矢張やは)” の例文
「ぢやアぼくは帰るよ。もう………。」とふばかりで長吉ちやうきち矢張やは立止たちどまつてゐる。そのそでをおいとは軽くつかまへてたちまこびるやうに寄添よりそ
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
宗助そうすけ御米およね言葉ことばいて、はじめて一窓庵いつさうあん空氣くうきかぜはらつたやう心持こゝろもちがした。ひとたびやまうちかへれば矢張やはもと宗助そうすけであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一と所脚の下に川をる場所があって矢張やはり木曾川と思っていたら、それは王滝川で、いつの間にか右へ廻り込んでいたのでした。
木曾御岳の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
海中に墜落しているのじゃないかと紫外線写真器でありとあらゆる洋上で撮影をやってみたのだが、矢張やはり駄目だったというのでしたね
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは矢張やはり身体に釣り合わない、女みたような声であった。しかし私は、その声を聞くと同時に何かしら安心した気持になった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この豐玉姫様とよたまひめさまわれる御方おかたは、だい一の乙姫様おとひめさまとして竜宮界りゅうぐうかい代表だいひょうあそばされる、とうと御方おかただけに、矢張やはりどことなく貫禄おもみがございます。
恋は矢張やは何時いつまでもプラトニックではあり得ず、観音様に寄せる思慕が、何時いつかは人間への恋に変るのにんの不思議があるでしょう。
一種微妙な人間性を、直截簡潔の筆で描き、醒気を紙面へみなぎらせたのは、小酒井さんとしては常套手段、それでいて矢張やはり結構であります。
二つの作品 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
其処そこへこう陣取りまして、五六けん離れたところに、その女郎屋の主人が居る。矢張やはり同じように釣棹つりざおを沢山やって、角行燈かくあんどうをつけてたそうです。
夜釣の怪 (新字新仮名) / 池田輝方(著)
この間も横浜まで見送りに来たとき、今度は那須君と一緒で本当にいいねと皮肉を云われて苦笑したが、こうして見ると矢張やはり何となく寂しい。
その他の船には矢張やはり太鼓を打っている男が一人いて、その他の男は皆船を左右に動かしていた。ふなばたほとんど水がはいるくらいに左右に動かしていた。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
夫れから同じ長州の藩士で東条礼蔵とうじょうれいぞうと云う人も矢張やはり私と同僚飜訳方ほんやくがたで、小石川の蜀山人しょくさんじん住居すまいう家にすんで居た。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
見ると、年若い助手の久吉も、矢張やはり気が顛倒てんとうしたものか、ゆがんだ顔に、血走った眼を光らせながら、夢中になって、カマに石炭を抛込なげこんでいる。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
矢張やはぼく友人いうじんだが、——今度こんどをとこだが——或奴あるやつからすこるべきかねがあるのに、どうしてもよこさない。いろ/\掛合かけあつてたがらちがあかない。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
ようた、お前樣まへさまおなことで、をんなにあひゞきにまゐるので、此處こゝを、さかを、矢張やはり、むかつてしたから、うか/\とあがりかけたのでありました。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それから浦里時次郎も、——僕はあらゆる東京人のやうに芝居には悪縁の深いものである。従つて矢張やはり小学時代から浦里時次郎を尊敬してゐた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それが矢張やはり、考え様によっては、その筋でも、おれの家のものを疑っていて、様子を探りに来るのかも知れないのだ
疑惑 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
れも矢張やは其中間そのなかまの一枚板まいヽたにて使つかみち不向ふむきなれども流石さすがとしこうといふものかすこしはおまへさまよりひとるし
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
矢張やはり我々は同じに見えるかも知れないと思ったからさ、緑色のドレスは今年の流行はやりで、大抵の若い女は着るからね。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
日本人にほんじん歐文おうぶん飜譯ほんやくするとき、年紀ねんき所在地しよざいちかたは、これを日本流にほんりうだいよりせうへの筆法ひつぱふなほすが、固有名こゆうめい矢張やは尊重そんちようしてかれ筆法ひつぱふしたがふのである。
誤まれる姓名の逆列 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
一人だから、社会にはなつてはゐないが、社会をつくるといふ心持は矢張やはり一人でもあると思ふ。だから、何うしても根本は自己、個人といふことになる。
社会劇と印象派 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
それでは矢張やはり、実家の破産という憂愁が、あのひとをあんなにひどく変化させてしまっていたのに違いない。
水仙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
秋の半ばになってもまだ四辺を深く木立が囲んで居るので、油断のならない程、大粒な縞蚊などが絶えないので夏のまま、矢張やは青蚊帳あおがやを釣るのであった。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「其処ですよ、理想よりか実際のいほうが可いというのは。覚悟はしていたものの矢張やはり余り感服しませんでしたねエ。第一、それじゃアせますもの」
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
