立膝たてひざ)” の例文
彼はかの女の傍に立膝たてひざしてすわると、いくらか手入れを手伝ひながら、かの女の気配を計つた。かの女の丸い顔をいぢらしさうに見た。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
しな硬着かうちやくした身體からだげて立膝たてひざにして棺桶くわんをけれられた。くびふたさはるのでほねくぢけるまでおさへつけられてすくみがけられた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
すこ時間じかんおくれたので、寄席よせ一杯いつぱいであつた。二人ふたり坐蒲團ざぶとん餘地よちもない一番いちばんうしろはうに、立膝たてひざをするやうましてもらつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
胴がくびれているだけ腰の下から立膝たてひざしたもものあたりの肉付が一層目に立って年増盛としまざかりの女の重くるしい誘惑を感じさせる。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すみの方で、立膝たてひざをして、拇指おやゆびつめをかみながら、上眼をつかって、皆の云うのを聞いていた男が、その時、うん、うんと頭をふって、うなずいた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
食わず飲まずで、座って立膝たてひざをしたままに、何かぶつぶつつぶやきながらお金を数える真似まねをしていたということであった。
と、白粉おしろいべたべたの洋装婦人の立膝たてひざがもろくもぶっつぶれて、「あ痛っ、こん畜生。」となる。大笑いだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
ゑりもとばかり白粉おしろいえなくゆる天然てんねん色白いろじろをこれみよがしにのあたりまでむねくつろげて、烟草たばこすぱ/\長烟管ながぎせる立膝たてひざ無作法ぶさはうさもとがめるひいのなきこそよけれ
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そして立膝たてひざにした両足を広く踏み開き、小指にちょんぴりとつけた黒いあぶらで、前歯に軽くさわると、時江はその一点のまだらにさえ、自分の裸身を見るような驚異を感じた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「六代目はああいふ気儘きまゝだから……」梅幸は蓮葉はすはらしく立膝たてひざの上で長煙管ながきせるをくるくる廻した。
藤木さん夫婦は妹娘をしんにして柳橋でパリパリの××家のおとっさんおっかさんになってしまった。手拭てぬぐいゆかたの立膝たてひざで昔話をして、小山内さんや猿之助を煙にまいていた。
棒縞お召のあわせ黒繻子くろじゅすの帯、えりのついた袢纒はんてんをひっかけた伝法な姿、水浅黄みずあさぎ蹴出けだしの覗くのも構わずみだらがましく立膝たてひざをしている女の側に、辰次郎が寒そうな顔で笑っていた。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一体行儀の好い男で、あぐらをくッてな事は殆んどなかった。いよいよ坐り草臥くたびれると立膝たてひざをした。あぐらをかくのは田舎者である、通人的でないと思っていたのだろう。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
奥方の古着を自分の行李こうりにつめ込んで、ぎょろりとあたりを見廻し、きせるを取り出して煙草たばこを吸い、立膝たてひざになってぶっと鼻から強く二本の煙を噴出させ、懐手ふところでして裏口から出て
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
居間へ這入はいッて手探りで洋燈ランプとぼし、立膝たてひざの上に両手を重ねて、何をともなく目守みつめたまましばらくは唯茫然ぼんやり……不図手近かに在ッた薬鑵やかん白湯さゆ茶碗ちゃわん汲取くみとりて、一息にグッと飲乾し
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
立膝たてひざ煙管きせるくわえながら盛り方が無作法だとか、三杯目にはもういい加減にしておきなさいとか、慳貪けんどんはずかしめるのもいやだったが、病気した時の苛酷かこくな扱い方はことに非人間的であり
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ついたまらなくなったから、横になろうと思っても、直ぐ背後うしろに居るんだもの、立膝たてひざも出来ないから、台所へ行って板の間にでもと思ったが、あすこにゃひどいし、仕方がないから戸外おもてへ出て
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
えん立膝たてひざの前へ、鏡台を引き寄せた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宗助そうすけ文庫ぶんこなかから、二三つう手紙てがみして御米およねせた。それにはみんな坂井さかゐ名宛なあていてあつた。御米およね吃驚びつくりして立膝たてひざまゝ
