にじ)” の例文
空を横切るにじの糸、野辺のべ棚引たなびかすみの糸、つゆにかがやく蜘蛛くもの糸。切ろうとすれば、すぐ切れて、見ているうちはすぐれてうつくしい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自然に出る、女の言葉は、瞬間のにじのやうなものであるだけに、富岡は、誘はれる気持ちで、ゆき子の指を取り、唇に持つて行つた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
いま、そのうしろ、東の灰色の山脈の上を、つめたい風がふっと通って、大きなにじが、明るいゆめの橋のようにやさしく空にあらわれる。
マリヴロンと少女 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
黒い海は、やがてその底の蒼緑色あおみどりいろと、表面の波立ちとをあきらかにし、げんに散る白い飛沫ひまつを縫い、ほのかに細いにじの脚が明滅した。
朝のヨット (新字新仮名) / 山川方夫(著)
すると「湯気の中に、にじのような、赤や青の色がついています。これは白い薄雲が月にかかったときに見えるのと似たようなものです」
「茶碗の湯」のことなど (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
無数の宝石のために、暗やみでもにじのような光をはなつというので、この時計は、「皇帝の夜光の時計」と名づけられていました。
青銅の魔人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
他の一隊は、今や帝都の上にさがろうとする毒瓦斯の煙幕えんまくよりは、更に風上に、薄紅うすあかにじのような瓦斯を物凄ものすごくまきちらして行った。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこには華手はでなモスリンの端切はぎれが乱雲の中に現われたにじのようにしっとり朝露にしめったままきたない馬力の上にしまい忘られていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
にじの色を七つに分けるのも、もしも、各色の範囲を定めるならば、境界のないところに境界を造って、一種の模型に直したことにあたる。
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
両国橋は鉄橋になつてにじのやうな新興文化の気をよこたへてゐる。本所ほんじよ地先の隅田川百本杭は抜き去られて、きれいな石垣になつた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ところ艶麗あでやかな、奥方とか、それ、人間界で言ふものが、にじの目だ、虹の目だ、と云ふものを(くちばしす)此の黒い、鼻の先へひけらかした。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
私が学士と一緒に高い荒廃した石垣の下を帰って行く途中、東の空に深い色のにじを見た。実に、学士はユックリユックリ歩いた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
紅の光! ——それは忠烈の光輝だといってもいい。紫の霧! ——それは武神の剣が修羅の中にひいて見せた愛のにじだと考えてもいい。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
糸が……蜘蛛の巣のような釣り糸が、ねばって、光って、にじの如くに飛んだ。からんだのである。造酒の刀身に渦をまいてまつわりついたのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
噴き井の上には白椿しろつばきが、まだまばらに咲き残って、絶えず湧きこぼれる水の水沫しぶきは、その花と葉とをれる日の光に、かすかなにじを描いていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして属名の Iris はにじの意で、それは属中多くの花が美麗びれいないろいろの色に咲くから、これを虹にたとえたものだ。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
赤と黄と、緑青ろくしょうが、白を溶いた絵の具皿のなかで、流れあって、にじのように見えたり、彩雲あやぐものように混じたりするのを
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
プーッと吹き出す血の泡沫しぶきが、松明の光でにじのように見えた。と、もうその時には葉之助は、ピタリ中段に付けていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
七色のにじを望みながら、悠然と御帰館相成ろうという寸法であったが、問屋がそううまく卸してくれぬことがあって、一度ひでえ目に遭ったことがある。
雷嫌いの話 (新字新仮名) / 橘外男(著)
この黒いものは彼女の血と、弾薬のすすなのです。けれども、この中から光っているダイヤ特有のにじの色を御覧なさい。
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ナポレオン・ボナパルトの腹は、チュイレリーの観台の上で、折からのにじと対戦するかのように張り合っていた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
真綿まわたのようにやわらかい雪の上をまわると、雪のが、しぶきのように飛び散って小さいにじがすっと映るのでした。
手袋を買いに (新字新仮名) / 新美南吉(著)
みごとなにじが立ってその下の海面が強く黄色に光って見えた。右舷うげんの島の上には大きな竜巻たつまきの雲のようなものがたれ下がっていた。ミラージュも見えた。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
□三月上巳の節句とて往来し、艾糕くさもちを作ておくる、石竹・薔薇ろうさばら罌粟けしともに花咲く、紫蘇生じ、麦みのにじ始て見ゆ。
夕立の後では、ここ以外ではめったに見られないようなくっきりと美しいにじが、空いっぱいに橋をかける。その丸い橋の下を、白鷺しらさぎが群をして飛んでいる。
蝗の大旅行 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
これからはらがだぶだぶになるまでむのです。そしてねむくなると、にじでもくやうなをくび を一つして、ごろりとよこになるのです。とかみなりのやうないびきです。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