森君が考え事をしている時に、うっかり話しかけると怒るので、僕も矢張やはり黙って肩を並べて歩いて行った。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
天然痘といった風なものが流行はやらなかったかなどということを、どうも矢張やはりただの好奇心とは思われないような身の入れ方で根掘り葉掘り質問したものだ。
鏡花氏は熱い磐若湯はんにゃとうを飲んで、少し昂奮しておられたが、矢張やはり熱心な怪談の聴者の一人であった。
友人一家の死 (新字新仮名) / 松崎天民(著)
玄竹げんちく本殿ほんでんのぼつて、開帳中かいちやうちう滿仲公みつなかこう馬上姿ばじやうすがた武裝ぶさうした木像もくざうはいし、これから別當所べつたうしよつて、英堂和尚えいだうをしやう老體らうたい診察しんさつした。病氣びやうき矢張やは疝癪せんしやくおもつたのであつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
矢張やはり野蛮人にも及ばぬ猫のことなれば、その好む所の色は燃ゆるが如き赤色であるらしい、併し是れは確乎かくことしたことは言えないが、数回の調査は殆ど一致して居るから
猫と色の嗜好 (新字新仮名) / 石田孫太郎(著)
一心に沖を見ていた為吉は、ふと心づいてあたりを見廻みまわしました。浜には矢張やはり誰もいませんでした。何の物音もなく、村全体は、深い昼寝の夢にふけっているようでした。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
手紙を読む度にほつと胸を安めながら矢張やはり忘れることの出来ないのは子供のうへである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それで我々を此処ここから立退かせるために、こんな怪談を仕組んだのです。——現場を押えて改心を勧めようと思ったのですが、矢張やはり博士としては生きていられなかったのでしょう
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
講談師の話によると、其角が煤竹売すゝだけうりの大高源吾に出会つたのも矢張やはり両国橋の上だつたといふ事だから、其角といふ男は、ひまさへあれば両国橋の上をうろ/\してゐたものと見える。
その場合には矢張やはり一般の盗賊ぬすびとの如くに、なるべく白昼ひるを避けて夜陰に忍び込み、鶏や米や魚や手当り次第にさらって行く。素捷すばやいことは所謂いわゆるましらの如くで、容易にその影を捕捉することはできぬ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その場所は和泉橋いずみばしを入ったところの仲徒士町なかおかちまちとだけ言っておこう。今も住んでいるのが、つまり明々白地あからさまに言うのをはばか所以ゆえんでもあるのだが、その年代の調査は前同様矢張やはり新しい部に属する。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
老人はクスンと鼻を一つこすっただけで、矢張やはり何とも云わなかった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
けれど、答えるときになると、いつも矢張やはりしどろになった。室殿はそれをまた、世馴よなれない、奉公馴れない、彼女の良さとでも見ているように、ときにはわざと、からかったりするのであった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふしぎに思いながら矢張やはり黙って眺めながら歩いていました。
ゆめの話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
人心はそこまで調べた奉行所へは、矢張やはり信頼をもちまする。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
……その時に正木博士は、やはり、今日と同じように離魂病の説明を聴かしてくれたのであるが、その説明は矢張やはり真実であったのだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
従来の戦術から順を追って牛歩乃至ないし一歩を進めた戦術であり、矢張やはり伝統を経てわずかにそれを改良した兵器に過ぎないのである。
ヒトラーの健全性 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「お豊、つまらねえ事を言うな、相手は御老中やお奉行、こちとらは側へも寄れるこっちゃ無い、矢張やはり諦めて、一緒に死んでくれないか」
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
『まあよかった……。』そのときわたくしはそうおもいました。いよいよとなると、矢張やはりまだおくれがして、すこしでも時刻じこくばしたいのでした。
氷嚢こほりぶくろ生憎あいにくかつたので、きよあさとほ金盥かなだらひ手拭てぬぐひけてつてた。きよあたまやしてゐるうち、宗助そうすけ矢張やは精一杯せいいつぱいかたおさえてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
特に見たいと思ったのは、矢張やはりビール瓶を自動的に箱につめこむ工場だった。まったくそれは実に大仕掛けの機械だった。
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
五日を経て再び中村君と途中で一所になって、共に塔へ登った時、不思議にも小倉君が来て、此山が矢張やはり天文台からも見えることを話された。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
しかし彼女は側目わきめも振らずに(しかも僕に見られてゐることをはつきり承知してゐながら)矢張やはまりをつき続けてゐた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ソンナ事を議論したり理窟を述べたりする学者も、矢張やはり同じことで、世間なみに俗な馬鹿毛ばかげた野心があるから可笑おかしい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そんなことを、ゆっくりゆっくりしゃべりながら、目は矢張やはり天井を見つめたまま、彼の指先だけが、奇妙な昆虫の触角の様に、何物かを求めて動いた。
矢張やはり背ろむきになったまま、雪の絶壁と、にらめっこをしたままの数珠つなぎで、一息ついたが、今考えてもあまりいい恰好ではなかったようだ。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)