た。女中はこう云った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして二言目には、先生々々と言つて、画家の人柄をめ、画を賞め、そばにゐる舞妓を賞め、舞妓の食べるきんとんを賞めたりした。
いやそばへやって来ないばかりか、片手をあげると山の一方を指し、桂子をかえって誘うかのように、二度も三度も辞儀をして見せた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は其面そのかおじっと視ていた。すると、何時いつの間にか母がそばへ来ていて、泣声で、「息を引取る迄ね、お前に逢いたがりなすってね……」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
年のせいとばかりは考えられません。まだまだ、眼こそ見えぬが、これでもまあ、女性にょしょうそばにいればわるい気はしない男なのですから
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見て呵々から/\と打笑ひ扨も能氣味哉よききみかな惡漢共わるものども逃失にげうせたりと云つゝ半四郎のそばに立寄是々氣をたしかに持れよと抱起だきおこして懷中の氣付を與へ清水を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
中へ入って死骸の始末をすることも、死骸のそばを通り抜けて、表戸を開けてやることなども、この中老人は出来そうもありません。
資本家及び資本家の傀儡たる重し共は、無数に並んだ沢庵桶のそばで、われ等の見る世界とは似てもつかぬ世界を見てゐるのである。
工場の窓より (新字旧仮名) / 葉山嘉樹(著)
さて孔乙己はお碗に半分ほど酒飲むうちに、赤くなった顔がだんだん元に復して来たので、そばにいた人はまたもやひやかし始めた。
孔乙己 (新字新仮名) / 魯迅(著)
彼はそばにいる、この優雅な少女が、戦時中、十文字にたすきをかけて挺身隊ていしんたいにいたということを、きいただけでも何か痛々しい感じがした。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
「君、××先生のところで、女中の騒があつた時分だ。頼まれて隠家をさがしに行つたことがあつたぢやないか。あのすぐそばだ。」
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そこもとうさんのきなところで、うちひと手桶てをけをかついでたり、みづんだりするそばつて、それを見のをたのしおもひました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
自分じぶん蒲團ふとんそばまでさそされたやうに、雨戸あまど閾際しきゐぎはまで與吉よきちいてはたふしてたり、くすぐつてたりしてさわがした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ビヤンヴニュ閣下のそばにあっては昇進が不可能であることはだれも明らかに感じたところで、彼から資格を与えられた若い人々も
ぼーっとかすみだった湖と、そのそばにぬけ出した鐘塔の右ひだりに、雪をめぐらした山々が、庭の梢の眼のさめるような緑の上に望まれた。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
ある朝女が目を覚して見ると、男がそばにいないので、ひどく驚いた。起き上がって見ると、男は窓の側の腕附うでつき椅子いすに腰を掛けている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
ところでそばにいた校長がそれと察して、『お気に召しましたかな? 何なら媒妁ばいしゃくの労を取りましょうか?』と冗談を言ったそうだ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
細君は隣座敷で針箱のそばへ突っ伏して好い心持ちに寝ている最中にワンワンと何だか鼓膜へ答えるほどの響がしたのではっと驚ろいて
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
例えば風呂の湯を熱くして無理に入れるような事はせず、据風呂すえふろそばに大きな水桶をおいて、子供の勝手次第に、ぬるくも熱くもさせる。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
卓子テーブルそばわづかすこしばかりあかるいだけで、ほか電灯でんとうひとけず、真黒闇まつくらやみのまゝで何処どこ何方どちらに行つていかさツぱりわからぬ。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
「わこく橋のそばの堀っぷちにうなぎ蒲焼かばやきの屋台が出る」と栄二は続けた、「おらあ蒲焼の匂いをぐとがまんができなくなるんだ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そのうちで、よるひるもぶっとほしにいへそばはなれずに、どうにかして赫映姫かぐやひめつてこゝろざしせようとおも熱心家ねつしんか五人ごにんありました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
茅萱ちがやの音や狐の声に耳をそばたてるのは愚かなこと,すこしでも人が踏んだような痕の見える草の間などをば軽々かろがろしく歩行あるかない。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、そのそばに人らしいものが倒れてウーウーとかすかにうめいています。
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのときだれしのあしに、おれのそばたものがある。おれはそちらをようとした。が、おれのまはりには、何時いつ薄闇うすやみちこめてゐる。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私はまだなきながらフト頭を挙げて見升と、父が気の毒さうな顔をしてそばに立つて居升たから、なにやら恥しい気がして、口早に
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
御前ごぜんつてゐました、左右さいうから二人ふたり兵士へいし護衞ごゑいされて、王樣わうさまのおそばには、片手かたて喇叭らつぱ片手かたて羊皮紙やうひし卷物まきものつた白兎しろうさぎました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
ダガ福禄寿ふくろくじゆには白鹿はくろくそばなければなるまい。甲「折々をり/\はなしかを呼びます。乙「成程なるほど、ダガ此度こんどはむづかしいぜ、毘沙門びしやもんは。 ...
