ためし)” の例文
ももうらおそいは三十一年毎に建てなおすためしになっていたが(?)、その落成式の時にはいつもこのオモロを歌ったのである。また
浦添考 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
此の婚礼に就いて在所の者が、先住のためしを引いて不吉ふきつな噂を立てるので、豪気がうき新住しんじう境内けいだいの暗い竹籔たけやぶ切払きりはらつて桑畑にしまつた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
「馬鹿、そんな女の言ふことをきいて、ノコノコ行かれるものか、殺される殺されると言つた人間に、あんまり殺されたためしはないぜ」
何年ぶりにも顔を合せた事のない彼とその人とは、度々会わなければならなかった昔でさえ、ほとんど親しく口を利いたためしがなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それがかへつて未だ曾て耳にしたためしのない美しい樂音を響かせて、その音調のあやは春の野に立つ遊絲かげろふの微かな影を心の空にゆるがすのである。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
その父は、しかも、とかく官途をきらって、鳥羽の院へも、御所の衛府えふへも、特に、召されでもしない限りは、出仕しゅっししたためしがない。
これまで牛の血統が問題にされたためしをきいたことがない。何で、孔子がそんなことを云い出したものだろう、と彼等は不思議に思った。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
汝いづこより來りしや、また誰なりや、我等汝の恩惠めぐみをみていたく驚く、たえてためしなきことのかく驚かすはうべなればなり。 一三—一五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
人間は老少不定ろうしょうふじょうためし明日あすにも知れんが人の身の上、殿様のお顔もこれが見納みおさめになるかと、今日こんにちは御暇乞にまかり出ましてござります
平素ふだんめつたに思出したためしも無いやうなことが、しかも昨日きのふあつたことゝ言ふよりも今日あつたことのやうに、生々と浮んで来た。
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
そんな大事件が、彼の手に委ねられたためしは嘗てなかった。そう自覚するだけでも、彼は激しい動悸を制することが出来なかった。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
世人全部満足だという世の中は歴史を見てもあったためしがないのですし、また、多数の人の共存する世の中は、みんなの連帯責任ですから
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
遠き故事を引くにも及ばず、近きためしは源氏の末路まつろ仁平にんぺい久壽きうじゆの盛りの頃には、六條判官殿、如何いかでか其の一族の今日こんにちあるを思はれんや。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
して、悪いめぐり合せになるためしが世間にはザラにあることなんだから、弁信さん、そんなに取越し苦労をしないで、山へお帰りなさいまし
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
助、豊雄をにらまへて、なんぢ神宝かんだからを盗みとりしはためしなき一七六国津罪くにつつみなり。なほ種々くさぐさたから一七七いづちに隠したる。明らかにまうせといふ。
つとめたるも先例せんれいなければ此時忠相ぬしは町奉行をやめられてさらに寺社奉行に任ぜられしなど未だためしなき美目びもくほどこ士庶ししよ人をして其徳を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かみに刃向かった不義者の栄えたためしはありません。花村様が英雄でも討手に敵対したが最後必ず打ち負けるでございましょう」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あやしむべきかなかつたりしところをそのままに夢むるためしは有れ、所拠よりどころも無く夢みし跡を、歴々まざまざとかく目前に見ると云ふも有る事か。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
三之丞は幼少の頃からおっとりした性質で、怒ったという顔を見せたことがないし、かつて人と喧嘩けんか口論をしたためしがない。
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かの剣を墓にかけし人のためしにはあらねど、我辛ふじて身を立てなむ頃は母様の、我為に人より多くのお年とらせたまひて。
葛のうら葉 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
もとより、こうしたためしは世の中に沢山あることだそうで御座いますが、すねに傷持つ身には、神様よりの警告としか考えられぬので御座いました。
秘密の相似 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「おれもそれを考えたが、用人の話を聞いても、住職の話を聞いても、小栗の主人は碁も将棋も嫌いで、そんな勝負をしたためしは無いと云うのだ」
半七捕物帳:67 薄雲の碁盤 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
横着政治家もまたこのためしに洩れません。ことにマキャベリー式政治家に鼻の表現を使いわけるタチの人が多いようであります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さればいたるところ大入りかなわざるなきがゆえに、四方の金主きんすかれを争いて、ついにためしなき莫大ばくだいの給金を払うにいたれり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつだか、いい仕事は、金子を産む、と仰しゃったが——それは一理だが——すでに、重豪公がいい仕事をなすって、金子を産まなかったためしがある
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
