たが)” の例文
そして私は幸いにして今日まで生存いきながらえて、この書に書いてあることに多くたがわずして私の生涯を送ってきたことを神に感謝します。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
江戸に住居する数百数千、ありとあらゆる町奴、みな長兵衛を頭と頼み、命を奉ずる手足の如く、たがう者とてはございませんでした。
二人町奴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
としより夫婦は声も節も昔のごとしとめ、年若き四人は噂にたがわざりけりと聴きほれぬ。源叔父は七人の客わが舟にあるを忘れはてたり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
不幸とやいわん、不便とや申すべき。されども五倫の道筋も相応に心掛けて、君臣父子のことわりもたがえざるはありがたきことならずや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
民をい、じょう(教えの個条)にたがい、法を犯した罪によって、かの牡丹燈を焼き捨てて、かれらを九泉きゅうせんの獄屋へ送るというのであった。
世界怪談名作集:18 牡丹灯記 (新字新仮名) / 瞿佑(著)
ゆえにこれは老若ろうにゃくを問わず誰しも経験あることと信ずる。凡人の習いと言わんか、僕もこの例にたがわず四十歳前後のころよりしばしば
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
女はようやく首斬り台をさぐり当てて両の手をかける。唇がむずむずと動く。最前さいぜん男の子にダッドレーの紋章を説明した時と寸分すんぶんたがわぬ。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
文化九年は蘭軒がために何か例にたがつた事のあつたらしい年である。何故かと云ふに、葌斎かんさい詩集に壬申の詩が一首だに載せて無い。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それがまた、この九年間、少しも時刻をたがえずに、くれ六ツにいてあけ六ツに消えるので、里人たちには時刻を知る便宜にもなっていた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手紙はきわめて親切な文句で、主人のルーサンも懇篤な数行を書き添えていた。彼はクリストフとの仲たがいを自慢にはしていなかった。
義雄は時刻をたがえず夕飯前に帰って来た。何年ぶりにあの碓氷川の水音が聞けることか、そんな話が義雄の方からも岸本の方からも出た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
殿とのよツくきこし、呵々から/\わらはせたまひ、たれぢやと心得こゝろえる。コリヤ道人だうじんなんぢ天眼鏡てんがんきやうたがはずとも、草木くさきなびかすわれなるぞよ。
妙齢 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
得て早速さつそく阿漕あこぎうらへ到り見ればあんたがはずあみおろす者あり與力こゑをかけ何者なれば禁斷きんだんの場所に於て殺生せつしやういたすや召捕めしとるべしと聲を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
顔貌かおかたち歩きぶりは申すに及ばず、顔をしかめる当人の癖から声まで、いやもう似てるとも似てるとも、ほんものと寸分たがわずじゃ。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
紇はよろこんで山をおり、その約束の日をたがえないように、一切の物を用意して鬼神の棲家すみかへ往った。美女の一人はそれを見て戸外そとへ出てきて
美女を盗む鬼神 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
六、虎か人か亡霊かた油紙か。族長カボラルの物語にたがわず、翌日の夜中ごろからこの不吉な小屋はおいおいとその本領を発揮することになった。
浅学の身にして文学上の大問題に蹈入りたるは深く自ら恥づるところ。読者もしこの心して読まざれば、或は我が精神にたがはむことを恐る。
の恐しい顔、実に先夜の顔と寸分たがわず、の幽霊が再びここへ迷い出たかと思われるくらい、私は我にもあらで身をふるわせた。
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
古ギリシアローマともにかかる石器を神物とし、今日西アフリカにおけるごとく、石斧に誓うた言をローマ人は決してたがえず。
右のごとく、国民は政府と約束して政令の権柄けんぺいを政府に任せたる者なれば、かりそめにもこの約束をたがえて法にそむくべからず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ただ我が老いたる親ならび菴室あんしつに在り。我を待つこと日を過さば、自ら心をいたむる恨あらむ。我を望みて時にたがはば、必ずめいうしななみだを致さむ。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
とにもかくにも今一目見ずば動かじと始におもひ、それはかなはずなりてより、せめて一筆ひとふで便たより聞かずばと更に念ひしに、事は心とすべたがひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼は前とすんぶんたがわない場所へ座って、長火鉢の猫板に、ぐたりと上体をもたせた。咽喉はやっぱりひいひい鳴っていた。
二人の盲人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
一にいはく、やはらぎを以て貴しとし、さかふこと無きをむねと為せ。人皆たむら有り、またさとれる者少し。これを以て、或は君父きみかぞしたがはずして隣里さととなりたがふ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
木の枝に吊しておいて青松葉でくすべてやれ。わしの申すことたがうにおいては神罰立ち所に至るぞ。(巫女ふたたび昏倒する)
