水底みなそこ)” の例文
と子供の声も黄昏たそがれて水底みなそこのように初秋の夕霧が流れ渡る町々にチラチラとともしびがともるとどこかで三味線の音がかすかに聞え出した。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
おれは石のやうに水底みなそこへ沈みながら、数限りもない青い焔が、目まぐるしくおれの身のまはりに飛びちがふやうな心もちがした。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
をりからあめのあとのおもて打沈うちしづめる蒼々漫々さう/\まん/\たるみづうみは、水底みなそこつきかげはうとして、うすかゞやわたつて、おき大蛇灘おろちなだ夕日影ゆふひかげはしつた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かくいひて後、後方うしろに近くゐたる者を己に代らしむるためなるべし、恰も水底みなそこ深く沈みゆく魚の如く火に入りて見えざりき 一三三—一三五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
かゝる時は昔の少女、その嬌眸をみひらきて水底みなそこより覗き、或はうなづき或は招けり。とある朝漁村の男女あまた岸邊に集ひぬ。
沖はよくぎてさざなみしわもなく島山の黒き影に囲まれてそのしずかなるは深山みやまの湖水かとも思わるるばかり、足もとまで月影澄み遠浅とおあさの砂白く水底みなそこに光れり。
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ふなどじょうを子供が捕る。水底みなそこに影をいて、メダカがおよぐ。ドブンと音して蛙が飛び込む。まれにはしなやかな小さな十六盤橋そろばんばしを見せて、二尺五寸の蛇が渡る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
小さな渡し船は、川幅よりも長そうな荷足りや伝馬てんまが、幾艘いくそうも縦にならんでいる間を縫いながら、二た竿さお三竿ばかりちょろちょろと水底みなそこいて往復して居た。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
百年の昔に掘った池ならば、百年以来動かぬ、五十年の昔ならば、五十年以来動かぬとのみ思われる水底みなそこから、腐ったはすの根がそろそろ青いを吹きかけている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
次に水底みなそこに滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、底津綿津見そこつわたつみの神一三。次に底筒そこづつの命。中に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、中津綿津見なかつわたつみの神。次に中筒なかづつの命。
三島美人化粧の水の泉源は手頃な池で、藻草もぐさの遊ぶはやの目玉さえ見えるくらい澄んでいる。水底みなそこの砂が彼方此方でムク/\と動いて、大小の菊の花のような形をしている。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
あだかもかの厳島いつくしまの社の廻廊が満つる潮に洗われておるかのように見える、もっと驚いたのは、この澄んでいる水面から、深い水底みなそこを見下すと、土蔵の白堊はくあのまだこわれないのが
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
こういって、漁師はきらきらかがやいている水のなかへ、もういちどさかなをはなしてやりました。ヒラメは水底みなそこへもぐっていきましたが、あとへ長いのすじをのこしていきました。
硝子ガラスそとには秋風あきかぜいて、水底みなそこさかなのやうに、さむ/″\とひかつてゐた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
おほうみ水底みなそこふかおもひつつ裳引もびきならしし菅原すがはらさと 〔巻二十・四四九一〕 石川女郎
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
三人は、水底みなそこを望んでいるような、忍耐力こらえじょうの無い眼付をして、時々話をめては、一緒に空の方を見た。どうかすると、遠くれた鳥が通る。それが泳いで行く魚の影のように見える。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
また途切とぎれがちな爪弾つまびき小唄こうたは見えざる河心かわなか水底みなそこ深くざぶりと打込む夜網の音にさえぎられると、厳重な御蔵おくらの構内に響き渡る夜廻りの拍子木が夏とはいいながらも早や初更しょこうに近い露の冷さに
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
コンクリートの枠に厚い板ガラスを張りつめて、その外部に、強い電燈がとりつけられ、頭の上も、足の下も、右も左も、二三間の半径で、不思議な水底みなそこの光景が、手に取る様に眺められます。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
まづ四八長等ながらの山おろし、立ちゐる浪に身をのせて、四九志賀の大湾おほわだみぎはに遊べば、五〇かち人ののすそぬらすゆきかひにおどされて、五一比良ひらの高山影うつる、深き水底みなそこ五二かづくとすれど
秋雨あきさめ水底みなそこの草を踏みわた
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ここにその清きこと、水底みなそこの石一ツ一ツ、影をかさねて、両方の岸の枝ながら、蒼空あおぞらに透くばかり、薄く流るる小川が一条ひとすじ
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かなたにては暴虐しひたげ呻吟うめく處と再び合ふにいたるまで水底みなそこ次第に深くなりまさるを汝信ずべし 一三〇—一三二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
