引掛ひっか)” の例文
かくしてそのトラックは速力をゆるめることなしに、店員にガソリンの排気はいきをいやというほど引掛ひっかけて遠去とおざかっていってしまったのである。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
身長の高い一人は洋服を着て背嚢を背負った上から二重廻しを引掛ひっかけている。一人は綿入れを着て同じく背嚢を背負って懐手をしている。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
白い肩掛を引掛ひっかけたせいのすらりとした痩立やせだちの姿は、うなじの長い目鼻立のあざやかな色白の細面ほそおもて相俟あいまって、いかにもさびし気に沈着おちついた様子である。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
バタリと口にくわえたくしが落ちた。お誓は帯のむすびめをうしろに取って、細い腰をしめさまに、その引掛ひっかけを手繰っていたが
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
七日がすぎると土手の甚藏が賭博ばくちに負けて裸体ぱだかになり、寒いから犢鼻褌ふんどしの上に馬の腹掛を引掛ひっかけて妙ななりに成りまして、お賤の処へ参り
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すこぎ、ミハイル、アウエリヤヌイチはかえらんとて立上たちあがり、玄関げんかん毛皮けがわ外套がいとう引掛ひっかけながら溜息ためいきしてうた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
マドンナも大方この手で引掛ひっかけたんだろう。赤シャツが送別の辞を述べ立てている最中、向側むかいがわに坐っていた山嵐がおれの顔を見てちょっと稲光いなびかりをさした。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
西の方で出来たイカサマ物を東の方の田舎へめて置いて、掘出し党に好い掘出しをしたつもりで悦ばせて、そして釣鉤つりばり引掛ひっかけるなどという者も出て来る。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
半纏の男が着せてくれた、腐った古半纏、それを引掛ひっかけたまま、出雲守頼門はぼんやり立って居りました。
さいわいにも、生命いのちには、別状べつじょうもなかったが、ちた拍子ひょうしに、ばら引掛ひっかかって、つぶしてしまいました。
それをさる引掛ひっかけて木に登りとからかうと、一方また猿に対して狗といった、つまりは平凡なただの口合いではあるが、「狗のような法師」はあのころのはやりで
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
寝衣ねまきの上へ寛衣ガウン引掛ひっかけながら、宗方博士むねかたはかせを先に、助手の新田進にったすすむ洋灯ランプを持ってとび出して来た。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
八人の警吏が各々めいめい弓張ゆみはりを照らしつつ中背ちゅうぜいの浴衣掛けの尻端折しりはしおりの男と、浴衣に引掛ひっかけ帯の女の前後左右を囲んで行く跡から四、五十人の自警団が各々提灯ちょうちんを持ってゾロゾロいて行った。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
勿論もちろん飯をう時と会読かいどくをする時にはおのずから遠慮するから何か一枚ちょいと引掛ひっかける、中にもの羽織を真裸体の上に着てる者が多い。れは余程おかしなふうで、今の人が見たら、さぞ笑うだろう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
寝苦しいか、白やかな胸を出して、鳩尾みぞおちへ踏落しているのを、せた胸にさわらないように、っと引掛ひっかけたが何にも知らず、まずかった。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
膝の抜けかゝった盲縞めくらじまの股引に、垢染みたあい万筋まんすじ木綿袷もめんあわせの前をいくじなく合せて、縄のような三尺を締め、袖に鉤裂かぎざきのある印半纏しるしばんてん引掛ひっかけていて
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
何故なぜというに神社の境内に近く佗住居わびずまいして読書にみ苦作につかれた折そっと着のみ着のまま羽織はおり引掛ひっかけず我がの庭のように静な裏手から人なき境内に歩入あゆみいって
茶屋は幸にしてちがっていた。吉川夫婦の姿はどこにも見えなかった。えりに毛皮の付いた重そうな二重廻にじゅうまわしを引掛ひっかけながら岡本がコートにそでを通しているお延をかえりみた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
オイ飯を食わしてくれろッてえんで帰っての今朝けさ自暴やけ一杯いっぺえ引掛ひっかけようと云やあ、大方男児おとこは外へも出るに風帯ふうてえが無くっちゃあと云うところからのことでもあろうが
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一人でも力のある男はそれを一方のはしに引掛ひっかけ、または分けられる物ならば半分ずつ両端りょうはしにつけて、まんなかをかたげて運ぼうとするようになったのは自然のことである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
女どもを出掛けさせ、慌しく一枚ありあわせの紋のついた羽織を引掛ひっかけ、胸の紐を結びもあえず、あたかいていたので、隣の上段へしょうじたのであった。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山がって段々縫い縮めたから幅が狭く成って居りまする、其の上にお召縮緬めしちりめんの小弁慶の半纒を引掛ひっかけ、手拭糠袋ぬかぶくろを持って豆腐屋の前を通りかゝると
唖々子は時々長いあごをしゃくりながら、空腹すきっぱらに五、六杯引掛ひっかけたので、たちま微醺びくんを催した様子で
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一方には多量の木綿古着もめんふるぎを関西から輸入して、不断着ふだんぎにも用いているが、冬はかえってその上へ麻の半てんを引掛ひっかけるふうがあるということを、私は九州に行って学んだのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
するとこの煙の中に、首をすくめた、眼を細くした、しかも心持まゆを寄せた昔の女の顔がちょっと見えた。自分は床の上に起き直った。寝巻の上へ羽織はおり引掛ひっかけて、すぐ縁側へ出た。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紳士 口でな、う其の時から。毒蛇どくじゃめ。上頤うわあご下頤したあごこぶし引掛ひっかけ、透通すきとおる歯とべにさいた唇を、めりめりと引裂ひきさく、売婦ばいた。(足を挙げて、枯草かれくさ踏蹂ふみにじる。)
