みち)” の例文
加之おまけみちが悪い。雪融ゆきどけの時などには、夜は迂濶うっかり歩けない位であった。しかし今日こんにちのように追剥おいはぎ出歯亀でばかめの噂などは甚だ稀であった。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
みちのわかるまで私の白い燈火あかりを見せましょう。路がわかっても、声を出さないで下さい。上へ行き着いた時にも呼ばないで下さい」
おかの麦畑の間にあるみちから、中脊ちゅうぜい肥満ふとった傲慢ごうまんな顔をした長者が、赤樫あかがしつえ引摺ひきずるようにしてあるいて来るところでありました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
不思議ふしぎあねは、まちなかとおって、いつしか、さびしいみちを、きたほうかってあるいていました。よるになって、そらにはほしまたたいています。
灰色の姉と桃色の妹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
雪のふかく降りつもっているみちを歩いているとき、一羽の小鳥が飛んで来て彼の周囲を舞い歩いた。少年の栖方はそれが面白かった。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
私はその娘さんが、あとから来るのだろう、来るのだろうと、見返り見返りしながら手を曳かれて行ったが、なかなかみちは遠かった。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
みちばたで声のするように、こうした上方かみがた女郎衆の輸送は、三日にあげず通った。もちろん流れてゆく先は、新開発の江戸表である。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神楽坂かぐらざかへかゝると、ひつそりとしたみちが左右の二階家にかいやはさまれて、細長ほそながまへふさいでゐた。中途迄のぼつてたら、それが急に鳴りした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
本郷の村落むらを通って、みちはまた土手の上にのぼった。昨日向こう岸から見て下った川を今日はこの岸からさかのぼって行くのである。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
みちの上や小屋のかげに膝先ひざさきついて、見るような見ないような——そのくせまざまざと自分の大切な人を感じながら静かに控えていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
かるみちは吾妹子が里にしあれば、……吾妹子が止まず出で見しかるいちに』とあるので、仮に人麿考の著者に従つてかく仮名した。
人麿の妻 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
ある日小ぐまさんがみちばたであそんでゐますと、おねこさんが通りがゝりました。お猫さんは、ふところから 赤いものをとりだして
まるで人気ひとけがないように感じられたそうですが、それでも婆さんが歩いていると、みちにころがっている石も一つ一つはっきりと見えて
二人の青年紳士しんしりょうに出てみちまよい、「注文ちゅうもんの多い料理店りょうりてん」にはいり、その途方とほうもない経営者けいえいしゃからかえって注文されていたはなし。
白はただ夢のように、ベンチのならんでいるみちばたへ出ました。するとその路の曲り角の向うにけたたましい犬の声が起ったのです。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蛍さえもひどく暗いところで鮮かにぴかりぴかり光り、ときどき並みはずれてよく光るのがみちを横ぎって流れ、彼をおどろかした。
こうした山里の夜のみちなどを歩くことをあまり経験せぬ人であったから、身にしむようにも思い、またおもしろいように思われた。
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
みちはその丘のふもとまでほの白く真直ぐに伸びているけれど、丘に突き当ってそれから先はどうなるのだか、此処ここからはよく分らない。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
みちの二三丁も歩いたが、桂はその間も愉快に話しながら、国元くにもとのことなど聞き、今年のうちに一度故郷くにに帰りたいなどいっていた。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
別にこれという意味はなかったのだけれど、恰度ちょうどその方向が、帰りみちになっていたせいもあり、又、彼の「ひま」がそうさせたのだ。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
帆村はまるで迷路の中にみちを失ってしまったように感じた。かれはポケットを探ってそこにしわくちゃになった一本のたばこを発見した。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
現に我々の親・おおじの通って来たみちが是であり、今でも一部の同胞が天然にはばまれて、なお脱却しかねている境涯も是だからである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あなたはあなたのみちを別々に辿たどられたのも致方は無いものゝ、先生が肉のころもを脱がれた今日、私は金婚式でも金剛石婚式こんごうせきこんしきでもなく
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その間に広き敷石詰めの廻りみちがある。普通の僧侶はその廻り路へ集まって来ますので、その二階三階にも僧侶の集まるところがある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「三つの心は百までも」「老馬みちを忘れず」という。青年時代に植えた種子たねは、よかれ、しかれ、いつまでも身辺にまといつく。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
往還わうくわんよりすこし引入ひきいりたるみちおくつかぬのぼりてられたるを何かと問へば、とりまちなりといふ。きて見るに稲荷いなりほこらなり。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