昔はあめが下の人間も皆しんから水底みなそこには竜が住むと思うて居った。さすれば竜もおのずから天地あめつちあいだ飛行ひぎょうして、神のごとく折々は不思議な姿を現した筈じゃ。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、とつぜん、つり糸が水底みなそこふかくぐんぐんしずんでいきました。漁師がさおをあげてみますと、大きなヒラメがかかっていました。すると、そのヒラメが漁師にむかっていいました。
水底みなそこは、暗い所にただようて、白帆行く岸辺に日のあたる事を知らぬ。右にうごこうが、ひだりになびこうがなぶるは波である。ただその時々にさからわなければ済む。れては波も気にならぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一直線の堀割はここも同じように引汐の汚い水底みなそこを見せていたが、遠くの畠の方から吹いて来る風はいかにもさわやかで、天神様の鳥居が見える向うの堤の上には柳の若芽が美しくひらめいているし
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
家内やうちを歩く足音が水底みなそこのように冷めたく心の中へも響いて聞える。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
と僕も水底みなそこに眺めいった。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
水底みなそこやはてもしられず
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
真蒼まっさお水底みなそこへ、黒くいて、底は知れず、目前めさき押被おっかぶさった大巌おおいわはらへ、ぴたりと船が吸寄すいよせられた。岸は可恐おそろしく水は深い。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その水底みなそこ、傾ける兩岸、ふちはみな石と成れり、此故に我こゝに行手の路あるを知りき 八二—八四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そののち万年橋まんねんばしの下の水底みなそこに、大緋鯉おほひごひがゐると云ふうはさありしが、どうなつたか詳しくは知らず。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一直線の堀割ほりわりはこゝも同じやうに引汐ひきしほきたな水底みなそこを見せてゐたが、遠くのはたけはうから吹いて来る風はいかにもさわやかで、天神様てんじんさま鳥居とりゐが見えるむかうのつゝみの上にはやなぎ若芽わかめが美しくひらめいてゐるし
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
川上も川下も、烟のやうに朧に、水底みなそこのやうに蒼かつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
つめたき冥府よみ水底みなそこ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
水底みなそこへ深く入った鯉とともにその毛布けっとむしろを去って、あいに土間一ツ隔てたそれなる母屋の中二階に引越したのであった。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くぐいの声とに暮れて行くイタリアの水の都——バルコンにさく薔薇ばら百合ゆりも、水底みなそこに沈んだような月の光に青ざめて、黒いひつぎに似たゴンドラが、その中を橋から橋へ、夢のようにいでゆく
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
水底みなそこふかの沈むごと忘却わすれふちに眠るべし。
水底みなそこ深き白石を
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
じっると、水底みなそこに澄ました蛙は、黒いほどに、一束ねにしてかついでいます。処々に、まだこんなに、蝌蚪おたまじゃくしがと思うのは、みんな、ほぐれた女のかみのけで。……
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いかなるまなこも其の水底みなそこうかがひし事なし。
水底みなそこ深き白石を
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
このときも、戸外おもてはまだ散々さん/″\であつた。はたゞ水底みなそこ海松みるごとくうねをち、こずゑくぼんで、なみのやうに吹亂ふきみだれる。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
百合 水のもとはこの山奥に、夜叉ヶ池と申します。すごい大池がございます。その水底みなそこには竜がむ、そこへ通うと云いまして——毒があると可恐こわがります。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と女が高くあおぐにれ、高坂もむぐらの中に伸上のびあがった。草の緑が深くなって、さかさまに雲にうつるか、水底みなそこのようなてんの色、神霊秘密しんれいひみつめて、薄紫うすむらさきと見るばかり。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
松崎は先んじられた……そして美しいひとは、ふちの測り知るべからざる水底みなそこの深き瞳を、鋭く紳士のおもてに流して
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遠くで、内井戸うちいどの水の音が水底みなそこへ響いてポタン、と鳴る。不思議に風がんで寂寞ひっそりした。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紫玉が、ただ沈んだ水底みなそこと思ったのは、天地を静めて、車軸を流す豪雨であった。——
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紫玉が、たゞ沈んだ水底みなそこと思つたのは、天地を静めて、車軸を流す豪雨であつた。——
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
水底みなそこには蒼龍さうりうのぬしをひそめて、おほいなる蠑螈ゐもりかげの、みだるゝ、とくものを。
十和田の夏霧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)