おだ)” の例文
旧字:
そのかぜもなく、なみおだやかなであったから、おきのかなたはかすんで、はるばると地平線ちへいせん茫然ぼんやりゆめのようになってえました。
赤い船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それでも風がないので、海の上は平生よりもかえっておだやかに見えた。あいにくな天気なので人の好い母はみんなに気の毒がった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時間の関係からいえば、上野の鐘が十二時で、この鳥の一声ひとこえが三時だから、所謂いわゆる丑満刻うしみつこくというのでは無いが、どうもしかしおだやかで無い。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
あのおだやかな春の海を、いっぱい日光を浴びて、金色こんじきに輝いて帆走ほばしって来る船を! あの姿すがたがあなたをおどりあがらせないのは不思議というほかはない。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
長いあいだおだやかに治まって、民はそれぞれの家業にいそしみ、その余暇には、春は花の下にいこい、秋はもみじの林を訪ねるというように行楽をたのしみ
照りはせぬけれどもおだやかな花ぐもりの好い暖い日であった。三先輩は打揃うちそろって茅屋ぼうおくうてくれた。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
万事はおだやかに、ゆっくりと運んだ。母は公爵夫人にわざわざ人をやって、健康がすぐれぬため出発まえにお目にかかれず、まことに残念に思いますと挨拶あいさつさせた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
彼女は、こう言い放ったものの、内心、あまりおだやかでない。中庭に出て、空を見上げる。まるで遅れた鐘の音を探すように。わたしの顔を見なおして、首をかしげる。
それを聞くと、花田はちょっと困ったような顔をして考えていたが、すぐにおだやかな表情に戻った。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
やわらかな愛らしい自然のなかに、小さな木造の家を建てて簡素に住んでいるおだやかな心の人たちとして、この国の生活をゆかしく印象されたのも、これによるのでした。
船中の人々は今を興たけなわの時なりければ、河童かっぱを殺せ、なぐり殺せとひしめき合い、荒立ちしが、長者ちょうじゃげんに従いて、皆々おだやかに解散し、大事だいじに至らざりしこそ幸いなれ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
軒下のきした縄張なはばりがいたしてございますうち拝観人はいくわんにんみなたつはいしますので、京都きやうと東京とうきやうちがつて人気にんきは誠におだやかでございまして、巡査じゆんさのいふ事をく守り、中々なか/\なはの外へは出ません。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
承認のうなずきではなく、そうして私の言葉を吟味している風なのに私は心おだやかでなく「大屋五郎といえば、君、——今度ゴロちゃんは可哀そうにはっきりと鮎子に振られてね……」
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
甲板かんぱんに出ても、これまで群青ぐんじょうに、かがやいていたおだやかな海が、いまは暗緑色にふくれあがり、いちめんの白波が奔馬ほんばかすみのように、飛沫しぶきをあげ、荒れくるうのをみるのは、なにか、胸ふさがる思いでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
おとこっちゃァ、おだやかでねえから、おめえきねえッてんだ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
この御堂夕照りあかしおだしくはしづけさのかぎりたもちたらなむ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
言葉が荒っぽく、眼の色が血走って立居たちいおだやかでない。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
景季の顔いろはおだやかでなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うしは、おだやかなおおきなをみはって、遠方えんぽうひかりらされてあつそうな景色けしきていましたが、からすがあたまうえでこういますと
馬を殺したからす (新字新仮名) / 小川未明(著)
朝の散歩のおもむきを久しく忘れていた僕には、常に変わらない町の色が、暑さと雑沓ざっとうとに染めつけられない安息日のごとくおだやかに見えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ドン修道院のかねが、時おり、おだやかに陰気いんきひびいてきた。——わたしはじっと坐って、見つめたり聞き入ったりしているうちに、何かしら名状しがたい感じで、胸がいっぱいになるのだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
艶黒つやぐろおだしき雄牛うなじ垂り日の夕かげは曳かれけるかも
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と源三はお浪の言葉におだやかに答えた。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と、宅助の虫はおだやかでなく
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「このうみえて、しまたっすることは容易よういのことでない。つかれをやすめて、おだやかな、いい天気てんきのつづくとうではないか。」
