反物たんもの)” の例文
反物たんもの片端かたはしを口にくわへて畳み居るものもあれば花瓶かへい菖蒲しょうぶをいけ小鳥に水を浴びするあり。彫刻したる銀煙管ぎんぎせるにて煙草たばこ呑むものあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二人ふたり呉服屋ごふくや反物たんものつてた。米屋こめやからこめつてつた。けれども其他そのたには一般いつぱん社會しやくわいところきはめてすくない人間にんげんであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「まあ、たかいのね!」と、おおきなこえでおっしゃったので、そばにいるひとたちまでが陳列ちんれつされた反物たんものとおみつの着物きものとをくらべて
田舎のお母さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
武松は日をいて、隣近所の衆を茶菓で招き、また、あによめの金蓮には、緞子どんす反物たんものをみやげに贈った。——和気藹々あいあいたる四、五日だった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんなのを通り抜けて出ることが出来れば、反物たんもの景物けいぶつに出すなどが大いに流行ったもので、怪談師の眼吉などいうのが最も名高かった。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
いくら土地の商人にしたところで、いま下で話している人の口調は、反物たんものの一反も取引をしようという人の口調ではありません。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
祖母おばあさんはれい玄關げんくわんわきにあるはた腰掛こしかけまして、羽織はおりにするぢやう反物たんものと、子供こどもらしい帶地おびぢとを根氣こんきつてれました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
客に接している番頭が、長い節をつけて品物の名を呼ぶと、小僧が、間延びした声でそれに答えながら、蔵から反物たんものをかつぎ出すのである。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
顕然なるばちを受けるものと称して、金銭、米穀、反物たんもの、田畑、山林などを寄進せしめ、これを私有し、贅沢なる暮らしをしていたではないか?
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
白い糸が山のように積んであると、そのそばでやとにんがしきりにそれをり分けている。反物たんものを入れる大きな戸棚も見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
さて、うそつきどもは、前よりももっとたくさんのおかねと、絹と、きんとを願い出ました。そういうものが、反物たんものを織るのに必要だというのです。
この部屋には、ね、店の品物が、たくさん積みこまれて、僕たちは、その反物たんもので山をこさえたり、谷をこさえたりして、それに登って遊んだものです。
新樹の言葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「けれども、お礼はしたいわ。私、あんたのお母さんに、似合ひさうな反物たんもの一反あげるわ。送つてあげなさいな。」
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
老母ばあさんかまへてゞもたやうに小風呂敷こぶろしきつゝみいて手織ておりのやうにえる疎末そまつ反物たんものして手柄相てがらさうせた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それから翌日は伴藏がおみねに好きな衣類きものを買ってるからというので、幸手へまいり、呉服屋で反物たんものを買い、こゝの料理屋でも一杯やって両人ふたり連れ立ち
身形みなりが別に派手でも何でもないが、彼女を見付け出すのは鶏群中の雄鶏おんどりを見出す程容易であった。彼女の手には反物たんものらしい紙包の買物が既に抱かれて居った。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
町に出てきて反物たんものを買いもとめたり、または仕立屋したてやってもらうなどということは、こういう昔話に笑い興じた娘たちの、夢にも予想し得ないことであった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「ええ、ゆふべ、泥棒どろぼう……なん馬鹿ばかだろ……白瓜しろうりぽん反物たんもの三だん……うつかり秘密話ないしよばなしもできやしない」
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
「フン、女のくせに二合もけりや豪儀がうぎだゼ。」とお房はひやゝかに謂ツて、些と傍を向き、「だツて、一月ひとつき儉約けんやくして御覧ごらんなさいな、チヤンと反物たんものが一たんへますとさ。」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ただならぬ彼女の身体からだが主人の眼に着いたのではあるまいか。主人は給金のほかに反物たんものをくれた。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
天井から美しい帯地や反物たんものが頭の上へ下げてあるのは、目新しい品を目に附くようにするのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
いろ/\と女の機嫌気褄きづまを取り、色男に反物たんものを買ってやったり、二人を伴れて芝居に出かけたり、或る時は其の女と其の男を上座へ据えて、例の如く自分がお太鼓を叩き
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
張物はりものも五百がものさしを手にして指図し、布目ぬのめごうゆがまぬように陸に張らせた。「善く張ったきれは新しい反物たんものを裁ったようでなくてはならない」とは、五百のつねことばであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
配分はいぶんして大に歡びしが是ぞ天罰てんばつの歸する處にして右の町觸まちぶれの出し日は留守にて心得ず越後屋に反物たんものかり百三十兩あるを跡のためなれば先是をはらはんと思ひ越後屋へ右の小判こばん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
