とざ)” の例文
ひさしぶりで、うしてかせたまゝ、りの小間使こまづかひさへとほざけて、ハタとひらきとざしたおとが、こだまするまでひゞいたのであつた。
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
午すこし過ぎた頃になると、空は見る間に灰色の雲がとざしてしまった。やがて雪が降りはじめた。日の暮れるころから、風が少し出た。
土淵村にての日記 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
と云うのは、現場げんじょうドアと鍵でとざされていたにもかかわらず、艇内をくまなく探しても、八住を刺した凶器が発見されなかったのである。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
前に評釈した「飛弾山ひだやま質屋しちやとざしぬ夜半よわの冬」と同想であり、荒寥こうりょうとした寂しさの中に、或る人恋しさの郷愁を感じさせる俳句である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
二階は全部何時いつも借手がなく、雨戸はとざされがちであった。時たま、造花屋で大物の造花をこしらえる時に雨戸が開くくらいだった。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
きょうまでの二十年間、胸をさびしくとざしていた孤独のを、ふいに叩かれた驚きと歓びには、幾分の狼狽さえ交じっていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
茂吉の「わがからだ机に押しつくるごとくにしてみだれごころをしづめつつり」「いきづまるばかりにいかりしわがこころしづまり行けと部屋をとざしつ」
茂吉の一面 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
向嶋のみならず、新宿、角筈つのはず池上いけがみ小向井こむかいなどにあった梅園も皆とざされ、その中には瓦斯ガスタンクになっていた処もあった。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二三日憂欝いううつな考へにとざされ乍ら、何時八五郎に脅かされるかも分らない心持で、此の報告を待つて居た平次だつたのです。
新子が、黙って聴いているので美和子もさすがに、気がさしたのか、ちょっとの間くちとざしていたが、やがてしんみりと
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
入口の看守はさみしげに座り、ユヅリハの葉柄の赤きが暮れんとして、とざさぬくぐりの間よりかなたの街の薄ら明をさしのぞき……さしのぞく……
春の暗示 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
日がな一日わびしい単調な物音が自分の部屋の障子に響いて来たり、果しもないような寂寞せきばくとざされる思いをしたりして、しばらくもう人もたずねず
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
されど長蔵はなお不思議とも思わず、その戸のすきに手を差し入れて中を探らんとせしに、中の障子しょうじまさしくとざしてあり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
優雅ななごやかな、しかし、やはりうちとざされた重くるしさを感じます。日本の春の桜は人のまゆより上にみな咲きます。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
大火山の噴煙のような入道雲がもくもくと大空目がけて渦をいて昇る。そして帝都はついに四方から起った大火災によって黒煙にとざされてしまった。
といつて、れいくるまをさしせると、不思議ふしぎにもかたとざした格子こうし土藏どぞう自然しぜんいて、ひめからだはする/\とました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
知らぬ間に川上の名義で借入れられた莫大ばくだいな借金が残っているばかり、約束になっているといった劇場へいって見れば釘附くぎづけになってとざされている。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
年中ねんじゆうゆきとざされてゐた山頂さんちようなつて、ゆきけると、すぐそのしたには可憐かれんくさめるばかりにでます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
その日はある高貴なお方の御来場をあおぐというので、午後二時から、各陳列場の入口をとざし、一般観衆はしばらくの間、余興場の立並ぶ一廓いっかくへと追い出された。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
其外そのほかの百姓家しやうやとてもかぞえるばかり、ものあきないへじゆんじて幾軒いくけんもない寂寞せきばくたる溪間たにま! この溪間たにま雨雲あまぐもとざされてものこと/″\ひかりうしなふたとき光景くわうけい想像さう/″\たまへ。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
だんだんに夏らしい色を帯び出して来た美しい空が、私にだけ、突然物悲しくとざされてしまったように見えた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
俥はじきに大通の真中へ出ていった。そこに石造の門口をとざした旅館があったり、大きな用水桶ようすいおけをひかえた銀行や、半鐘を備えつけた警察署があったりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
黄い埃塵が北国ほくこくの冬の吹雪のやうに堅くとざしたホテルの硝子窓の内までザラザラと吹き込んで来るのを見た。
(新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
そこで、いったん怒りが鎮まれば聞き置かるべきことも、いっさい耳をとざされ、お詫びがかなうべきこともかなわない形勢に悪化したのは是非もありません。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一年間の大半は雪にとざされている寒帯地方、また温帯地方にあっても一年中ほとんど同じような時候の続く北米カリフォルニア州の如きものもあるのでありますが
