夕陽ゆうひ)” の例文
この黄味きいろみの強い赤い夕陽ゆうひの光に照りつけられて、見渡す人家、堀割、石垣、すべての物の側面は、その角度を鋭く鮮明にしてはいたが
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
イエスと十二弟子たちと、語り終わって目を挙ぐればヘルモンの頂はひときわおごそかに夕陽ゆうひに映え、神の栄光をもって輝いていました。
言いながら源三郎は、今はじめて、夕陽ゆうひに輝く山桜のような、このお蓮様の美しさに気がついたように、眼をしばたたいたのでした。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
旅人なら、夕陽ゆうひの光がまだ、雲間くもまにあるいまのうちに早くどこか、人里ひとざとまでたどりいておしまいなさい——と願わずにいられない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
流れの彼方かなたには、ルーヴル美術館のおごそかな正面が広げられていて、その退屈そうな小窓には、夕陽ゆうひが生々とした残照を投げていた。
夕陽ゆうひは、おかまちしずみかかっています。そのとき、汽船きせん待合室まちあいしつに、いつかの運転手うんてんしゅは、一人ひとり不思議ふしぎおんなをみとめました。
白い影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そのとき西のぎらぎらのちぢれた雲のあいだから、夕陽ゆうひは赤くななめにこけの野原に注ぎ、すすきはみんな白い火のようにゆれて光りました。
鹿踊りのはじまり (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
おおい気競きおう処もあって——(いわしさばあじなどの幾千ともなく水底みずそこを網にひるがえるありさま、夕陽ゆうひに紫の波を飜して、銀の大坩炉おおるつぼに溶くるに異ならず。)
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なお因縁深ければ戯談じょうだんのやりとり親切の受授うけさずけ男は一寸ちょっとゆくにも新著百種の一冊も土産みやげにやれば女は、夏の夕陽ゆうひの憎やはげしくて御暑う御座りましたろと
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
梯子段に近い明かり取り窓の下に、黒天鵞絨くろビロードの洋服を着た盲目の少女が夕陽ゆうひの中の鉄棒の影のように立っている。
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
そして山姫山の頂上にある、測地用そくちようの三角点のやぐらが、夕陽ゆうひを背負って、にょっきりと立っているのが見えてきた。三人は、つかれを忘れて足を早めた。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
どこをどうして来たか机竜之助は、その日、夕陽ゆうひの斜めなる頃、上野の山下から御徒町おかちまちの方を歩いていました。
ついこの間までうららかに秋の光の輝いていたそちらの方の空には、もういつしか、わびしい時雨雲しぐれぐもが古綿をちぎったように夕陽ゆうひを浴びてじっとかっている。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
黄金こがねの金具を打ったかごまち四辻よつつじを南の方へ曲って往った。轎の背後うしろにはおともの少女が歩いていた。それはうららかな春の夕方で、夕陽ゆうひの中に暖かな微風が吹いていた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いつもの通り病院を仕舞った私は、雨上りの黄色い夕陽ゆうひの中を紅葉坂の自宅に帰って、夕食を仕舞った。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
新らしい自転車に夕陽ゆうひがまぶしくうつり、きらきらさせながら小石先生の姿はみさきの道を走っていった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ひとり窓のかたわらに座しおる。夕陽ゆうひ。)夕陽の照すしめった空気に包まれて山々が輝いている。棚引いている白雲しらくもは、上の方に黄金色こがねいろふちを取って、その影は灰色に見えている。
大広間のドアを細目に開けて、ソッと覗いて見ると、贅沢な調度を照して、中は一パイに流るる夕陽ゆうひ、その中にひたり切って、窓際のグランド・ピアノを叩いて居るのは
葬送行進曲 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
駒をとどめて猫背ねこぜになり、川底までも射透さんと稲妻いなずまごとを光らせて川の面を凝視ぎょうししたが、潺湲せんかんたる清流は夕陽ゆうひを受けて照りかがやき、瞬時も休むことなく動き騒ぎ躍り
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
沈み行く夕陽ゆうひの最後の光が、窓硝子ガラスを通して室内をのぞき込んでいる。部屋の中には重苦しい静寂が、不気味な薬の香りと妙な調和をなして、悩ましき夜の近づくのを待っている。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
ころは春五月の末で、日は西に傾いて西側の家並みの影が東側の家のいしずえから二三尺も上にい上っていた。それで尺八を吹く男の腰から上はあざやかな夕陽ゆうひに照されていたのである。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
或る時、もう午後遅く、西に面した窓硝子に、赤い夕陽ゆうひがぎらぎら映ってる時のことだった。彼はふいに立上って、彼女を捉えて、窓硝子の夕陽と睥めっこをしようと云い出した。
或る素描 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
雲を洩れたわずかな夕陽ゆうひのなかを、鶏はくびを立て、鋭い眼でひとところを見据みすえていた。背の高さは、三尺ほどもある。白木は縁側にかけたまま、なにかいらだたしそうに呟いた。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
窓から差し込んで春の夕陽ゆうひを受けて鈍い光を放っている冷たい膚を、凝乎じっと眺めながら洋袴ズボンのポケットへ納めたのであったが、もちろん今私の全身をたぎらせている憤怒と無念さを
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