北海の波にさらわれた蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
やむを得ず、少し語勢を変えて「いいさ。何でも話すがいい。ほかに誰も聞いていやしない。わたしも他言たごんはしないから」とおだやかにつけ加えた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
豊けきは葉ぐみととのふ牡丹ぼうたんのひと花あかおだしさにして
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
おだやかな夕暮ゆうぐれでした。おつは、じっとふね見送みおくっていますと、いつしか、青黒あおぐろおきあいだかくれてえなくなってしまいました。
幽霊船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
今までおだやかに機嫌きげんよく話していた長者ちょうしゃから突然こう手厳てきびしくやりつけられようとは、敬太郎は夢にも思わなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女童めわらはおだし牡丹の靄だちを禿髪かむろかき垂り父にゐずまふ
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼女かのじょは、かぜも、また、おだやかなも、やまはやしなかはいっていって、さびしくひとりでうたっていました。あるのことです。
ふるさとの林の歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「今夜は少しあったかいようだね。おだやかで好い御正月だ」と云った。飯を済まして煙草たばこを一本吸う段になって、突然
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おだしきゑまひなるかも片頬照り炉に寄る母の何か言ひつる
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そして、日暮ひぐがたから、幾分いくぶんうみうえが、おだやかになったので、英吉えいきちは、よろこんで、りくほうへ、あらんかぎり、うでちかられてこぎだしました。
海の踊り (新字新仮名) / 小川未明(著)
其時そのときかれおだやかに人の目にかない服装なりをして、乞食こじきの如く、何物をか求めつゝ、ひといちをうろついてあるくだらう。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
噴く綿のおだしき雲のたたなはり影しじにして熱度けぶかき
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのほうなみおだやかで、太陽たいようしずかに大空おおぞらえていました。そらは、あおく、あおれて、海鳥うみどりんでいるのもえました。
薬売り (新字新仮名) / 小川未明(著)
「ちっと鈴木さんにでも頼んで意見でもして貰うといいんですよ。ああ云うおだやかな人だとよっぽどらくですがねえ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
館山寺くわんざんじ松山おだうみを来てここは小春の入江さざなみ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「いや、いえちがいじゃありません。じつはおとっさんからのことづてがあったのでまいりました。」と、くろ装束しょうぞくをしたおとこは、おだやかにこたえました。
ろうそくと貝がら (新字新仮名) / 小川未明(著)
平岡の眉のあひだに、一寸ちよつと不快の色がひらめいた。赤いを据ゑてぷか/\烟草たばこを吹かしてゐる。代助は、ちと云ひ過ぎたと思つて、すこし調子をおだやかにした。——
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
けれどそのかげは、おだやかにうごいて、そんなけはいもなく、なんとなくふえいては、こちらをとおくから、かしてているようでありました。
けしの圃 (新字新仮名) / 小川未明(著)
こうおだやかにかされた時、宗助は例の歯がさほど苦になるほど痛んでいないと云う事を発見した。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こうしてみみをすますと、大海原おおうなばら波音なみおとのように、あるいは、かすかな子守唄こもりうたのように、都会とかいのうめきが、おだやかな真昼まひる空気くうきつたってくるのです。
花の咲く前 (新字新仮名) / 小川未明(著)
惜しい事に作者の名は聞き落したが、老人もこうあらわせば、豊かに、おだやかに、あたたかに見える。金屏きんびょうにも、春風はるかぜにも、あるは桜にもあしらってつかえない道具である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おばあさんは、いま自分じぶんはどこにどうしているのすら、おもせないように、ぼんやりとして、ゆめるようなおだやかな気持きもちですわっていました。
月夜と眼鏡 (新字新仮名) / 小川未明(著)
今までおだやかに諸所を縦覧していた連中が、にわかに波を打って、右左りにうごき始める。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのあいだには、緑色みどりいろそられて、そのしたおおきなうみが、どさりどさりと物憂ものうげになみ岸辺きしべせてねむっているような、おだやかなもあったのです。
紅すずめ (新字新仮名) / 小川未明(著)
けれども其おだやかなねむりのうちに、だれかすうとて、又すうとつた様な心持がした。ましてがつても其感じがまだ残つてゐて、あたまからぬぐひ去る事が出来なかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「それで、おまえはどうしたのだ。見物けんぶつしていたのか。」と、おとうさんは、おだやかな調子ちょうしで、おききになりました。
火事 (新字新仮名) / 小川未明(著)