反物たんもの一反あれば一人前の衣服が出来る。五ごうの米があれば人間一人の一日の生命をつなげる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
浪は、その波のような色と幅を持って、沖の方から陸地の方へ巻きころがして行く反物たんもののように見えた。伝馬は、陸近くでは、よくこの浪に見事にくつがえされるのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ただ、破れたところに、内側から反物たんものの包紙を貼って、細い白糸で縫いつけてあった。
呉服屋では、番頭さんが、椿つばきの花を大きく染め出した反物たんものを、ランプの光の下にひろげて客に見せていた。穀屋こくやでは、小僧さんがランプの下で小豆あずきのわるいのを一粒ずつ拾い出していた。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
料理茶屋の物を盗む前にう通り御霊ごりょうの植木見世みせで万引と疑われたが、疑われるはずだ、緒方の書生は本当に万引をして居たその万引と云うは、呉服店ごふくや反物たんものなんど云う念のいった事ではない
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そこで僕もおおいによろこんで彼の帰国を送った。彼は二年間の貯蓄の三分の二を平気でなげうって、錦絵にしきえを買い、反物たんものを買い、母やおととや、親戚の女子供を喜ばすべく、欣々然きんきんぜんとして新橋を立出った。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかし同じ鯨尺で反物たんものを測っても人によって延尺のびじゃくの癖があり縮尺つまりじゃくの癖があるようなもので、同じメリケン粉やお砂糖を大匙何杯で量るにも人によって手加減が違いますからとても一様に参りません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
織物師おりものしが金や銀を反物たんものの中にりこむところなどを見ました。
「あなた、支那反物たんものよろしいか。六神丸ろくしんがんたいさんやすい。」
山男の四月 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
絽縮緬ろちりめん二枚と、反物たんものが少しあつたから売つちやつた」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
反物たんもの取って逃げて行く
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「これは甲斐かいの国から反物たんもの背負しょってわざわざ東京まで出て来る男なんです」と坂井の主人が紹介すると、男は宗助の方を向いて
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
むらからあのとうげをこして母親ははおやまちて、機屋はたやでこの反物たんものい、いえにかえってからせっせとぬって、おくってくださったのです。
田舎のお母さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
古壁に貼ってある芝居番附だの、懸想文けそうぶみだの、反物たんものの商標などを、顔向けのできない顔のてれ隠しに、眺めているのであった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お俊はお延と一緒に、風呂敷包を小脇こわきかかえながら帰った。包の中には、ある呉服屋から求めて来た反物たんものが有った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
番頭小僧もろともにペコペコお低頭じぎをして、棚から盛んに反物たんものかつぎ出して切髪の女の前にとりでを築き立てると
それにころこん七日なぬかからもたねばわかないやうな藍瓶あゐがめそめられたので、いま普通ふつう反物たんもののやうなみづちないかとおもへばめるといふのではなく
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
渡し舟は着くたびにいろいろな人を下ろしてはまたいろいろな人をせて行った。自転車を走らせて来た町の旦那衆もあれば、反物たんものを満載した車をひいて来た人足もある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
腕尽うでずくにも金尽かねずくにも及ばぬものだというが、これは左様かも知れませぬ、まア呉服屋などで、不図ふと地機じばたい、お値段も恰好かっこう反物たんものを見附けたから買おうと思って懐中ふところへ手を入れて見ると
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
このように夏かせぎの水泳場はたびたび川筋を変えたが、住居は今年の夏前までずっと日本橋区の小網町こあみちょうに在った。父は夏以外ふだんの職業として反物たんもののたとう紙やペーパアを引受けていた。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
貴嬢方あなたがたが衣服をお買いなすっても反物たんものの地が良いか悪いか色がめるか褪めないかと委しくおしらべになるでしょう。まして人の口へ入れる食物の材料を買う時にはなお厳重に調べなければなりません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
わたしはそれでも反物たんものだん
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
これ甲斐かひくにから反物たんもの脊負しよつてわざ/\東京とうきやうまでをとこなんです」と坂井さかゐ主人しゆじん紹介せうかいすると、をとこ宗助そうすけはういて
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
何ですかいつぞやお求めになった、唐桟とうざんを包んで持っておいでになりましたから、あの反物たんものの事じゃございませんか
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ごらんなさい、お粂がかたづいて行く当日に、鉄漿親かねおやへ出す土産みやげの事まで先方から気をつけてよこして、反物たんもので一円くらいのことにしたいと言って来ましたよ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「それも反物たんものつてるのをらしてさうだよ、それからもつとやすくも出來できるのさ、むらみせなんぞぢやぜにばかりとつてしらみもぐさうなのでね」内儀かみさんは微笑びせうした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)