わん)” の例文
しかしあのたくましいムツソリニも一わんの「しるこ」をすゝりながら、天下てんか大勢たいせいかんがへてゐるのはかく想像さうぞうするだけでも愉快ゆくわいであらう。
しるこ (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あやしげなたい長芋ながいものおわん、こぶ巻、ご馳走ちそうといっても、そんな程度だが、倹約家の土肥半蔵にしては、大散財のつもりなのである。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間斷かんだんなく消耗せうまうして肉體にくたい缺損けつそん補給ほきふするために攝取せつしゆする食料しよくれうは一わんいへどこと/″\自己じこ慘憺さんたんたる勞力らうりよくの一いてるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
新郎の母者人が「ドウカお吸物すいものを」との挨拶あいさつが無い前に、勝手に吸物すいものわんの蓋をとって、きすのムスビは残して松蕈まつだけとミツバばかり食った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ガラクタといっても大家で、ぜんわんも布団も立派に使えるものばかり。土蔵へ行くのが面倒で、日用の雑器をここへ入れて置くのでしょう。
で、朝はわざと茶碗ちゃわんの洗い方やわんの拭き方にひまをかけて、ひとり遅れて行くようにしたり、裏口からこっそりと一人で出かけたりした。
二人ともまだ衣裳をつけていた——一人はトルコ頭巾ずきんを巻き、いま一人はだちょうの羽根飾りのついたおわん帽子をかぶったまま。
へゝゝ不断ふだんやりつけてるもんですから……(一くちんで猪口ちよこを下に置き)有難ありがたぞんじます、どうも……。小「さめないうちにおひよ、おわんを。 ...
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
裁きのことをなにかきくかと思ったが、もちろんそんなことは口にせず、やまどりが手に入ったから、あぶり焼きとおわんにしましたと云った。
改訂御定法 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どうかすると、一度すましたおわんだのはしだのを洗場へ持って行ったかと思うと、またのこのこそれを持って台所へひき返す。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
鶫うどん、鶫蕎麦そばと蕎麦屋までが貼紙びらを張る。ただし安価やすくない。何のわん、どのはちに使っても、おんあつもの、おん小蓋こぶたの見識で。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二本の徳利がついてゐたが、それも仲々すゝまない。大きいわんは冷えた雑煮だつたが、これにもあまり手が出ないでゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
「さあ、どうぞ、ここにおわんがありますから、なんなら、いいお茶もあるだから、お茶をいっぱいいれて上げましょうか」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たとへばつきといふひらたいおわんのようなもの、それにふたのついたもの、またそのつきたかだいのついた高坏たかつきといふようなものなどたくさんありますが
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
しばらく待つと、黄筋入黒塗のわんが運ばれてきた。なかは信州味噌をした味噌汁である。不躾ぶしつけながら、箸のさきで椀のなかをきまはしてみた。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
源叔父はたもとをさぐりて竹の皮包取りだし握飯一つつまみて紀州の前に突きだせば、乞食はふところよりわんをだしてこれを受けぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
とよは碁石の清拭きよぶきせよ。利介りすけはそれそれ手水鉢ちょうずばち、糸目のわん土蔵くらにある。南京なんきん染付け蛤皿はまぐりざら、それもよしかこれもよしか、光代、光代はどこにいる。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
一、詩歌の小集あらん時吟詠ならざるものは、金谷きんこくの罰を用ゆる時は酗䤄くめんいとふべし、しばらく月川七わんの倍数を茶に換ふべし
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
庸三はあゆ魚田ぎょでんに、おわん胡麻酢ごますのようなものを三四品取って、食事をしてから、間もなくタキシイをやとってもらった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
最初の起こりはぜんわんのような、きまった食器がケであって、それで食べる食事だけを、朝け夕けといったらしいことは
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
灸はあごをひっ込めて少しふくれたが、直ぐまた黙って箸を持った。彼のわんの中では青い野菜がしおれたまま泣いていた。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
お舟のやうなお皿には、じやがいもと、さやゑんどうと、人蔘にんじんとの煮付が盛られ、赤いわんには、三ツ葉と鶏卵たまごのおつゆが、いいにほひを立ててゐるのです。
母の日 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
一日の寒気に凍え切った肉体はすぐ熱を吹き出して、顔などはのぼせ上がるほどぽかぽかして来る。ふだん着の軽い暖かさ、一わんの熱湯の味のよさ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
さて、この村からすじ浄法寺じょうほうじへとぬける街道がある。今でもそうだが、多くの者がわんだとか片口かたくちだとか木皿だとかをになって市日いちびへと出かけてゆく。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
大きな、底の浅いなべの御飯を、椰子の実のおわんにとりわけ、右手を上手に使って、手づかみで食べているのだった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