昔の歴史を見ましてもきさきの方から御離別を申しでられたためしはしばしば御座いますけれど、それが御歴代の御聖徳に影響しているとは思われません。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
大将様はあんなに、ためしもないほど婿君としてみかどがお大事にあそばすために、御驕慢きょうまんになってそんなふうなこともお言いになるのではありますまいか。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
わが邦にてはふるきよしみある人をとて、御使おんつかいえらばるるやうなるためしなく、かかる任に当るには、別に履歴なうてはかなはぬことを、知ろしめさぬなるべし。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
われ。タツソオは詩人なり。されば好きためしと思ひて引き出でしまでに候ふ。夫人。アントニオよ、さてはおん身は自ら詩人なりと許す心あるにやあらん。
家内の婢僕おんなおとこには日ながの慰みにせられ、恋しき人の顔を見ることもうして、生まれでてよりためしなき克己と辛抱をもって当てもなきものを待ちけるなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
今年もいよいよ秋になったと知るが否や、わたくしは今日か明日かと、夜毎よごとに蛼の初音はつねを待つのがためしである。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今までにも憑きもののした男や女はあったが、こんなに種々雑多なものが一人の人間にのり移ったためしはない。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かけているけれど、一人でも失敗しくじったというためしがあったら、お目にかかりません。安心しておいでなさいよ。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
かれけつして他人たにん爭鬪さうとうおこしたためしもなく、むしきはめて平穩へいをん態度たいどたもつてる。たゞ彼等かれらのやうなまづしい生活せいくわつもの相互さうご猜忌さいぎ嫉妬しつととのそばだてゝる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
よしや一の「モルヒ子」になぬためしありとも月夜つきよかまかれぬ工風くふうめぐらしべしとも、当世たうせい小説せうせつ功徳くどくさづかりすこしも其利益りやくかうむらぬ事かつるべしや。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
人の生活をあらためさせたためしがあろうか、人はその人自身によって何事もあらためるものをあらためてこそいいが、式や形でそれをつかさどることは無理であるといった。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ネー奥さん、人は誰でも先の事を考えたがりますけれども滅多めったに物事が考え通りになったためしがありません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
もし単に故郷にれられぬといふばかりならば、根本の父のやうに、又は塩町の湯屋のやうに、いきどほりを発して他郷に出て、それで名誉を恢復くわいふくしたためし幾許いくらもある。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
しばらく日本を遠のきなさいましては——外国には随分他国に身を逃れると云ふためしもあるやうで御座いますから
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
オランダの言葉の、むつかしきためしには、かようなこともござる。アーンテレッケンと申す言葉がござる。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いま友人の語つて居るやうに、此家ここの細君は確かにちがつた性質をつて居る。萬事が消極的で、自ら進んでどう爲ようといふやうな事は假初かりそめにもあつたためしがない。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
「どれ、どれ。成程にくい文字だな。」と和尚は幾度となく頭をかしげて居るが、ついぞ解つたためしはなかつた。で、しまひにはいつもこんな事を言つて笑つたものだ。
捕物吟味の御前試合などとは、まだ話にもためしにもない。日本はじまって以来これが最初。二度とはない一期いちごのおり。……わたくしといたしましても今度ばかりは必死。
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
正秀せいしうとふ、古今集に空に知られぬ雪ぞ降りける、人に知られぬ花や咲くらん、春に知られぬ花ぞ咲くなる、一集にこの三首を撰す。一集一作者にかやうの事ためしあるにや。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ベンヺ 馬鹿ばかな! そこがそれ、おさへられ、げんぜられるためしぢゃ。ぎゃく囘轉まはるとうたのがなほり、ぬるほど哀愁かなしみべつ哀愁かなしみがあるとわすれらるゝ。
それにまた、世間の人々が、私のようにこんなに不為合ふしあわせになったのは、あまりにも女として思い上っていたためであろうかどうか、そのためしにもするが好いと思うのだ。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
もう百年あまりこの方ためしがないんだ!——それでも、お前もよく知ってるとおり、わしはお前を恨んだこともないし、お前と知り合ってからはいつも好意をもっていた。
別れまゐらせし歳は我が齢、僅に二十歳はたちを越えつるのみ、また幼児いとけなきを離せしときは六歳むつつと申す愛度無あどなき折なり、老いて夫を先立つるにも泣きて泣き足るためしは聞かず
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
勿論総ての点を私は満足に答え、今まで私の手を経た人は再び見破られたためしがないと云いました。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
年長じても歯を黒め得ざりしと言えるをさえ苛政のためしに覚えしが、今はまた何でもなき郡吏や一村長の一存で、村民が神に詣で名を嬰児に命ずる式すら挙げ得ざるもひどし。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)