くれない)” の例文
汽車に連るる、野も、畑も、はたすすきも、薄にまじわくれないの木の葉も、紫めた野末の霧も、霧をいた山々も、皆く人の背景であった。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時は熊の胆の色が少しくれないを含んで、咽喉を出る時なまぐさかおりがぷんと鼻をいたので、余は胸を抑えながら自分で血だ血だと云った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
妻、その子、弟の彦之助も、相次いで、くれないの中に伏した。一族の三宅肥前、老臣の後藤将監基国、小森与三左衛門などもことごとじゅんじた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高松の埠頭ふとうに着く頃はもう全く日が暮れている。くれない丸がその桟橋に横着けになると、たちま沢山たくさんの物売りが声高くその売る物の名を呼ぶ。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
青年は橋の一にたたずみて流れのすそを見ろしぬ。くれないに染めでしかえでの葉末にる露は朝日を受けねど空の光を映して玉のごとし。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
六条ろくじょう 千春ちはる 平河ひらかわみね子 辰巳たつみ 鈴子すずこ 歌島かしま 定子さだこ やなぎ ちどり 小林こばやし 翠子すいこ 香川かがわ 桃代ももよ 三条さんじょう 健子たけこ 海原かいばら真帆子まほこ くれない 黄世子きよこ
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
日の出だ! 大きく盆のようなのが、黒々と見ゆる山査子さんざしの枝に縦横たてよこ断截たちきられて血潮のようにくれないに、今日も大方熱い事であろう。
露の深い路地、下水に半分身を落して、乙女の身体は斜に歪み、もすそくれないと、蒼白くなったはぎが、浅ましくも天にちゅうして居るのです。
(砂原が両岸に連なり、暑さを運んで風が去来する。蘇士に船は停泊しようとすれば、関のある山は夕日がくれないに照りはえている。)
南半球五万哩 (新字新仮名) / 井上円了(著)
吾輩アンポンタン・ポカンが一たび『脳髄は物を考える処に非ず』と喝破するや、樹々はその緑を失い、花はそのくれないけしたではないか。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
黄からくれないに——そうすると、それが黄橙色オレンジになるではございませんか。黄橙色オレンジ——ああ、あのブラッド洋橙オレンジのことを仰言おっしゃるのでしょう。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
見わたす限りこのような野生のひな罌粟のくれないに染まり、真昼の車窓に映り合うどの顔も、ほの明るくにおいさざめくように見えた。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
甲府を過ぎて、わがし方の東の空うすく禿げゆき、薄靄うすもや、紫に、くれないにただようかたえに、富士はおぐらく、柔かく浮いていた。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
そして見よ、さっきまで檣の上にくれないの色あざやかにひるがえっていた戦闘旗が、さっと二つに引きさかれてしまったではないか⁉
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
そうして光りかがやくくれないのトマト畠を想像して見た。そうした北国ほっこくの野菜畠の外光はどんなに爽快だろう。そうした畠の斜面は。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
こんなことがつぶやかれ、浅いくれないの下の単衣ひとえの袖を涙にらしているこの人は、あくまでえんできれいであった。女房たちがのぞきながら
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
これを草木にたとうれば、みどりやなぎくれないの花と現れる世の変化も思想なる根より起こるものであるから、なにはさておき根の培養ばいようおこたれない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
書院に待たせられていると、ほどなく例の千隆寺の若い住職が、まばゆいほどくれないの法衣をそのままで、極めてくつろいだ面色かおいろをして現われ
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
死んで蘇る妃は、「十二ひとへにしやうずき、くれないのちしほのはかまの中をふみ、金泥こんでいの法華経の五のまきを、左に持たせ給ふ」
山の手は庭に垣根に到る処新樹しんじゅの緑したたらんとするその木立こだちの間より夕陽の空くれない染出そめいだされたる美しさは、下町の河添かわぞいには見られぬ景色である。
山は朝霧なお白けれど、秋の空はすでに蒼々あおあおと澄み渡りて、窓前一樹染むるがごとくくれないなる桜のこずえをあざやかにしんいだしぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
すわって居て行路の人をながむるのは、断片だんぺんの芝居を見る様に面白い。時々はみどり油箪ゆたんや振りのくれないを遠目に見せて嫁入りが通る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あからひく朝日がのぼりかけ、むこうの船の大帆がパッとくれないに染まる。むきの加減で矢帆に隠れて見えなかったが、こんどはまっこうに見える。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そんな時には常蒼つねあおい顔にくれないちょうして来て、別人のように能弁になる。それが過ぎると反動が来て、沈鬱ちんうつになって頭をれ手をこまねいて黙っている。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
