平常いつも)” の例文
平常いつもは死んだ源五郎鮒の目の樣に鈍い目も、此時だけは激戰の火花の影を猶留めて、極度の恐縮と嘆願の情にやゝ濕みを持つて居る。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
幸吉こうきちは、またかわいそうに、自分じぶん平常いつもジャックをかわいがってやるものだから、たすけてくれるとおもって、うち物置ものおきにきてかくれたのだ。
花の咲く前 (新字新仮名) / 小川未明(著)
この男の王仏元おうぶつげんというのも、平常いつも主人らの五分ごぶもすかさないところを見聞みききして知っているので、なかなか賢くなっている奴だった。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
きよそれからすぐきた。三十ぷんほどつて御米およねきた。また三十ぷんほどつて宗助そうすけつひきた。平常いつも時分じぶん御米およねつて
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
姉さん達は白い着物を着て、平常いつもより何倍美しいか知れない。頭に花を揷している。乃公の耳を引張ったりしそうには見えない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
平常いつもはあまり眼に立たぬほどの切れの浅い二重瞼が少し逆上ぼっとなって赤く際だってしおれて見えた。睫毛が長くを霞めている。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
それほどの珍客があると云うに平常いつもの如く書生ばかりで手伝の人も来ていず、座敷も取散とりちらした儘で掃除する様子もありません。
しかし其後では必ず嫉妬心と憎悪とがいて来る。れが他人の夫人であるからだ。彼は平常いつもの通り勝手な想像を胸に描いて此心持を消そうとした。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
平常いつものように平気の顔で五六人の教師の上に立ち百の児童を導びいていたが、暗愁の影は何処どことなく彼に伴うている。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
うむかれないな。よし、肯かれなきゃあ無理に肯かすまでのことだ。して見せる事があるわい。というは平常いつも折檻せっかんぞとお藤は手足をすくめ紛る。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その悲慘な物語を、だん/\つゞけて行くうちに、昂奮のために疲れて、私の言葉は平常いつもよりもずつと抑へられてゐた。
幾干いくばくもない自己の生命を、正太は自覚するもののように見えた。その日は沈着おちついて、言うことも平常いつもと変らなかった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
じぶんの家の方へ帰っていたと思っていたものが、反対に隣村の方へ往って、其処の渡船わたし場へ出てやっと気がいたと云うような話は平常いつものことであった。
村の怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
さむかあんめえな」おつぎはこともなげにいつた。與吉よきちふところなかしきりにせがんでる。おしな平常いつものやうでなくなにつてなかつたので、ふとこまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
驚いたのはダンチョンで、彼は甘い自分達の恋を妨げられでもしたかのように、平常いつもの彼に似もやらずやにわに拳を揮り上げて支那青年に跳び掛かった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
親戚しんせきという名につながっていても、平常いつもはめったに顔を見せない不沙汰ぶさた者までが、今夜は一堂に寄ったのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平常いつもは茶店なども出てゐるらしいが、今日は雨で誰も出てゐない。二三日來の雨で、瀧は夥しく増水してゐるのだ相だ。大粒の飛沫が冷かに颯々と面を撲つ。
熊野奈智山 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
「イヤ、一文多く渡したのだが、平常いつもなら何でも無いが、こういう場合だから、又右衛門め周章あわてたなと思われるのが残念だから、一寸ちょっと行って取戻してくる」
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
それに平常いつもはあんなに多勢入り交り立ち替り附いていて下すったのに、あいにく今朝はほんの私一人きりでね。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
第一お前は平常いつもと違って三時間以上余計に朝寝をしていたのはどういう訳か。絞め殺しておいて胡魔化ごまかすつもりで寝ていたのが、つい寝過したのじゃないか。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
家中うちじゅうの者の定説では、わたしはたしかに猫のかたきと見られている。わたしはかつて猫を殺したことがある。平常いつも好く猫をつ、ことに彼等の交合の時において甚しい。
兎と猫 (新字新仮名) / 魯迅(著)
その吹き溜りには、濃い茶褐色の泡が平常いつも溜っています……去年の夏水泳をしながらあの中へはまり込んで、随分気味の悪い思いをしましたから、よく覚えていますよ
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「で、兄貴が乗込んで行って、平常いつもで存分に啖呵たんかを切って、思い切りいやがらせを言うんだ」
そこあいちやんは恰度ちやうど稽古けいこときのやうに前掛まへかけうへ兩手りやうてんで、それを復習ふくしうはじめました、が其聲そのこゑ咳嗄しわがれてへんきこえ、其一語々々そのいちご/\平常いつもおなじではありませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
平常いつもつもりで何心なくそとから帰って見ると、母が妙な顔をして奥から出て来て、いつになく小声で、お前は、まあ、何処へ行ッていたい? お祖母ばあさんがおなくなンなすッたよ、という。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ルピック氏は、平常いつもよりゆっくりしているわけでもなく、また急ぐわけでもない。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