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
とずう/\しい奴で、其の蚊帳を肩に引掛ひっかけて出てきます。お累は出口へう這出したが、口惜くやしいと見えて
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「うむ。じゃア今のうち……飯を食う前にちょっと行って来よう。」男は立上って羽織も一ツにかさねたまま壁に引掛ひっかけてある擬銘仙まがいめいせん綿入わたいれを着かけた時、階下したから男の声で
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
上頤下頤うわあごしたあごこぶし引掛ひっかけ、透通る歯とべにさいた唇を、めりめりと引裂く、売女ばいた。(足を挙げて、枯草を踏蹂ふみにじる。)
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伊「何んでえ、仲の幇間たいこもちだから花魁の贔屓ひいきをしねえな「幇間ドラを打たして陣を引き」と云う川柳の通りで、己が勘当にでもされたらばつば引掛ひっかけやしめえ」
「おかみさん。湯に行って暖たまってよう。今日は一日いちんちらく休みだ。」と兼太郎は夜具を踏んで柱のくぎ引掛ひっかけた手拭を取り、「大将はもう芝居かえ。一幕ひとまくのぞいて来ようかな。」
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
時々光を、幅広くほとばしらして、かッと明るくなると、燭台しょくだい引掛ひっかけた羽織の袂が、すっと映る。そのかわり、じっと沈んで暗くなると、紺の縦縞が消々きえぎえになる。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あれを引掛ひっかけて然うしてやっこ蛇の目の傘を持って、傘は紐を付けてはす脊負しょって行くようにしてくんな、ひょっと降ると困るから、なに頭巾をかぶれば寒くないよ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その夜の雨から時候が打って変ってとても浴衣ゆかた一枚ではいられぬ肌寒さにわたしはうろたえて襦袢じゅばんを重ねたのみか、すこし夜もけかけたころには袷羽織あわせばおりまで引掛ひっかけた事があるからである。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
常の如く番頭さんが女の方へ摺寄すりよって来るとき、女の方で番頭の手へ小指を引掛ひっかけたから、手を握ろうとすると無くなって仕舞うから、まるで金魚を探すようで
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それを、しかも松の枝に引掛ひっかけて、——名古屋の客が待っていた。冥途めいど首途かどでを導くようじゃありませんか、五月闇さつきやみに、その白提灯を、ぼっと松林の中に、という。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兼太郎は炬燵こたつに火を入れて寝てしまおうかと思ったが今朝は正午ひる近くまで寝飽ねあきたまぶたの閉じられようはずもないので、古ぼけた二重廻にじゅうまわし引掛ひっかけてぷいと外へ出てしまった。もとより行くべき処もない。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これもお高祖頭巾を冠り縞縮緬のはでやかな小袖に、上には寒さけに是も綿入羽織を引掛ひっかけて居ります。
余り人間離れがしますから、浅葱あさぎの麻の葉絞りで絹縮きぬちぢみらしい扱帯しごきは、ひらにあやまりましたが、寝衣ねまきに着換えろ、とあるから、思切って素裸すッぱだかになって引掛ひっかけたんです。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いずれの権妻か奥さんか如何にも品のある方で、日に三度着物を着替るが、浴衣によって上へ引掛ひっかける羽織が違うと云うので、色の黒い下婢おんな一人いちにん附いて居ります。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「久しぶりで、私が洗って差上げましょう。」と、脱いだ上衣を、井戸側へ突込つっこむほど引掛ひっかけたと思うと、お妙がものを云うひまも無かった。手を早や金盥に突込んで
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄萌葱うすもえぎの窓掛を、くだん長椅子ソオフアと雨戸のあい引掛ひっかけて、幕が明いたように、絞ったすそなびいている。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と梶棒を放して車夫くるまやが前へのめったから、急に車の中から出られません、車夫は逃げようとして足を梶棒に引掛ひっかけ、建部のみぞの中へ転がり落ちる。庄三郎は短刀を振翳ふりかざ
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あまりの事に、寂然しんとする、その人立の中を、どう替草履を引掛ひっかけたか覚えていません。夢中で、はすに木戸口へ突切つっきりました。お絹は、それでも、帯も襟もくずさない。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此の花と申すは拙者を差した事で、今を春辺はるべと咲くや此の花、という古歌に引掛ひっかけて、梅三郎の名を匿したので、拙者の文を其処そこへ取落して置けば、春部に罪を負わしてのち
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ばちゃりとねる。どうもおかしい。そのうちに、隣のじとじとした廃畑すたればたから、あぜうつりに出て来る蛙を見ると、頭に三筋ばかり長い髪の毛を引掛ひっかけていているのです。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
洗いざらし物ではありますが双子ふたこの着物におんなし羽織を引掛ひっかけ、紺足袋に麻裏草履をはいております、顔は手拭で頬冠ほゝかぶりをした上へ編笠をかぶッてますから能くは見えませんが
姿の柳に引掛ひっかけて、つややかにさしながら、駒下駄を軽く、つまをはらはらとちと急いで来た。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わっちさ、扮装なりこしらえるね此様こん扮装いでたちじゃアいけないが結城紬ゆうきつむぎの茶の万筋まんすじの着物に上へ唐桟とうざんらんたつの通し襟の半※はんてん引掛ひっかけて白木しろきの三尺でもない、それよりの子は温和おとなしい方が好きですかねえ
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
片側波を打った亜鉛塀トタンべいに、ボヘミヤ人の数珠のごとく、烏瓜を引掛ひっかけた、くだん繻子張しゅすばりもたせながら、畳んで懐中ふところに入れていた、その羽織を引出して、今着直した処なのである。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)