七福神詣 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
昼間新吉の留守に、裏の井戸端で洗濯している時などは、むこうも退屈しきっているので、下駄をつっかけて来てはそばでおしゃべりをしていた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
『これでやったんだな』下村さんがそういって先生のそばへしゃがんだので、見ると血のついた文鎮が足許の所に落ちていたわ。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
池のそばにある何様だかの小さいほこらの軒下にしゃがんで、それでもちゃんと待っていたのには、ひどくいじらしい気がしたことがありました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
スメールはす早く彼の手をひいた、がもう間にあわなかった。それから彼は頭からタラタラと血を流して、棺桶のそばに人事不省にたおれた。
一人の老婆がいろりそばへ坐って炉にかけた鍋の下をいていた。そして、その老婆のうしろの方には顔の白い一人の女が坐っていた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それから町人ちょうにんいえよりの帰途かえり郵便局ゆうびんきょくそばで、かね懇意こんい一人ひとり警部けいぶ出遇であったが警部けいぶかれ握手あくしゅして数歩すうほばかりともあるいた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一家の生活問題に及ばずながら立ち向おうと、立ち上ると、その隙間にそばに寝ている肉親の妹が、早くもわが愛人をかき乱そうとするのか。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
貴男のおそばへそれ以上に近づく事の出来ないのをだんだん不平に思う様になり、そして日ましに気が短かくなって我ままになり、一年に二
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
しかと検して置こうと言うて野猪のたてがみの直ぐそばに生えおった高いすすきじ登りサア駈けろと言うと同時に野猪の鬣に躍び付いた
そして街はずれの竹藪たけやぶそばの水車の前まで来ると、その風呂敷包ふろしきづつみをしっかりと私に背負わせ、近所の菓子屋から駄菓子を買って私にくれた。
それはまことによいおもひつきであると御賞おほめになつて、それからはつちつくつた人間にんげんなどのぞうはかそばうづめることになつたのだといふことです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
その下の、すぐそばの葉が一つ、同じ合図をする。ほかの葉が、また、それを繰り返し、隣り近所の葉に伝える。それが、急いで、次へ送る。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
すると、爺さんはニコニコしながら、それを拾って、自分のそばに立っている見物の一人に、おいしいから食べて御覧なさいと言いました。
梨の実 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
微笑ほゝゑみつゝ小池は、そばに寄つて來たお光に、遠くから見ればキツスでもしてゐるかと思はれるほど、顏を突き附けて言つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
将軍のそばにいるようになるかも知れぬ——何が何んだか、ここ一年余り、自分ではう考えても、訳の判らない事ばかりだ。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
びっくりしたわたくし御返答ごへんじをしようとするもあらせず、おじいさんの姿すがた又々またまたけむりのようにそばからえてくなってしまいました。
そんならくが好い。丁度ステーションのそばに何軒か普請中ふしんちゆううちも有るから、煉瓦でも運んで居りや、かつゑもしまい。たゞ酒だけはつゝしむんだぞ。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
そのときに春江はじめ四人の女給はもう寝ていたが春江の寝すがたが莫迦ばかに細っそりしているので不思議に思い、そばによってよく改めて見ると
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
およそ一年ばかりも経つうちに、ある日アノ窓のそばまで行くと、急に顔色がかわってパッタリ倒れたまま死んでしまったそうです。
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
電燈はそのうし柱のすぐそばに掛けられる。丁度鶴見の席の背後になる。そんなわけで、そこに火の点く時が食事をはじめる合図になるのである。