闇は見る見る追いのけられて、不気味なくれない一色ひといろに染め替えられて行った。渦巻くほのおは、数知れぬ巨獣の赤い舌であった。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すると、つぎに、その萩乃の表情かおに、急激な変化がきた。眼はうるみをおびて輝き、豊頬ほうきょうくれないていして、ホーッ! と、肩をすぼめて長い溜息。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私は秋子の襟脚を茫然と凝視めるうちに、劣情が地獄のやうなくれないに燃えひらめいてゐることに気付きながら我に返つた。
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
筒井はどこやらに小豆が戸棚か、どこかにしまわれてあるような気がして袋戸棚や茶棚をさがして見たが、どこにもくれないをした小豆は見当らなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
口々くち/″\わめき立てる野卑やひな叫びが、雨の如く降って来るのを、舞台の正面に屹然きつぜんと立って聞いて居る嬢の顔には、かすかにくれないちょうして来るようであった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
顔を処女らしい羞恥のくれないに染め、目に感激の涙をためながら、こんな風の告白を聞かされると、どんな気持がするか、およそお察しがつきましょう
それが金ちゃんの姉のおつるだということは後で知ったが紫と白の派手な手綱染たづなぞめの着物のすそ端折はしおッてくれない長襦袢ながじゅばんがすらりとした長いはぎからんでいた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
昔、南蛮国の船が長崎へ来て、三尺のくれない手拭を、形見においていつた話が、今尚長崎に残つてゐます。この童謡は、その話を手まり唄に書いたのです。
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
肩からタラタラしたたる血は雪をくれないに染めるのであったが夜のこととて黒く見える。立とう立とうと焦心あせっては見たがどうしても足が云うことを聞かない。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その光の輪は広くて、光の線はうず巻く火柱のように大空ぜんたいにひろがって、緑とくれないとにきらめいていました。
色さまざまな桜の落ち葉が、日向ひなたでは黄にくれないに、日影ではかばに紫に庭をいろどっていた。いろどっているといえば菊の花もあちこちにしつけられていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
濁ったくれないほのおがちらちらとして動いている。客が二三人坐っている。その中にこの料理屋の亭主もまじっている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
お春はくれないのしごきを解いて、堅くひざをくくり合せ、えりを開けて真珠の胸を露わしたが、やがて金簪きんかんざしを乳房の下に突き込んで、そのまま前に倒れ伏しました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
庫裡くりの玄関の前に、春は芍薬しゃくやくの咲く小さい花壇があったが、そこにそのころ秋海棠しゅうかいどうの絵のようにかすかにくれないを見せている。中庭の萩は今を盛りに咲き乱れた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「林をいでかえってまた林中に入る。便すなわち是れ娑羅仏廟さらぶつびょうの東、獅子ししゆる時芳草ほうそうみどり、象王めぐところ落花くれないなりし」
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
池のほとりの松が根につまづきて赤土道に手をつきたれば、羽織のたもとも泥に成りて見にくかりしを、居あはせたる美登利みかねて我がくれないの絹はんけちを取出とりいだ
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
まだ世馴れざる里の子の貴人きにんの前に出でしようにはじを含みてくれないし、額の皺の幾条いくすじみぞには沁出にじみ熱汗あせたたえ、鼻のさきにもたまを湧かせばわきの下には雨なるべし。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
冷烈の水に、そのくれないが映って美しい。その風景が今もなお、私の眼底になつかしく残って忘れられない。
利根川の鮎 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
彼の身に付き添いたる貧困の神は、彼をして早く浮世をあじわわしめたのである。彼が十四頃にはすでに大人びて来て、くれないなす彼の顔から無邪気の色はめてしまった。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
熊谷次郎この夜の装立は、かちんの直垂、赤革縅の鎧、くれない母衣ほろをかけ、権太栗毛ごんだくりげという名馬にまたがる。
雪は朝日をうけて薄くれないに、前岳はポーと靄がめて、一様に深い深い色をしている。急いで写生する。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
黄金丸は柴門しばのとに立寄りて、丁々ほとほとおとなへば。中より「ぞ」ト声して、朱目あかめ自ら立出づるに。見れば耳長く毛は真白ましろに、まなこくれないに光ありて、一目みるから尋常よのつねの兎とも覚えぬに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
『あら、日出雄ひでをは、ま、どんなにうれしいんでせう。』とつて、くれないのハンカチーフに笑顏えかほふた。
珊瑚や海藻よりも、いっそう強い色をもっていて、赤、もも色、くれない、黄、だいだい、褐色、青、緑、紺、あい、空色、黒など、まるで、ぬりたてのペンキのように光っている。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
花はまたたちまちにくれないとなって、ほとんど宝石も同様にきらきらと輝いて、この世の何物もあたえられないような独特の魅力を、その衣服や容貌にあたえるのであった。
そのから、二人ふたりは、そのおんな大事だいじそだてました。おおきくなるにつれて、黒目勝くろめがちで、うつくしい頭髪かみのけの、はだいろのうすくれないをした、おとなしいりこうなとなりました。
赤いろうそくと人魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)