ごと)” の例文
だからとなごとのうちにも、かみのお言葉ことばがあり、ものがたりのうちにも、かみのお言葉ことばはさまれてゐるもの、とかんがしたのであります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
商人は、なにしろはだの下まで雪がしみとおっていたので、かまわずの火でからだをかわかしながら、ひとりごとのようにいいました。
はじめ、かなり私への心遣こころづかいで話しかけているつもりでも、いつの間にか自分独りだけで古典思慕に入り込んだひとごとになっている。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「もう、これなら、だれにもけず、どんなところへでもんでいける。」と、すずめは、たかやま見上みあげて、ひとりごとをしました。
温泉へ出かけたすずめ (新字新仮名) / 小川未明(著)
沈思にふけっていたお蓮様、胸の思いが声に出て、思わず、あれやこれやとひとりごとをもらしていたことは、彼女自身気がつかない。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こんなさいに、領下の名主や神職たちが、土豪の門へ、いわごとをのべに来る例はあっても、かかる前例は、かつて聞いたことがない。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「命さえ助けてくるるなら伯父様に王の位を進ぜるものを」と兄がひとごとのようにつぶやく。弟は「母様ははさまいたい」とのみ云う。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こうひとごといながら、みちばたのいしの上に「どっこいしょ。」とこしをかけて、つづらをろして、いそいでふたをあけてみました。
舌切りすずめ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
此筆を燒き此塚をあばき一葉の舟を江河に流せば、舟は斷崖のもとを流れて舟中に二人の影あるべし。御かへりごとこそ待たるれ。かしこ
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
「お前、誰れかひがごとを云う者があって、あの池の蓮華をあれは蓮華ではない、梅だ桜だと云うた者があってもお前はそれを信ずるか」
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
されど、百万遍のまよごと何のえきなけれど聞いてつかわすべしとの仰せをさいわい、おのが心事を偽らず飾らずただ有りのままに申し上ぐべく候。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もうルセットもいない、ちちもない、バターもない、これでは、謝肉祭しゃにくさいもなにもないと、わたしはつまらなそうにひとごとを言った。
煙草たばこの世に行はれしは、亜米利加アメリカ発見以後の事なり。埃及エジプト亜剌比亜アラビア羅馬ロオマなどにも、喫煙の俗ありしと云ふは、青盲者流せいまうしやりうのひがごとのみ。
松住町まつずみちょうじゃねえぜ。あさっぱらから、素人芝居しろうとしばい稽古けいこでもなかろう。いいわけものがひとりごとをいってるなんざ、みっともねえじゃねえか」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
顳顬こめかみ即効紙そっこうしをはって、夜更よふけまで賃仕事にいそしむ母親のごとを聞くと、いかなる犠牲もえなければならぬといつも思う。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「なけりゃいいが、わしにゃあそいつがほんとに信じられねえ。」と車掌が無愛想なひとごとのように言った。「おういおい!」
立んとて此大雪に出で行きたれどもなん甲斐かひやあらん骨折損ほねをりぞん草臥くたびれ所得まうけ今に空手からてで歸りんアラ笑止せうしの事やとひとごと留守るすしてこそは居たりけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ひとごとを云ったがちょうどこの頃、太郎丸の屋敷の屋根棟で、同じく星を眺めながら、話をしている人物があった。島津太郎丸と西川正休。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
地方文化、あなどるべからず、ナンマンダ、ナンマンダ、などと、うわごとに似たとりとめないひとごとつぶやいて、いつのまにか眠ったようだ。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
今は美術家の間に立ちまじりて、ただ面白くのみ日を暮せり。されどグスタアフ・フライタハはさすがそらごといひしにあらず。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
一通りの方法で所要の状態に陥らない場合には、一人を取囲んで多勢でとなごとをしたり、または単調な楽器の音で四方からこれを責めたりした。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「武男、おまえはの、男かい。女じゃあるまいの。親にわびごといわせても、やっぱい浪が恋しかかい。恋しかかい。恋しかか」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
君がげんし、昔は目なしどち目なしどち後について来ませとか聞きぬ、われさるひじりを学ぶとはなけれど覚えたる限りはひがごとまじりに伝へん
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
むかふの主人しゆじんもおまへ姿すがためてるさうにいたぞと、ろくでもなきすりごと懶怠者なまけもの懶怠者なまけものだ、れは懶怠者なまけもの活地いくぢなしだとだいそべつて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
また同じ語部のかたごとの中に、久延毘古くえびこが少彦名命の事を知っているとの事を、述べたという多邇具久たにぐくも、従来谷蟆すなわち蟾蜍と解せられているが
