日影ひかげ)” の例文
光治こうじは、しばらくそこにって、じいさんを見送みおくっていますと、その姿すがた日影ひかげいろどるあちらのもりほうえてしまったのでありました。
どこで笛吹く (新字新仮名) / 小川未明(著)
紺絣こんがすりの兄と白絣しろがすりおととと二人並んで、じり/\と上から照り附ける暑い日影ひかげにも頓着とんぢやくせず、余念なく移り変つて行く川を眺めて居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
一個々玉をあざむこいしの上を琴の相の手弾く様な音立てゝ、金糸と閃めく日影ひかげみだしてはしり行く水の清さは、まさしく溶けて流るゝ水晶である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いとゞ寒さのきびしきに、雪の都の高塀たかべいの、日影ひかげもらさぬ石牢いしらうに、しとねもあらぬ板の間に、こゞえちゞみつ苦しまん、友をおもへばたゞ涙
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
其壁そのかべして、桑樹くはのき老木らうぼくしげり、かべまがつたかどには幾百年いくひやくねんつか、うつとして日影ひかげさへぎつて樫樹かしのき盤居わだかまつてます。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
土地とちのものが、其方そなたそらぞとながる、たにうへには、白雲はくうん行交ゆきかひ、紫緑むらさきみどり日影ひかげひ、月明つきあかりには、なる、また桃色もゝいろなる、きりのぼるを時々ときどきのぞむ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と思ふと、再びかすかな日影ひかげしかけて来たりして、時とすると、忍び寄つてくるやうな軽い足音で、片時雨が静かに廂に音づれて来るのであつた。
(新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
宗助そうすけうちかへつて御米およねこのうぐひす問答もんだふかへしてかせた。御米およね障子しやうじ硝子がらすうつうらゝかな日影ひかげをすかして
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ただすぎたけうらに、さびしい日影ひかげただよつてゐる。日影ひかげが、——それも次第しだいうすれてる。もうすぎたけえない。おれは其處そこたふれたままふかしづかさに包まれてゐる。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
天の兒屋の命太祝詞ふとのりと言祷ことほぎ白して、天の手力男たぢからをの神一六、戸のわきに隱り立ちて、天の宇受賣うずめの命、天の香山の天の日影ひかげ手次たすきけて、天の眞拆まさきかづらとして一七
日影ひかげものと云う秘密の奥に、今一つある秘密を、ここまで持って来たままふたを開けずに、そっくり持って帰ろうと、際どい所で決心して、話を余所にらしてしまった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
「やぃ。虔十、此処ここさ杉植えるな※てやっぱり馬鹿ばかだな。第一おらの畑ぁ日影ひかげにならな。」
虔十公園林 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
雨がちたり日影ひかげがもれたり、るとも降らぬともさだめのつかぬ、晩秋ばんしゅうそらもようである。いつのまにか風は、ばったりなげて、人も気づかぬさまに、小雨こさめは足のろく降りだした。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
冬の日の弱い日影ひかげを、くもり硝子ガラスと窓かけで更に弱めに病室の中で、これが今朝生れたといううす赤いやわらかい骨も何もないような肉体を手に受けとらせられると、本当にへんな気もちになる。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
日影ひかげよは初冬はつふゆにはまれなるあたゝかさにそろまゝ寒斉かんさいと申すにさへもおはづかしき椽端えんばたでゝ今日こんにちは背をさらそろ所謂いはゆる日向ひなたぼつこにそろ日向ひなたぼつこは今の小生せうせい唯一ゆいいつの楽しみにそろ人知ひとしらぬ楽しみにそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
日影ひかげうらうらとかすみてあさつゆはなびらにおもく、かぜもがな蝴蝶こてふねむましたきほど、しづかなるあした景色けしき甚之助じんのすけ子供こどもごヽろにもたちて、何時いつよりはやにはにかけりれば、若樣わかさま、とかさずびて
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
けふも日影ひかげ長閑のどけさに
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
千々ちゞ日影ひかげのたゞずまひ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
薄れゆく障子しやうじ日影ひかげ
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
日影ひかげにしめらへる
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
もりしたこみちけば、つちれ、落葉おちばしめれり。白張しらはり提灯ちやうちんに、うす日影ひかげさすも物淋ものさびし。こけし、しきみれたるはかに、もんのみいかめしきもはかなしや。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
前夜ぜんやあめはれそら薄雲うすぐも隙間あひまから日影ひかげもれてはるものゝ梅雨つゆどきあらそはれず、天際てんさいおも雨雲あまぐもおほママかさなつてた。汽車きしや御丁寧ごていねい各驛かくえきひろつてゆく。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
上りの小蒸汽が白いペンキ塗の船体を暑い日影ひかげにキラキラさせて、浅瀬につかへて居るそばをも通つて行つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
京都きやうといた一日目いちにちめは、夜汽車よぎしやつかれやら、荷物にもつ整理せいりやらで、徃來わうらい日影ひかげらずにらした。二日目ふつかめになつてやうや學校がくかうると、教師けうしはまだ出揃でそろつてゐなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
尾花に残る日影ひかげは消え、蒼々そうそうと暮れ行く空に山々の影も没して了うた。余はなお窓に凭って眺める。突然白いものが目の前にひらめく。はっと思って見れば、老木ろうぼくこずえである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さかずきは、それでも、無事ぶじに、ふたたび江戸時代えどじだいわらない、東京湾とうきょうわんちかい、そらいろを、まちなかからながめたのであります。そして、またここで、日影ひかげのうすい、一にちをまどろむのでした。
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
まだらなる日影ひかげ
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
家のちうかいは川に臨んで居た。其処そこにこれからたうとする一家族が船の準備の出来る間を集つて待つて居た。七月の暑い日影ひかげは岸の竹藪にかたよつて流るゝあをい瀬にキラキラと照つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
梅雨つゆは二三日前からあがって、暑い日影ひかげはキラキラと校庭に照りつけた。扇の音がパタパタとそこにも、ここにも聞こえる。女教員の白地に菫色すみれいろの袴が眼にたって、額には汗が見えた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)