屋上の狂人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
さればこそ、鐚の奴も、命からがらああして逃げては来たが、やっぱり本性はたがわずに、落着くべきところへ落着いたのだ。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……そうした出来事を一箇月後の今日になって、私は又、その通りの暗示の下に、寸分たがわず正確に繰り返しつつ夢遊して来たに過ぎないのだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
事のおきてにたがふとて、せめらるゝ事の苦しきも、過世すぐせのつみの滅びんと、思ふ心に忍べりと、聞ける吾身わがみのいかにして、忍ばるべしや忍ばれん
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
うわさたがわず素晴らしいその鉄砲乳が無性むしょうに気に入ったんだ。年寄だけが不足だろうが、さりとて何も、おめえをいて寝ようというわけじゃねえ。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
(『空華随筆くうげずいひつ』に曰く、「儒家の死後魂神飄散ひょうさんの説、西天の仏教にたがうのみにあらず、また、日本の神道にかなわず」と)
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「ところで、第一幕は、小川正一殺害の場面です。で先ず、舞台を当時と寸分たがわぬ様にしつらえなければなりません」
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたくしいそいでいわからりてそこへってると、あんたがわず巌山いわやまそこに八じょうじきほどの洞窟どうくつ天然てんねん自然しぜん出来できり、そして其所そこには御神体ごしんたいをはじめ
帝もこれが最後の御会見に院のお言いになることを悲しいふうで聞いておいでになったが、御遺言をたがえぬということを繰り返してお誓いになった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「威嚇しかも知れんけど、そないまでに云ふもん聴いてやつたらどないや? 又うるさいで、約束たがへたら。———」
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
唐は手に取って視ると、大きさから、重さから、骨質から、釉色ゆうしょくの工合から、全くわが家のものと寸分たがわなかった。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さていよいよその庭に至れば甚だ清閑せいかんで従者僕僮ぼくどう一人としてめいたがう者が無い。治者の言、明察にして断なるが故に、その政がみだれないからである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
案にたがはず、柳はそれぞれ芽を吹いて、春の支度に忙しさうだつた。実際画家ゑかきにとつてこんな不都合な法はなかつた。
其の一番下の一合入の盃をとってポーンと投付けると文治郎も身をかわしてけたが、投げる者も大伴蟠龍軒、ねらたがわず文治郎の月代際さかやきぎわへ当ると
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そゝぐにおたかことばたがひもなくうれひまゆいつしかとけて昨日きのふにかはるまめ/\しさちゝのものがものへばさら手代てだい小僧こぞう衣類いるゐ世話せわひほどきにまで
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それもひまを惜しんで目まぐるしい早将棋一番かぎり、約束の仕事の日限をたがえた事はいちども無く万事に油断せず精出して、女房も丈夫、子供も息災
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そも四九保元ほうげん御謀叛ごむほん五〇あめかみの教へ給ふことわりにもたがはじとておぼし立たせ給ふか。又みづからの人慾にんよくより計策たばかり給ふか。つばららせ給へとまうす。
調馬中に筋でもたがえたかそれとも軽いリウマチスに罹ったかということになって、不正の行われたのは決して分らないということを御承知でございましょうね
わたくしは枕山の女芳樹女史を訪うてこの事を問うたが女史の言う所もまたわたくしの推定にたがわなかった。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
崇拝して句々皆神聖視していたから一字一句どころか言語の排列までも原文にたがえまいと一語三礼の苦辛くしん
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
事の仔細を申さば、只〻御心にたがふのみなるべけれども、申さざれば猶ほ以て亂心の沙汰とも思召おぼしめされん。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
老僧にきくと、せゝら笑つて、「まアよう考へてみなされ。分らんことは苦心して知る方がえゝ。」と、ごりがんの本性はたがへずに、肩をいからして言つてゐた。
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
是も今は昔、高陽院造らるゝ間、宇治殿御騎馬にて渡らせ給ふ間、倒れさせ給ひて、心地たがはせ給ふ。
それへ縁側続きの隠居から年寄が来て加わるのが例になっている。昨夜もお祖父さんは刻限こくげんたがえず
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
幾と看護婦を相手に、日課は服薬運動の時間をたがえず、体温を検し、定められたる摂生法を守るほかは、せめての心やりに歌み秋草をけなどして過ごせるなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
孟懿子もういし、孝を問う、子曰く、たがうことなかれと。樊遅御はんちぎょたり。子之に告げて曰く、孟孫もうそん、孝を我に問う。我対えて曰く、違うこと無かれと。樊遅はんち曰く、何の謂ぞやと。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)