くら)” の例文
通行の人なければ樹下の草に坐し鳥語をきゝつゝ獨り蜜柑をくらふ。風靜にして日の光暖なれば覺えず瞑想に沈みて時の移るを忘る。
荷風戦後日歴 第一 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
いま敵國てきこくふかをかして、邦内はうない騷動さうどうし、士卒しそつさかひ(一七)暴露ばくろす。きみねてせきやすんぜず、くらうてあぢはひあましとせず。百せいめいみなきみかる。
子供も幾人か生みたれど、我に似ざれば我子にはあらずといいてくらうにや殺すにや、みないずれへか持ち去りてしまうなりという。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
くらって、ボートの中にぶっ倒れてしまいました。それ切り、何も知りません。ボートが爆発したというのも、今聞くのが初めてです
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
臨済りんざいは三たび黄檗おうばくに道をたずねて、三たび打たれた。江西こうせいの馬祖は坐禅すること二十年。百丈の大智は一日さざれば一日くらわず。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
くらうときにははしを投じ、したるときにはち、ただちにいて診したのは、少時のにがき経験を忘れなかったためだそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「あの頃の赤羽は好景気時代の赤羽と違う。大戦後のガラをくらって、財産が三分の一になった上に、震災でひどい目に会ったんだからね」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
およそ外より人に入るものの人を汚し能はざる事を知らざる。そは心に入らず、腹に入りてかはやおとす。すなはちくらふ所のものきよまれり。」
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「しかし、不意だからちょっと驚きましたよ。」とその洋画家が……ちょうど俯向うつむいて巻莨まきたばこをつけていた処、不意をくらった眼鏡がきらつく。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吾々が藻西太郎を引立ようとすると狺々わん/\と吠て吾々にくらつこうとするのみか追ても追ても仲々聴ません、実に気の強い犬ですよ
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
〔譯〕あさにしてくらはずば、ひるにしてう。わかうして學ばずば、壯にしてまどふ。饑うるは猶しのぶ可し、まどふは奈何ともす可からず。
四年ぜんに彼は一度山下で狼に出遇であった。狼は附かず離れず跟いて来て彼の肉をくらおうと思った。彼はその時全く生きているそらは無かった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
また豚是は蹄わかるれども反蒭にれはむことをせざれば汝らにはけがれたる者なり、汝ら是等これらの物の肉をくらうべからず、またその死体しかばねさわるべからず。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
人は皆かくれてエデンのこのみくらって、人前では是を語ることさえはずる。私の様に斯うして之を筆にして憚らぬのは余程力むから出来るのだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
なんじ我言に背いて禁菓を食ひたれば、土は爾の為にのろはる。土は爾の為に荊棘いばらあざみを生ずべし。爾は額に汗して苦しみて爾のパンをくらはん」
草とり (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
なんじ我言に背いて禁菓きんかいたれば、土は爾の為にのろわる。土は爾の為に荊棘いばらあざみしょうずべし。爾は額に汗して苦しみて爾のパンをくらわん」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
苦沙弥先生の如きに至ってはただ干瓢かんぴょう酢味噌すみそを知るのみ。干瓢の酢味噌をくらって天下の士たるものは、われいまこれを見ず。……
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くらうべき詩」とは電車の車内広告でよく見た「食うべきビール」という言葉から思いついて、かりに名づけたまでである。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
「狹いよつてなア此處は、……此處へ寢ると、昔淀川の三十石に乘つたことを思ひ出すなア。……くらんか舟でも來さうや。」
鱧の皮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
我々は牛肉ぎうにくくらへども我々の邸内ていないに在る物捨て塲に於て牛骨を見る事はがたし。是自家庖廚はうちうの他に牛肉販賣店はんばいてん有るに由る。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
ごう/\とたけつて彼等に吹きあたる風の音は、その既に幾十の人命を呑みくらつてなほ飽きたらぬ巨獣のえる如く思はれた。
自から労して自からくらい、人の自由を妨げずして我が自由を達し、脩徳開智、鄙吝ひりんの心を却掃きゃくそうし、家内安全、天下富強の趣意を了解せらるべし。
中津留別の書 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
父在りし日さへ月謝の支出の血を絞るばかりにくるし痩世帯やせじよたいなりけるを、当時彼なほ十五歳ながら間の戸主は学ぶにさきだちてくらふべき急に迫られぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「ほいそいつもくらえるぞ、そうなんだ中将、金の音がしやあがる、毎晩だぜ、毎晩のように小判を数えてけつかるんだ」
這奴等こいつらア毎日毎晩、酒ばかりくらっているのが商売しょうべえだからね。お前様めえさまも用心しなせえ。こんな阿魔あまが蛇のように若旦那を狙っているんだから……。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「重右衛門が来て居る! 自分で火をけて置いて、それで知らん顔で、手伝酒をくらつてるとは図太いにも程がある」