髪は二寸も延びて、さながら丹波栗の毬を泥濘ぬかりみちにころがしたやう。目は? 成程独眼竜だ。然しヲートルローで失つたのでは無論ない。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
わしには、一つ、いい考えがあるのです。相談に乗って下さい。何も皆、正義のためです。わしの行くべきみちは、それだけです。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
「なんだか、ぼんやりした。あのおくめのことがあってから、おれもどうかしてしまった。はて、おれもみちに迷ったかしらん……」
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こう怨毒えんどくいずれに向かってか吐き尽くすべきみちを得ずば、自己——千々岩安彦が五尺のまず破れおわらんずる心地ここちせるなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
引返して馬車を雇はうと思つたがこの停車場ステエシヨンには馬車が居ないと曙村が云ふ。路普請みちぶしんをして居る土方に聞くと、このみち真直まつすぐけ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
すなわちそのみちとはなし、今の学校を次第しだいさかんにすることと、上下士族相互あいたがい婚姻こんいんするの風をすすむることと、この二箇条のみ。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
もちろんハッキリとではなかったが、そうしてひどく狭くもあったが、みちらしいものがウネウネと一筋ついていたからである。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
みちのまん中の勘の死骸しがいをとりまいているので、周囲のほうは稀薄きはくになりつつある、そのまばらなところを縫って、ずんずん行ってしまった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
抽斎の姉須磨すま飯田良清いいだよしきよに嫁して生んだむすめ二人ふたりの中で、長女のぶ小舟町こぶねちょう新井屋半七あらいやはんしちが妻となって死に、次女みちが残っていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
みちは前の山路よりも更に悪くって自動車の動揺がはげしい。二、三里も来たろうと思うころ、お花畠ともいうべき秋草の咲いている所に出た。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
『国民の友』の春季附録には、江見水蔭えみすいいん星野天知ほしのてんち後藤宙外ごとうちゅうがい、泉鏡花に加えて彼女の「別れみち」が出た。評家は口をそろえて彼女をたたえた。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼等かれら幾夜いくよをどつて不用ふようしたときには、それが彼等かれらあるいたみちはたほこりまみれながらいたところ抛棄はうきせられて散亂さんらんしてるのをるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
母と青年とが、いつもの散歩みちを、寄り添いながら、親しそうに歩いている姿だけが、頭の中にこびり付いて離れなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
けれども両方がふいに出合うか、どうしても顔を合せるほか仕方のないようなみちででも出合うと、熊も絶体絶命になって、激しく襲い掛るのです。
(新字新仮名) / 久米正雄(著)
そのうち、どうしたことか、いつもれきつてゐる森の中で、すつかりみちをまよつて、どうしても出られなくなりました。
幸坊の猫と鶏 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
今夜の宿はみちに向って古い手すりのある旅籠はたごだ。御茶菓子おちゃがしに EISEIGIYO という判を押した最中もなかが出た。明日は朝早く海峡を渡る……
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そればかりでなく、プセットが通りみちにまごまごしていると、つかまえて、頭といわず、肩といわず、殊に横っ腹を厭というほどひっぱたいた。
老嬢と猫 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
玉川に遊ぶ者は、みち世田が谷村をん。東京城の西、青山街道を行く里余りよ、平岡逶迤いいとして起伏し、碧蕪へきぶ疎林そりんその間を点綴てんていし、鶏犬の声相聞う。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
初めの一里ばかりは馬君うまくん風をって駆けたが、次第に暗くはなるし、山路の事とてみちは素敵に悪るい。路の中には大きな石がゴロゴロしている。
空もみちも暗かった。三人はポルタ・ヌオバの門番にまいないして易々やすやすと門を出た。門を出るとウムブリヤの平野は真暗に遠く広く眼の前にひらわたった。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
(前にもいへり)往来ゆきゝみちにも掘あげありて山をなすゆゑ、春雪のこほるにいたれば、この雪の山に箱梯はこばしごのごとくだんつくりて往来のたよりとす。
と小兼はお蘭を連れてみちを聞き/\竹ヶ崎の山へ来て見ると、芝を積んで枳殻きこくを植え、大きな丸太を二本立て、表門があり、梅林うめばやしが有りまして
そのみちはまだ一度も通ったことのない路であった。そして、ある城郭まちへいったが、そこは帝王のいる都のようであった。
考城隍 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
馬琴の口述を嫁のおみちさんが泣き泣き紙に写したというが、最後の原稿である「八犬伝跋文ばつぶん」はひじょうな名文である。
平次と生きた二十七年 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)