かばね)” の例文
かばねをさむる人もなし」などいへる「も」はほとんど意味なき「も」にて「人なし」「人来ず」といへると大差なければ理窟をば含まず
あきまろに答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「海行かばづくかばね、もとよりわが聯合艦隊は全滅を覚悟して戦います。あまつ神、国つ神よ、ねがわくはこの皇国すめくにを守らせたまえ。」
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
すると、かばねの山から一道の青気せいきがのぼって、空中に、霧の如く、ひとりの左慈が姿を見せた。左慈はそのとき、白い鶴に乗っていた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その高と申す女子おなごじゃ。高は一度死んだものである。よって僧侶の一空にかばねを引き取らせるが、一空は高を惣七に預けるがよかろう。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あっというに、こうかつな一がそのかばねをさらってどこかへると、あわてて三、四、そのあといかけていきました。
僕はこれからだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼はためらっていたが、死のような沈黙と、かばねのような冷たい目とが、集まっていたので、そのまま思いを決めて、中へはいった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
死所を踏み違った未練者と多くの人に嘲笑わらわれたあげく、かばねは野山に捨てられて鳥や獣の餌食となり、地獄へ堕ちても苛責かしゃくの罪
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大来目主おほくめぬしと、ひ持ちて仕へしつかさ、海行かば水漬みづかばね、山ゆかば草むす屍、おほきみのにこそ死なめ、かへりみはせじと言立ことだ
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
玄機は前夜のうちに観の背後うしろに土を取った穴のある処へ、緑翹のかばねを抱いて往って、穴の中へ推しおとして、上から土を掛けて置いたのである。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
死して美きかばねとなりて、聽衆の胸にうづめられたるのみならん。されど詩人の胸は衆人の胸に殊なり。譬へば聖母の墓の如し。
しなかうしてつめたいかばねつてからもあしそこ棺桶くわんをけいたまいへだてただけでさら永久えいきうつちあひせつしてるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ても角ても叶はぬ命ならば、御所のいしずゑまくらにして、魚山ぎよさん夜嵐よあらしかばねを吹かせてこそ、りてもかんばしき天晴あつぱれ名門めいもん末路まつろなれ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
熱灰ねつかいの下より一体のかばねなかば焦爛こげただれたるが見出みいだされぬ。目も当てられず、浅ましういぶせき限を尽したれど、あるじの妻とたやすく弁ぜらるべき面影おもかげ焚残やけのこれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
この様なる所にて犬畜生同様名も知れぬかばねさらすこと如何にも口惜しく候まま、息のあるうちに月の光を頼りに一筆書残し申候、右にしたためし條々実証也
二人はそのかばねを揚屋の座敷に横たえようとはしなかった。源三郎のあとを追って、屍を河原にさらそうともしなかった。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かばねとなって野に横たわる苦痛、その身になったら、名誉でもなんでもないだろう。父母ちちははが恋しいだろう。祖国が恋しいだろう。故郷ふるさとが恋しいだろう。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
続日本紀に、文武天皇四年飛鳥元興寺の僧道照和尚遷化してそのかばねを焼いたのが、我が国火葬の初めだとある。
驚いたのは、そればかりではありません。細田氏のかばねの側には四角なテーブルが、対角線のところから三角形をなして真二つに割れてころがっているのでした。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
国民塗炭に苦しむここに十数年、我の忠実なる兵卒にして我のためにかばねを戦場にさらせしものその幾千なるを知らず、我何ぞ永くこの悲劇を見るに忍びんや
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ワシントン、那波翁なおう云々うんぬん中々なかなか小生はいの事にあらず、まん不幸ふこう相破あいやぶかばねを原野にさら藤原広嗣ふじわらのひろつぐとその品評ひんぴょうを同じゅうするも足利尊氏あしかがたかうじと成るを望まざるなり
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
蝦夷松えぞまつ椴松とどまつ、昔此辺の帝王ていおうであったろうと思わるゝ大木たおれて朽ち、朽ちた其木のかばねから実生みしょう若木わかぎ矗々すくすくと伸びて、若木其ものがけい一尺にあまるのがある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
監物の子作左衛門、松炬たいまつを照して父のかばねを見て居たが、自らも従士五六十を率いて突入して果てたと云う。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
すなわかばね煨燼中かいじんちゅうより出して、これこくし、翰林侍読かんりんじどく王景おうけいを召して、葬礼まさに如何いかんすべき、と問いたもう。景こたえて曰く、天子の礼を以てしたもうべしと。之に従う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