わたくし服装みなり瞬間しゅんかんかわりましたが、今日きょう平常いつもとはちがって、には白練しろねり装束しょうぞくには中啓ちゅうけいあしにはつるんだ一しゅ草履ぞうり頭髪かみはもちろん垂髪さげがみ……はなはださッぱりしたものでございました。
平常いつもの私でしたら嘲笑しながら冷かし半分にまぜっ返して聞くのが落ちですが、今は到底そんな気にはなれませんでした。何故と云って、その人の話ぐらい私の胸を打ったものはなかったからです。
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
起きればうれはしい 平常いつものおもひ
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
平常いつもは死んだ源五郎鮒の目の様に鈍いまなこも、此時だけは激戦の火花の影を猶留めて、極度の恐縮と嘆願の情にやゝ湿うるみを持つて居る。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
乃公おれが傍へ行ってお島に教わった通りに挨拶したら、平常いつもになく丁寧に答礼をした。いよいよ此奴が乃公の兄さんになるんだな。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
此の男の王仏元といふのも、平常いつも主人等の五分もすかさかいところを見聞して知つてゐるので、中々賢くなつてゐる奴だつた。
骨董 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
平常いつもはもとより、たとえ天気てんきのよくないようなであっても、このみなとなかだけはあまりなみたかたず、ここにさえのがれれば安心あんしんというので
カラカラ鳴る海 (新字新仮名) / 小川未明(著)
もしそれが平常いつもの通りわかるならちょっとえらいところがある。五六分するとその本をたたき付けるように机の上へほうり出す。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平常いつもと違って客はないし、階下した老婢ばあさん慈姑くわいを煮る香ばしい臭いをききながら、その夜くらい好い寝心地の夜はなかった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
其処そこ平常いつもの通り弁当持たせて磯吉を出してやり、自分も飯を食べて一通ひととおり片附たところでバケツを持って木戸を開けた。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さてやがて乗込のりこむのに、硝子窓ガラスまど横目よこめながら、れいのぞろ/\と押揉おしもむでくのが、平常いつもほどはだれ元気げんきがなさゝうで、したがつてまで混雑こんざつもしない。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
実が前垂掛で胡坐あぐらにやっている側には、大きなきりの机が置いてあって、その深い抽斗ひきだしの中に平常いつも小使が入れてある。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たま/\抽斗ひきだしからしたあかかぬ半纏はんてんて、かみにはどんな姿なりにもくしれて、さうしてくやみをすますまでは彼等かれら平常いつもにないしほらしい容子ようすたもつのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
平常いつもならば私も挨拶の一つ位ゐはする所であるが、彼等の好奇に動く顏を見るとまた不愉快がこみ上げて來て目禮一つせず、默つたまま、隅の方に腰を下した。
熊野奈智山 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
そして、翌々日の午後来ると云った女のことばを信用して、その日は学校に往ったが平常いつもの習慣で学校の食堂でうことになっている昼飯ひるめしをよして急いで帰って来た。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「は……この先の河和田かわだに住んでおる若い職人で、平常いつも、酒ばかり飲んで、喧嘩ばかり仕かけ、村でも仲間でも、手におえぬ厄介者とされておる奴でござります」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時に私が平常いつもの通りのニコニコ顔で鷹揚にうなずいた態度も、いかにも名優気取であったと言う。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もう私は平常いつもの通りに落着いた氣持になつてゐた。そのジプシイの樣子には何一つ人の心を亂すやうなものなど無かつた。彼女は本を閉ぢると、ゆつくりと眼をあげた。
後では一緒に碁など打って、平常いつものような調子で別れたが、叔父の顔色はよくなかった。二人は事務員に帳簿を持ってこさして、長いあいだ細かしいことを話し合っていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
平常いつも白粉おしろいを着ければ知れねえ様になり段々薄くなるから心配しんぺえしねえがえゝよ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
雲の間をお通りなさる時は、忍びやかに恐ろしそうに、丁度暗殺者の群の中を及び腰で通って行くようだ。お月様の周囲を取りかこんでいる雲は、平常いつもの夜とは違って形が怪しく見えるじゃないか。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
其夜の夢に逢瀬おうせ平常いつもより嬉しく、胸ありケの口説くぜつこまやかに、恋しらざりし珠運を煩悩ぼんのう深水ふかみへ導きし笑窪えくぼ憎しと云えば、可愛かわゆがられて喜ぶは浅し
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
平常いつもやういぬがゐるとかつたんですがね。生憎あいにく病氣びやうきなので、四五日前にちまへ病院びやうゐんれて仕舞しまつたもんですから」と主人しゆじん殘念ざんねんがつた。宗助そうすけ
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
心もち平面ひらおもての、鼻が少し低いが私の好きな口の小さい——尤も笑うと少し崩れるが、——眼も平常いつもはそう好くなかった。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)