塔の尖端せんたんについている九輪のあたりに、浮雲が漂っていて、それに夕陽ゆうひが映ってくれないに染まった、所謂いわゆる天平てんぴょう雲を背景とした塔を仰ぎたい、というのが私の長い間の願望であった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
谷中やなかから上野うえのける、寛永寺かんえいじ土塀どべい沿った一筋道すじみち光琳こうりんのようなさくら若葉わかばが、みちかれたまんなかたたずんだ、若旦那わかだんな徳太郎とくたろうとおせんのあにの千きちとは、おりからの夕陽ゆうひびて
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
それから談話はなしにはまた一段いちだんはないて、日永ひながの五ぐわつそらもいつか夕陽ゆうひなゝめすやうにあつたので、わたくし一先ひとま暇乞いとまごひせんとをりて『いづれ今夜こんや弦月丸げんげつまるにて——。』とちかけると
ぱだかで、シャワルウムに飛びこみ、頭から、ザアザアお湯を浴びているうち、一人が、当時の流行歌(マドロスのこい)を≪赤い夕陽ゆうひの海に、歌うは、恋のうウた≫と歌いだし、みんな
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
次第に日が暮れ、霧が起こり、峰には夕陽ゆうひが残っているが、ふもとを見れば薄暗い。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今まで赤々していた夕陽ゆうひがかげって、野面のづらからは寒い風が吹き、方々の木立や、木立の蔭の人家、黄色い懸稲かけいねくろい畑などが、一様に夕濛靄ゆうもやつつまれて、一日苦使こきつかわれて疲れたからだものうげに
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
露が夕陽ゆうひの頃まで残る事はなく、又朝顔とても同じ事、朝日が高く登れば萎むべき運命なのである。人々と人々の住家も所詮は朝顔に置く朝露と、朝顔の運命とを辿たどらねばならないものである。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
だがけっして犬死いぬじにでなかった、山田は数十年ののちに、その書きのこした手帳が、なんぴとかの手にはいるとは、予期よきしなかったろうと思う、絶海ぜっかい孤島ことうだ、だれがちょうぜんとして夕陽ゆうひの下に
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ああ名残なごり夕陽ゆうひはえやひとしきりそそぐ枯桑の原の金色こんじきの光
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
夕陽ゆうひにつつまれたひとつの小石がころがっていた
貧しき信徒 (新字新仮名) / 八木重吉(著)
夕陽ゆうひが、そのはねをいっそう赤くしています。
赤とんぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
傾むきつくす夕陽ゆうひ
恋しき最後の丘 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
横手の桟敷裏さじきうらからななめ引幕ひきまくの一方にさし込む夕陽ゆうひの光が、その進み入る道筋だけ、空中にただよう塵と煙草の煙をばありありと眼に見せる。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もう、忍びやかな夕陽ゆうひの影が、片側の松平越中様の海鼠塀なまこべいにはい寄って、頭上のけやきのこずえを渡る宵風には、涼味りょうみがあふれる。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こう思いながら、鞍馬くらまの竹童は、野末にうすづく夕陽ゆうひをあびて、見わたすかぎり渺茫びょうぼうとした曠野こうやの夕ぐれをトボトボと歩いていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
涙ににじんだ眼をあげて何の気なく西の空をながめると、冬の日は早く牛込うしごめの高台の彼方かなたに落ちて、淡蒼うすあおく晴れ渡った寒空には、姿を没した夕陽ゆうひ名残なごりが大きな
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
別に捜し回りもしないで、夕陽ゆうひを受けてる赤いフォールムを見、深い蒼空あおぞらが青い光のふちとなって向こうに開けてる、パラチーノ丘の半ばくずれてる迫持せりもちを見た。
ちょうど、だるまが夕陽ゆうひなかあかくいろどられて、ハーモニカをいているようにえたのであります。
雪だるま (新字新仮名) / 小川未明(著)
宇津木の妹を送り出したのは夕陽ゆうひが御岳山の裏に落ちた時分です。しばらくして竜之助の姿を、万年橋の下、多摩川の岸の水車小屋の前で見ることができました。
自転車も、朝はよいけれど、焼けつくような、暑熱しょねつのてりかえす道を、背中に夕陽ゆうひをうけてもどってくるときのつらさは、ときに呼吸いきもとまるかと思うこともある。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
疑問のあやしい船「鉄の水母」も、いつしか夕陽ゆうひにはえる美しい波まに、ずぶりと沈んでしまった。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
僧はそのまま簷下のきしたを離れてみちへおり、夕陽ゆうひの光の中を鳥の飛ぶように坂上さかうえの方へ登って往った。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
秋の初の西に傾いたあざやかな日景ひかげは遠村近郊小丘樹林をくまなく照らしている、二人の背はこの夕陽ゆうひをあびてそのかたぶいた麦藁帽子むぎわらぼうしとその白い湯衣地ゆかたじとをともに照りつけられている。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
銀のすすきの波をわけ、かがやく夕陽ゆうひの流れをみだしてはるかにはるかにげて行き、そのとおったあとのすすきは静かな湖の水脈みおのようにいつまでもぎらぎら光って居りました。
鹿踊りのはじまり (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
あたかも浪の打附ぶつかって様々に砕くるのが、あさひに輝き、夕陽ゆうひに燃え、月にあらわれ、時雨にかくるる、牡丹ぼたんの花に、雌雄の獅子ししの狂うさまを自然に彫刻きざんで飾ったような、巌を自然の石垣は
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
義隆はのこんの夕陽ゆうひの中で、顔をほころばせて笑ったが
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)