その中年の侍は古風な育ちとみえ、道にころがっている石ころのように古くさい、きまり文句でながながとごとを並べ、自分の思い違いを悔やんだ。
ひとごろし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「畜生! 畜生!」とひとごとを云いだしたかと思うと、矢庭に側の太い電柱にとびつき、危険に気がつかぬものか
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ぬる文禄三年の秋、わざ/\邸へ呼びつけられて怠慢のかどとがめられ、厳しい叱責を蒙った折には、畳に額をりつけてごとを述べておきながら
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ぽつりとひとりごとをもらし、いくとおりもの新聞しんぶんをかきあつめ、つくえの上にひろげて、むさぼるように読みはじめた。
くつの先で甲板かんばんをこつこつとたたいて、うつむいてそれをながめながら、帯の間に手をさし込んで、木村への伝言を古藤はひとりごとのように葉子にいった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
今の文学者の言論文章を読んでも多くは不平怨嗟えんさの声だ。ヒステリー患者のよまいごとに似ていて不平や怨嗟の声を発するのが文学者の本領と心得ている。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
時ならぬ忠告は有害ならぬまでも、無益におわる場合多ければ、葬式そうしき祝詞しゅくじを呈し、めでたき折に泣きごとを述ぶるにひとしきことは常識にまかせてつつしみたい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
裕佐は青年の同情ある慰めごとにかえって立腹したかのように、顔を火のごとくほてらせて苦々にがにがしくこういった。
彼はそんな世迷よまよごとを叫びながら、白い柔いものを、くびれて切れてしまう程、ぐんぐんとしめつけて行った。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そよ風が暗い木立こだちの中でざわざわと身震みぶるいして、どこか地平のはるかな彼方かなたでは、まるでひとごとのように、かみなりが腹立たしげなにぶい声でぶつぶつ言っていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
実は母が八十の高齢で遂に昨日死んだとのくやごと、釜貞は仏前へ差出す一物もなく、まして非常の際に無心に来たとも言はれもせず、茫然自失のていであつた。
名工出世譚 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
『かうやつて君を待たせておいて』——うつむきながらひとごとのやうに『なぜ今絵なぞを描くか知つてゐるかね』
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
爺さんのごとは、まるで耳に入らないもののように、鶏は強く羽ばたきしては舞い逃げよう、とする。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
青木さんはふと一人ごとのやうにさうつぶやいて、のき先にえるれた空をぢつと上げた。が、さういふ空さうの明るさとは反対はんたい氕持きもちめうくらしづんでつた。
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
夢のぎわに少し身をふるわしていたが、暫くしてから気が附いたらしく、口中で低声に何かとなごとをしているように見えた。それは「南無」というように聞える。
レコードではベルリオーズの『はかなきうらごと』と『最後の難船』(J八四八八)が本格的で良かろう。
御寢みねませる時に、御夢にさとしてのりたまはく、「我が宮を、天皇おほきみ御舍みあらかのごと修理をさめたまはば、御子かならずまごととはむ」とかく覺したまふ時に、太卜ふとまにうらへて
なんぢ三五九人ならぬ心より、我をまとうて幾度かからきめを見するさへあるに、三六〇かりそめごとをだにも此の恐ろしきむくいをなんいふは、いと三六一むくつけなり。
むしろ泣きごとに終始しているよりも、このように明るい気持で扱っている方がよいのかも知れない。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
返しごとをするから先方でも御立腹なさるのです……しかしあなた私が斯う衣の片袖を此の者へ掛ければお助けなさる筈、お武家さまだけに御存じで入らっしゃいましょうがな
あとのほうはひとりごとのようにつぶやきながら、びっくりしての句もつげないでいる先生をのこして、ぷりぷりしながら引きかえすと、となりの川本大工かわもとだいくのおかみさんに
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
で、其果それをまず第一に主人からしてちょいと右の手でつまんで何かとなごとを言いながら空中へ三度ばかりばらばらとき、そうして其果それの幾分を自分の掌裡てのひらに取って喰うのです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
底をかごにして、上の方は鹽瀬しほぜの鼠地に白く蔦模樣つたもやう刺繍ぬひをした手提てさげの千代田袋ちよだぶくろを取り上げて、お光は見るともなく見入りながら、うるほひを含んだ眼をして、ひとごとのやうに言つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
八カ月もの間、壁と壁と壁と壁との間に——つまり小ッちゃい独房の一間ひとまに、たった一人ッ切りでいたのだから、自分で自分の声をきけるのは、ひとごとでもした時の外はないわけだ。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それにどんなに見に行きたいにしたところで、一人っきりで、一人っきりの女を誘うようなことはできないたちだったので、お座なりに、独りごとのような調子でばつを合わせたのだった。
謎の女 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)