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
かれらの慕はしき姿を見、かつかれらにくらはしむる物をえん——これがためには大いなる勞苦も樂し——とて 四—六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
彼奴あいつは今丁度くらい酔って寝て居やアがるうちそっと持って来て中をあばいてろうじゃアねえか、後で気が附いて騒いだってもと/\彼奴の物でねえから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
血汐ちしほの色の唇の薔薇ばらの花、肉をくら血汐ちしほの色の唇の薔薇ばらの花、おまへに血を所望しよまうされたら、はてなんとしよう、さあ、お飮み、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
そういうと、海嘯つなみをまきおこして、湯槽から、飛び出た。あおりをくらって、金五郎は、顔中、飛ばちりをかぶった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「忠成め、飛んだくらひぬけと見えるて。」豊後守はそつとその弁当箱に触つてみた。箱は鎧櫃よろひびつほどおもりがした。
其種族は之をくらふことを禁止し、し之を食したならば其の物は毒となりて、之を食したものに疾病をかもすなどの迷信も、これに加へることが出来よう。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
奴国の月は田鶴たずのように冠物かぶりものを冠っている。爾は奴国の月を眺めて、我とともに山蟹やまがにかりとをくらえ。奴国の山蟹は赤い卵をはらんでいる。爾は赤い卵を食え。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ゆえにわが日本人民は、氷山雪屋のうちに住するエスキモーのごとく鯨油を飲み、海豹かいひょうの肉をくらい、寒気と戦わんがためにこの世に生活するものにあらず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「山の上へ気をつけい。ここいらでは死にとうない。牧の顔を見てからじゃ。叶わぬ節にはくらいついてくれる」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
あんな下らん奴にはそう滅多にはお目にかかれん。肉体的にも彼は無気力で懦弱で老人臭い。その智力に至っては、ただくらい飲み羽蒲団に眠り、抱えの馭者を
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
厳格おごそかに口上をぶるは弁舌自慢の円珍えんちんとて、唐辛子をむざとたしなくらえるたたり鼻のさきにあらわれたる滑稽納所おどけなっしょ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
障子の影で自分も泣いている——何卒どうかして子供を自然に育てたい、拳固げんこの一つもくらわせずに済むものならなるべくそんな手荒いことをせずに子供を育てたい
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あるじに断りもなく手折りかかるような痴者しれものは、その罰で猪弾ししだまでもくらって命を落すのが当然の行きどころ。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
之をきつする其何椀なんわんなるをらざるなり、而して此を食ふを得るはまつたく人夫中の好漢こうかん喜作きさくちからにして、能く害菌と食菌とを区別くべつし、余等をして安全之をくらふを得せしむ
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
まさに大公爵の鼻面はなづら拳固げんこくらわせようとした。しかし種々の矛盾した感情の混乱に圧倒されていた。
それとは違つて、地球の上の自然といふ奴は、理想が食ひたさに、こちとらを胡桃くるみのやうに噛み砕きやあがるのです。理想込めにこちとらをくらつてしまやあがるのです。
堪えきれなかつたさうで年甲斐としがひの分別が一寸ちよつとどこやらへ行升て、大口をあきながら、思ひきつてピヨイーとび、俯向うつむいて余念のない武の孫芋まごいもの様なお鼻へくらひつかうとする。
鼻で鱒を釣つた話(実事) (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
すなわち新聞雑誌に掲げられる月旦げったんとか人物評論とかあるいはいわゆる三面記事を見ると、ぼうはかくのごときことをなし、国賊であるとか、その肉をくらってもあきたらぬとか
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
僕は当時世に樽柿をくらひてもなほ酔ふものなきに非ず、透谷の感性ははなはだ之に似たり。
透谷全集を読む (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
一〇七卑吝ひりん貪酷どんこうの人は、金銀を見ては父母のごとくしたしみ、くらふべきをもくらはず、一〇八穿べきをもず、得がたきいのちさへ惜しとおもはで、起きておもひ臥してわすれねば
空腹ひもじくなればくらひ、酒をのみては月琴を彈き、夜はただ女を抱くといふ風である。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
「只の洒だと思つて、よくもくらひやがつたな、畜生ツ、何うするか見るがいゝ」
さてイエス聖霊に導かれ悪魔にこころみられんために野に往けり、四十日四十夜くらうことをせずのちうえたり、試むるものかれに来りていいけるはなんじもし神の子ならば命じてこの石をパンと
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
親子のなかめてしばらく家を出ていた親父を、また引っ張り込もうとして大喧嘩をした時、外からくらい酔って帰って来た芳太郎に、刃物を振り廻されたことが、お袋にも気味が悪かった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)