消えてゆく雲の上ににじが輝き出していた。涙に洗われたようないっそう滑らかな空の眼差まなざしが、雲を通して微笑ほほえんでいた。それは山上の静かな夕べであった。
日本兵のなすに足らざるを言って、にじのごとき気焔きえんを吐いた。その室に、今、垂死の兵士の叫喚うめきが響き渡る。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
是はにじの地方語変化についてすでに証明せられ、古くは『徒然草つれづれぐさ』にミナムスビ・ニナムスビの説もあった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その神は不思議な大釜おおがまに五色のにじを焼き出し、シナの天を建て直した。しかしながら、また女媧は蒼天そうてんにある二個の小隙しょうげきを埋めることを忘れたと言われている。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
その霧の上には、マホメット教徒が現世から永劫えいごうの国へゆく唯一ゆいいつの通路だという、あのせまいゆらゆらする橋(14)のような、壮麗なにじがかかっていました。
新羅しらぎくに阿具沼あぐぬまというぬまのそばで、ある日一人ひとりの女が昼寝ひるねをしておりました。するとふしぎにも日のひかりにじのようになって、ている女のからだにさしみました。
赤い玉 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
この二十夜のうち五編はすでに一八三六年に文学誌『イリス(にじ女神めがみ)』第二号上に発表されている。
絵のない絵本:02 解説 (新字新仮名) / 矢崎源九郎(著)
私の胸にかすかな淡いにじがかかって、それは恋でも愛でもなかったけれども、年月の経つほど、その虹はあざやかに色彩の濃さを増して来て、私はいままで一度も
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この二十夜のうち五編はすでに一八三六年に文学誌『イリス(にじ女神めがみ)』第二号上に発表されている。
見よ! 彼の馬のゆくところひづめをもって雑兵をけちらし、彼の太刀のひらめくところ、血けむりにじのごとく立ちのぼって敵兵のしかばねをつむ、壮絶まさに鬼神の勇である。
だんまり伝九 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
雲根志うんこんし灵異れいいの部に曰、隣家となり壮勇さうゆうの者あり儀兵衛といふ。或時田上谷たがみだにといふ山中にゆき夜更よふけかへるに、むかうなる山の澗底たにそこより青く光りにじの如くのぼりてすゑはそらまじはる。
と、天地に身の置き所も無い若い盗賊、権勢家三斎を前に置いて、にじの如き気を吐くのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
肉づきのいいうなじにはにじのようにギラギラ光る水晶の頸飾くびかざりをして、眼深まぶかに被った黒天鵞絨びろうどの帽子の下には、一種神秘な感じがするほど恐ろしく白い鼻の尖端せんたんあごの先が見え
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
また、はねあがるしぶきは、高い絶壁をおおい、熱帯の強い日光があたって、絶壁の肩に、七色のにじをかけている。このたたかいは、はてもなく、くりかえされているのである。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
依怙贔屓えこひいきでない程度で、「地上のにじ」と題した彼女の作品が、どうにか二等くらいに当選すべき運命にまでぎつけた時になって、栗原夫人の名をつかったことが暴露した結果
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
淡白うすじろい空に黒い輪郭を画している寺の屋根。その上方ににじのような輪をかぶった黄色な月がかかっている。通用門の両側には提灯ちょうちんを持った僧二人立ちいる。舞台月光にてほの暗し。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
が、そこに新生した蒼穹そうきゅうは、全く旧態をやぶったすがただった。白髪白髯はくはつはくぜんの博識たちがあっとおどろいているうちに、山から山へ、いつの間にか脈々たる黄道こうどうにじが横たわっていた。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
車漸く進みゆくに霧晴る。夕日ゆうひ木梢こずえに残りて、またここかしこなる断崖だんがいの白き処を照せり。忽にじ一道いちどうありて、近き山の麓より立てり。幅きわめて広く、山麓さんろくの人家三つ四つが程を占めたり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
総じて貴人というものは、上淫じょういんたしなむのです。そなた二人は、にじとだに雲の上にかける思いと——いう、恋歌を御存じか。そのとおり、王侯のきさきさえも、犯したいと思うのが性情ならいなのじゃ。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
時々、薄い雲がそれにかかってにじのような色に染められた。庭には木々の黒い影が、足の入れどころもないまでに縦横に落ちていた、庸介は小松の林をぬけ、池を廻って母屋おもやの裏手へ出た。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
独身の将校のためのその寄宿舎は、営門をはいって左手へ降りた窪地くぼちにあった。ひら家の陰気な建物だが、錦旗革命を夢みている青年将校たちがそこでにじのような気焔きえんをあげていたものだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
ある事務所の入口近くにいつも出来ている水溜みずたまりの中に石油がにじのようにぎらぎら光っているのなどを、いかにも不安そうに、じっと何かこらえている様子で、見守っていなければならなかった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
薬売くすりうりの少年しょうねんは、したるとはるかになみいわくだけ、ひかりして、うつくしいにじえがいています。なるほど、がけのしたまで、つちけずとされて、五しきいろどられたしおにおうみせまっていました。
薬売りの少年 (新字新仮名) / 小川未明(著)
父は冬の藁為事わらしごとの暇に教員のところに遊びに行くと、今しがた届いたばかりだといふ三稜鏡さんりようきやうを見せられた。さうして日光といふものはうして七色の光から出来て居る。にじの立つのはつまりそれだ。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)