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「じゃアのん気だね。」わたくしはすすめられるがまま長火鉢のそばに坐り、立膝たてひざして茶を入れる女の様子を見やった。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ゑりもとばかりの白粉もえなく見ゆる天然の色白をこれみよがしにのあたりまで胸くつろげて、烟草たばこすぱすぱ長烟管ながぎせる立膝たてひざ無沙法ぶさはうさもとがめる人のなきこそよけれ
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
曙山さんは懐紙ふところがみで顔をあおぎながら立膝たてひざをして、お膳の前の大ざぶとんの上に座り直した。
立膝たてひざをして、蒼白あおじろく不健康に痩せた顔をひきつらせ、ぎらぎらするような眼であたりをにらみまわし、そうしてつんざくような声で喚きたてる、——他の客たちはみな離れて、膝を抱えてうなだれたり
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……勿論もちろんもせず、枕元まくらもとれい紫縞むらさきじまのをらして、落着おちつかない立膝たてひざなにくともみゝますと、谿河たにがはながれがざつとひゞくのが、ちた、ながれた、打当ぶちあてた、いはくだけた、しんだ——とこえる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
百右衛門すこしもひるまず左手で抜き合わすを鞠は踏み込んで両足を払えば百右衛門立膝たてひざになってもさらに弱るところなく、八重をめがけてはげしく切りつけ、武蔵ひやりとして左の肩に切り込めば
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
色の浅黒い眉毛まみえの濃い大柄おおがらな女で、髪を銀杏返いちょうがえしにって、黒繻子くろじゅす半襟はんえりのかかった素袷すあわせで、立膝たてひざのまま、さつ勘定かんじょうをしている。札は十円札らしい。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女は立膝たてひざして何事をか訴へ引留ひきとむるが如く寄添よりそへば、男は決然と立つてはかまひもを結び直しつつも心引かるる風情ふぜいにて打仰ぐ女の顔をば上よりななめに見下ろしたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
駕籠かごで飛ばして行くと、吉原で花魁おいらんがたてひいたんだと、紳士になってからも、湯上りにはすっかり形式をかなぐりすてて、裸になって、手拭を肩へかけ、立膝たてひざでお酒をのんで、土用のうちでも
しろちゝしてるのはむねところばかり、背向うしろむきのはおび結目許ゆひめばかり、たゝみをついてるのもあつたし、立膝たてひざをしてるのもあつたとおもふのとるのとまたゝくうち、ずらりと居並ゐならんだのが一齊いつせいわたし
怪談女の輪 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
細帯もしめず洗いざらしの浴衣ゆかたの前も引きはだけたまま、鏡台の前に立膝たてひざして寝乱れた髪をたばねている。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
立膝たてひざをしたまま、左の手で座蒲団ざぶとんめくって、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとくなおして、その上にどっかりすわった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
細帯しどけなき寝衣姿ねまきすがたの女が、懐紙かいしを口にくわえて、例のなまめかしい立膝たてひざながらに手水鉢の柄杓から水を汲んで手先を洗っていると、そのそばに置いた寝屋ねや雪洞ぼんぼりの光は
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二人は座蒲団ざぶとんを敷く余地もない一番うしろの方に、立膝たてひざをするように割り込まして貰った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この周囲と一致して日本の女の最も刺㦸的に見える瞬間もやはり夏の夕、伊達巻だてまきの細帯にあらい浴衣ゆかた立膝たてひざして湯上りの薄化粧する夏のゆうべを除いてにはあるまい。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ぬしァ、まだ起きていなんしたのかい。おや何を書いていなます。何処どこぞのお馴染へ上げるふみでありんしょう。見せておくんなんし。」と立膝たてひざ長煙管ながぎせるに種員が大事の創作を
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
刎返はねかえした重い夜具へ背をよせかけるように、そして立膝たてひざした長襦袢ながじゅばんの膝の上か、あるいはまた船底枕ふなぞこまくらの横腹に懐中鏡を立掛けて、かかる場合に用意する黄楊つげ小櫛おぐしを取って先ず二、三度
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
煙草すぱすぱ長煙管ながギセル立膝たてひざ無作法ぶさほうさもとがめる人のなきこそよけれ。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)