日本料理の御馳走はお膳の番をしているのだ。熱い吸物すいものを長く置いても冷めないように木のわんへ盛ってある。あれをいきなり飲んだら舌を焦爛やけどするぜ。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
朝起きた時はあおい顔をていた。朝飯をも一わんで止した。なるたけ時雄の顔に逢うのを避けている様子であった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
猪口ちょくしらあえ、わんの豆腐のあんかけ、さらの玉子焼き、いずれも吉左衛門の時代から家に残ったうつわに盛られたのが、勝手の方から順にそこへ運ばれて来た。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
うばの幾が浪子について来しすら「大家たいけはどうしても違うもんじゃ、武男が五器わん下げるようにならにゃよいが」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
春慶塗しゅんけいぬりぜんの上に来るを追いながらお久があおいでいてくれる団扇うちわの風を浴衣に受けて、要は吸い物わんの中に浮いているほのかな早松茸さまつだけの匂いを嗅いだ。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それを取出しその蓋を明けてこれを取出して喰うです。それを喰うには竹で拵えたわんのようなもので喰うです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それに徳利とくりわんなどを入れた魚籃びくを掛け、一人は莚包むしろづつみを右の小脇こわきに抱え、左の小脇に焼明たいまつの束を抱えていた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
つぎにお菜箸さいばしで食器の中に残っているものをのこらず一つの器にとり、わん茶碗ちゃわん、皿、小皿というように、それぞれに重ねて盆にのせ、流しのそばにはこび
女中訓 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
そうでもしないと、たとえばこの食卓のうえに味噌汁のはいったわんがおいてあったとして、お椀をこういう工合ぐあいに、手にとって口のところへ持ってくるんだ。
大宇宙遠征隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いくら放任教育でも有繋さすがにお客のさかな掠奪りゃくだつするを打棄うっちゃって置けないから、そういう時は自分の膝元へ引寄せておわんふたなり小皿こざらなりに肴を取分けて陪食させた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
不思議の因縁でおれの養女分にして嫁いらすればおれも一トつのい功徳をする事ぞとホク/\喜び、たちまち下女下男に、ソレぜんを出せわんを出せ、アノ銚子ちょうしを出せ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「見ず知らずの人は一わんの麥飯も喰はしては呉れない。只では汽車にも汽船にも乘せて呉れはしない。」
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
この男の下郎にひどく煙草のやにが好きなのがあつて、ひまさへあると、色々いろんな人から煙管きせるやにを貰ひ集めて、それをわんに盛つて覆盆子いちごでも味はふやうに食べてゐた。
と、晩飯の食堂で室長に私はしかられて、おわん杓子しやくしとを持つたまゝ、耳朶みゝたぶまであかくなつた顔を伏せた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
わんにくんだ水で食後の口を洗った戸田老人は、ごま塩の長い眉毛をつきだして大野順平に話しかけた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
一人のお酒に酔った若い者がほほの木の葉でこしらへたおわんのやうなものに顔をつっ込んで何か喰べてゐます。紺三郎が白いはかまをはいて向ふで見てゐるけしきです。
雪渡り (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
彼女はさい朱塗のわんと小皿に盛った魚肉とを盆の上にせて、横手にある六畳へ宵子を連れ込んだ。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この辺で俗伝に安珍清姫宅に宿り、飯を食えばはなはうまし。ひそかにのぞくと清姫飯を盛る前必ずわんむる、その影行燈あんどんに映るが蛇の相なり。怪しみおそれて逃げ出したと。
やがて男共は料理してさかんにやったらしかった。なかなかうまいです少々如何いかがですかとって。一わんを予の所へ持て来たけれども。予はついに一口を試むるの勇気もなかった
牛舎の日記 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そのほかは青く剃りあげていたのへ、小さいおわんを伏せて恰好かっこうのよい三日月形を剃り残したのだ。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「あの、三郎や、牛乳ちちの残りがあるから、古いおわんへ入れて持つておいでよ。」と云ひました。
身代り (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
片隅かたすみ焜炉こんろで火をおこして、おわんしるを適度に温め、すぐはしれるよう膳をならべて帰って行く。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
はじめて野嵐の冷え渡るを覚えて目をさまし、それより千辛万苦して、わずかばかり離れたる横道の茶店にたどりつき、蕎麦そばわん食したれば、身心はじめてわれにかえり
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
わん喉吻こうふん潤い、二椀孤悶こもんを破る。三椀枯腸をさぐる。おもう文字五千巻有り。四椀軽汗を発す。平生不平の事ことごとく毛孔に向かって散ず。五椀肌骨きこつ清し。六椀仙霊せんれいに通ず。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
正勝は大きなわんに酒をいで紀久子のほうへぐっと差し出した。紀久子はすると、無表情のままでひと息に飲んだ。正勝も怪訝そうな顔表情を含んで、じっと紀久子を見た。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)