煉瓦れんがで畳んで四方壁、ただその扉ばかりを板に、ぐるりと廻して二三段、高く低く、飛々に穿うがった穴、幾多のかばねを中にうずめて崩れ残った城の壁の、弾丸たまのあとかと物凄ものすごい。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恐らく自分の使命が或る程度まで遂行すいこうされ、而もそれ以上は最早や実現不可能であるとて取った或る時期に、自らやいばに伏してそのかばねを金掘りのそれと同じ暗黒裡あんこくりうず
軍人方でいらせられますから、いざ戦争という場合になりましては申すまでもないことで、甲板にかばねをさらすとも一歩もお引き遊ばすなどという卑怯未練な方はございません。
お角さんもまたその点に於て御多分にれず、心に深く新撰組を憎み、同時に、ああして曝されて置かなければならない、いずれ名ある勇士たちのかばねの恥辱に、若干の同情と
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
六四畿内河内の国に六五はたけ山が同根どうこんの争ひ果さざれば、みやこぢかくも騒がしきに、春の頃より六六瘟疫えやみさかんにおこなはれて、かばねちまたみ、人の心も今や六七ごふくるならんと
彼等は左に一本のきいろい斧、右に一本の黒い斧、後に一本の非常に大きくて古い軍旗をひらめかして、まっしぐらに女媧のかばねの周りに攻め寄せたが、いっこう何等の動静も見えない。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
高地人ハイランダース低地人ローランダースとキリクランキーの峡間はざまで戦った時、かばねが岩の間にはさまって、岩を打つ水をいた。高地人と低地人の血を飲んだ河の流れは色を変えて三日の間ピトロクリの谷を通った。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのとき彼の先祖さきおやの亡霊どもが生前に、おのおの住みし土地ところより、伸びあがり立ちあがり、各自の受けし苦しみの、返報としてその男の、かばねに飛びつきくらひつき、裂きつちぎりつ永遠に
そうするとラマはくわしく書物を見、かつお経は何々、幾日のいつ頃にこのかばねを門出して水葬にしろとか、あるいは火葬、土葬ないしは鳥葬にしろと皆いちいち指図を待たなければならんからです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
戦いに次いで来る曙は常に、裸体のかばねの上に明けゆくものである。
「じゃ行きな。海行かば水漬みづかばね、てなことにはなるなよ」
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
木曾山の八岳やたけふみこえ君がへに草むすかばねゆかむとぞおもふ
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かばねのそばにうつぶしに、地味豐かなる*ラーリッサ
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
あがかばね野にな埋みそ黒潮のさかまく海の底になげうて
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
小山なすかばねもとに、身動みじろぎもえならでする
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
斯地希埋屍 斯の地ねがはくはかばねを埋めむ。
閉戸閑詠 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
春の山かばねをうめてむなしかり
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
小山なすかばねの上に
哀詩数篇 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
敷きあるかばね——
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
が、それにしても見わたすところ、瞬時にして、人影が見えなくなった。ありと見ればかばねであり、いると思えば、明智の同衆である。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さらば往きてなんぢの陥りしふちに沈まん。沈まば諸共もろともと、彼は宮がかばねを引起してうしろに負へば、そのかろきこと一片ひとひらの紙にひとし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
花束を手にしたままぐつたりとして兄の膝に抱かれたお園のかばね——それは今だに順吉の眼にはつきりと残つてゐる。
花束 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
「も」の字にも種類ありて「桜の影を踏む人もなし」「人も来ず春行く庭の」「かばねをさむる人もなし」などいえる「も」はほとんど意味なき「も」にて
あきまろに答ふ (新字新仮名) / 正岡子規(著)
切り取り強盗おしこみ、闇討ち放火つけび、至る所に行なわれ巷の辻々には切り仆された武士のかばねが横たわっていたりまた武家屋敷の窓や塀には斬奸状が張られてあったり
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
海行かばづくかばね——こうして『八島』七十人の勇士は、永遠に太平洋の水底に眠ることになったのだ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
しや眼前にかばねの山を積まんとも涙一滴こぼさぬ勇士に、世を果敢はかなむ迄に物の哀れを感じさせ、夜毎よごとの秋に浮身うきみをやつす六波羅一の優男やさをとこを物の見事に狂はせながら
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
董花すみれのかほり高きほとりおほはざる柩の裏に、うづたか花瓣はなびらの紫に埋もれたるかばねこそあれ。たけなる黒髮をぬかわがねて、これにも一束の菫花を揷めり。是れ瞑目せるマリアなりき。