引寄ひきよ)” の例文
やおら、雪のような白足袋しろたびで、脱ぎ棄てた雪駄せった引寄ひきよせた時、友染ゆうぜんは一層はらはらと、模様の花がおもかげに立って、ぱッと留南奇とめきかおりがする。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
老人ろうじんは彼を引寄ひきよせた。クリストフはそのひざ身体からだげかけ、そのむねに顔をかくした。彼はうれしくて真赤まっかになっていた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
どうも有難ありがたぞんじます……左様さやうなら御遠慮ごゑんりよなしに頂戴ちやうだいいたしますと、亭主ていしゆ河合金兵衛かはひきんべゑちやつてるあひだに、小丼こどんぶりまへ引寄ひきよせて乞食こじきながらも、以前いぜんは名のある神谷幸右衛門かみやかうゑもん
黒縮くろちりつくりでうらから出て来たのは、豈斗あにはからんや車夫くるまやの女房、一てうばかりくと亭主ていしが待つてて、そらよと梶棒かぢぼう引寄ひきよすれば、衣紋えもんもつんと他人行儀たにんぎようぎまし返りて急いでおくれ。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
何時いつのまにやら、縁側に座を設けた京姫は、豊かに脇息を引寄ひきよせて、少し苦り切って、——その癖存分に面白そうに、美しい眉などをひそめてそれを眺めているではありませんか。
流石さすが信如しんによそでふりりてゆきすぎることもならず、さりとてひとおもはくいよ/\らければ、手近てぢかえだ引寄ひきよせて好惡よしあしかまはず申譯まうしわけばかりにりて、なげつけるやうにすたすたと行過ゆきすぎるを
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
海龜うみがめふかくも長太息ためいきいて、その眼前がんぜんかゝれる一まい屏風岩べうぶいは引寄ひきよせました。かれあいちやんのはうて、談話はなしをしやうとしましたが、しばらくのあひだ歔欷すゝりなきのためにこゑませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
ごろりところげてだいなり、坐團布ざぶとん引寄ひきよせてふたつにをつまくらにしてまた手當次第てあたりしだいほんはじめる。陶淵明たうえんめい所謂いはゆる「不甚解くらゐいがときに一ページむに一時間じかんもかゝることがある。
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
龍介は鉛筆とノオトを引寄ひきよせながらいった。
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
願ふと云ふもしのなきことに他人に有ながら當家へ養子やうしに來た日よりあつ深切しんせつくして呉し支配人なる久八へ鳥渡成ちよつとなりとも書置かきおきせんとありあふすゞり引寄ひきよせて涙ながらに摺流すりながすみさへうすにしぞとふで命毛いのちげみじかくも漸々やう/\したゝをはりつゝふうじるのりよりのりみち心ながら締直しめなほす帶の博多はかたの一本獨鈷どつこ眞言しんごん成ねど祕密ひみつの爲細腕ほそうで成ども我一心長庵如き何の其いは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
背に手をかけ引寄ひきよせて、たまの如きその乳房ちぶさをふくませたまひぬ。あらわに白きえり、肩のあたりびんのおくれ毛はらはらとぞみだれたる、かかるさまは、わが姉上とはいたく違へり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
なに此騷このさわぎのなか好惡よしあしものらうか、おりおりとひながらさきつて砂糖さとうつぼ引寄ひきよすれば、ッかちの母親はゝおやおどろいたかほをして、おまへさんは本當ほんとう商人あきんど出來できなさる
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と云いながら硯箱すゞりばこ引寄ひきよせますゆえ、おいさは泣々なく/\ふたを取り、なみだに墨をり流せば、手負ておいなれども気丈きじょうの丈助、金十万円の借用証書を認めて、印紙いんしって、実印じついんし、ほッ/\/\と息をつき
かたはら風呂敷包ふろしきづつみ引寄ひきよそれつゝんでしまつた。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
引寄ひきよせてもげないから、そつれると、尻尾しつぽ一寸ちよつとひねつて、二つも三つもゆびのさきをチヨ、チヨツとつゝく。此奴こいつと、ぐつとれると、スイとてのひらはいつてる。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
奧方おくがた火鉢ひばち引寄ひきよせて、のありやとこゝろみるに、よひ小間使こまづかひがまいらせたる、櫻炭さくらなかばはひりて、よくもおこさでけつるはくろきまゝにてえしもあり、烟管きせる取上とりあげて一二ふく
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と手を袴越はかまごしに白くかける、とぐいと引寄ひきよせて、横抱きに抱くと、獅子頭ししがしらはばくりと仰向あおむけに地を払って、草鞋わらんじは高くった。とりはねかざりには、椰子やしの葉を吹く風が渡る。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちやがなかつたら、うちつてつてな。鐵瓶てつびんをおかけ。」と小造こづくり瀬戸火鉢せとひばち引寄ひきよせて、ぐい、と小机こづくゑむかひなすつた。それでも、せんべい布團ぶとんよりは、居心ゐごころがよかつたらしい。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)