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そして内側からドアとざしておくのですよ。階上へ行つたらソフィイを起すのですよ、明日時間におくれないやうに起してくれるようにと頼むことにかこつけて。
翌朝になると早速さっそく裏木戸や所々ところどころと人の入った様な形跡あとを尋ねてみたが、いずれも皆固くとざされていたのでその迹方あとかたもない、彼自ら実は少し薄気味悪くなり出したが
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
卯平うへいにはつたまゝ空虚からになつてさうして雨戸あまどとざしてある勘次かんじいへ凝然ぢつた。いへやつれてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
支那人の給仕人が丸太作りの灰色の窓をとざすと、客のない閑散とした部屋々々はわたし達と胡月の女将おかみである四十前後の小柄な日本婦人花子とが囲炉裏いろりをかこんでいた。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
直射光線が気疎けうとい回折光線にうつろいはじめる。彼らの影も私の脛の影も不思議な鮮やかさを帯びて来る。そして私は褞袍どてらをまとって硝子ガラス窓をとざしかかるのであった。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
地球の極地に近い地方において土葬どそうまたは氷にとざされて葬られている死体を掘りだし、これら死人の身体を適当に縫合わして、電撃生返り手術をほどこしてみることである。
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今朝けさ早く、今一度参ります心組で、手袋をはめながら窓をとざし、電燈を消して廊下に出ましたところ、最前案内を頼みましたボーイが立ち聴き致しておりましたらしく
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
塩崎の家にしても小さいながら朱塗の門をとざして、梧桐やはすの茂つた、まるで日時計のやうにひつそりした中庭を持つてゐるのだ。中庭があると云つて別に贅沢ぜいたくぢやない。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
それをありのままに「蒸しうもの歌ならびに反歌」と書き添えて、それなりに控帳をとざして、てるようにして、側の方へった。そしてちと長たらしいなとつぶやいている。
冷吉は、右の目はとざしてあるまゝで、左の目だけ開けて起き直つてゐるのだけれど、もとより、例の水の底のやうに茫つとしたあかりがもや/\する外には何にも見えないのであつた。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
初めて自分の分身としてひかるを見た時の満足にも劣らない満足さを感じるのですが、やはりあの時のやうに目をいて居ない、真紅まつかな唇は柔かくとざされて鼻の側面が少女をとめのやうである
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
源吉は、胃の中のものが、咽喉元のどもとにこみ上って、クラクラッと眩暈めまいを感ずると、周囲あたりが、急に黒いもやもやしたものにとざされ、後頭部に、いきなり、たた前倒のめされたような、激痛を受けた。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
窓の皆とざさるる苦しさ、港なる日は船室にあるにもあられぬためにさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
誰だってああした苦しみの最中には、急にあきらめがつきやしないからな。だが盲になって不断の闇にとざされると、眠っている人のように、却って物事がはっきりと見えて来て、気が静まるものだよ。
暗中の接吻 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
 急がしい あま足は 四方の 山々を とざ
泡鳴五部作:01 発展 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
とざされた幼稚園の鉄の門の下には
心の姿の研究 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
貫一ははたととざして急ぎ返りつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
町木戸のとざされる合図だ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
久しぶりで、うして火を置かせたまゝ、気に入りの小間使さへ遠ざけて、ハタとひらきとざした音が、こだまするまで響いたのであつた。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
時折、あの前を通りまして、それとなく声をかけてみまするが、いつも、御家来金吾様と共に、戸をとざしたりでございます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紅葉こうよう小波さざなみの門人ら折々宴会を催したるところなり。鰻屋うなぎや大和田おおわだまた箱を入れたりしが陸軍の計吏けいりと芸者の無理心中ありしより店をとざしたり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
菊坂の六軒長屋は、わけの解らぬ不安にとざされたまゝ、町役人の監視の下に、お六のとむらひの仕度を急いで居りました。
働き盛りの男子は皆はたけや牧場を去り、馬は徴発され、小屋もむなしくなり、陶器の工場もとざされ、商家も多く休み
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
冬中とざされてあったすすけた部屋の隅々すみずみまで、東風こちが吹流れて、町に陽炎かげろうの立つような日が、幾日いくかとなく続いた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あす教会をとざして、すぐ松本へ立つとか云う事で、神父は私と話をしながらも、ときどき荷拵えをしている小使のところへ何か云いつけに立って行ったりした。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)