虚空こくう)” の例文
とうとうとムダ口をしゃべって大人おとな見物けんぶつをけむにまいた蛾次郎がじろうは、そこでヤッと気合いをだして、右手の独楽こま虚空こくうへ高くなげた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
顏には大した苦澁の跡もなく、兩手は虚空こくうを掴んで居りますが、平次の行屆いた眼で見ると、不思議なことが二つ三つあるのです。
ふいに温かい寝床から引き出され、虚空こくうに引きずってゆかれ、神様の前に立たされるのは、思っても恐ろしいことに違いなかった。
さけんで、大音だいおん呵々から/\わらふとひとしく、そらしたゆびさきへ、法衣ころもすそあがつた、黒雲くろくもそでいて、虚空こくういなづまいてぶ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
峠の中腹と覚しい辺りから虚空こくうに高く一条の烽火のろしが金竜のように昇ったかと思うと再び前の静寂に帰り谿谷は睡眠ねむりに入ったらしい。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
(『占察経せんざつきょう』に曰く、「衆生しゅじょうの心体はもとより以来、不生不滅にして自性清浄なり。無障無礙むしょうむげなること、なお虚空こくうのごとし」と)
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
百済観音の虚空こくうに消え行くごとき絶妙の姿も、思惟の像にみらるる微笑も、かの苦悩の日のひそかなあこがれであったのだろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
『西遊記』と限らず、この種のいわゆる支那の奇書くらい放恣ほうしな幻想がその翼をかって、奔放ほんぽう虚空こくうけまわっているものも少いであろう。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
わが万寿丸は、その一本の手をもって、相変わらず虚空こくうをつかんで行き悩んでいた。船尾の速度計は三マイルを示していた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
すると二人が今来た道の方から空車からぐるまらしい荷車の音が林などに反響して虚空こくうに響き渡って次第に近づいて来るのが手に取るように聞こえだした。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
虚霊きょれい」を吹かず「虚空こくう」を吹かず、好んで「鈴慕」を吹きたがるところから見れば、それは何か手ざわりがよくて、虫がくといったような
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
隆吉の姿がいまではぼやけてしまって、風船のように、虚空こくうに飛んでしまっている。——与平も千穂子も寅年とらどしであった。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
口腔をだらしもなく虚空こくうに向けて歯をむき出し、二つの鼻腔から吐き出す太い二本の煙の棒で澄明な陽光ひかりを粉砕した。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
久しく頭をした後虚空こくうに昇り、自分で火を出し身をいて遺骸地に堕ちたのを、王が収めてこの塔を立てたと見ゆ。
大いに怒って修験者それ自身が狂気のごとく用意の防霰弾を手掴てづかみに取って虚空こくうに打ち付け投げ付けて霰と戦うです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
はかばかしき下人げにんもなきに、かかるみだれたる世に、此殿このとのをつかはされたるこゝろざし、大地たいちよりもあつし、地神ちじんもさだめてしりぬらん。虚空こくうよりもたかし。
……たった一人で寝起きをしている村外れの茶屋のかまどの前で、痩せかれた小さな身体からだ虚空こくうを掴んで悶絶していた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
喜太郎は、地の底をモーター・サイレンが走りまわるような悲鳴をあげながら、両手で虚空こくうを引っかきまわした。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
はなやかな気球はみるみる虚空こくうにグングン舞いのぼり、それにぶら下る痣蟹の黒い姿はドンドン小さくなっていった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おそらく彼女は熊武を引っ掴んで虚空こくう遥かに飛び去ったのであろう。いずれにしても魔女は姿を隠したのであるから、頼長の一党は勝鬨をあげて祝った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たてに受ると見えしが無慘むざんや女は一聲きやつとさけびしまゝに切下げれば虚空こくうつかんでのたうつひまに雲助又もぼう追取おつとり上臺がひざを横さまにはらへば俯伏うつふしに倒るゝ所を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それを引分ひきわけうとて拔劍きましたる途端とたんに、のチッバルトの我武者がむしゃめがけんいて駈付かけつけ、鬪戰たゝかひいどみ、白刃しらは揮𢌞ふりまはし、いたづらに虚空こくうをばりまするほど
瀕死ひんしの猫は、脚で、狂おしく虚空こくうを掻き、丸くちぢまるかと思うと、長々とり返り、しかも、声は立てない。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
私はよく、彼女のかぐわしい息の匂をおもい出して、虚空こくうに向って口を開け、はッとその辺の空気を吸いました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
何しろ玉菜の数が多くて、たかだかと虚空こくうそびえているような気がした。僕はこの光景にひどく感服した。ひとりの翁が車上にあって、二つの馬をぎょしている。
玉菜ぐるま (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
一生を悪と戦った、勇ましい戦士として。霊の軍勢の虚空こくうを遍満するそのなかに。そして冠が私の頭に載せられる。仏様の前にひざまずいて私がそれをうける。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
道也先生は、がたつく硝子窓ガラスまどを通して、往来の方を見た。折から一陣の風が、会釈えしゃくなく往来の砂をき上げて、むねに突き当って、虚空こくうを高くのがれて行った。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
勝平は最後の苦痛に入ったように、何物かをつかもうとして、二三度虚空こくうを掴んだ。瑠璃子は、その時始めて心から、夫のために、その白い二つの手を差し延べた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ブラ下げた長い長い二本のなわあしやわらかに空中に波うたして、紙鳶たここころ長閑のどか虚空こくうの海に立泳たちおよぎをして居る。ブーンと云うウナリが、武蔵野一ぱいに響き渡る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
大なる石は虚空こくうよりうなりの風音をたて隕石いんせきのごとく速かに落下しきたり直ちに男女を打ちひしぎ候。小なるものは天空たかく舞いあがり、大虚を二三日とびさまよひ候。
『井伏鱒二選集』後記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
トンボの小屋は、下湯島村から一里の、切立ったような山の半腹にあるので、根深き岩のすそを切込み、僅かに半坪ほど食い込ましてあとの半坪は虚空こくうに突出してある。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
行方ゆくえも分かぬ、虚空こくう彼方かなたにぎらぎらと放散しているんだ。定かならぬ浮雲のごとくあまはら浮游ふゆうしているんだ。天雲あまぐもの行きのまにまに、ただ飄々ひょうひょうとただよっている……
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
その向うにある御堂みどうの屋根などは霞んで見えない筈でございますが、この雲気はただ、虚空こくうに何やら形の見えぬものがわだかまったと思うばかりで、晴れ渡った空の色さえ
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
洞窟の奥の黒曜石のような眼玉が、あらぬ虚空こくうをみつめ、何やら深い物想いに耽っている様子。
手拭てぬぐいを以て馬と見せ、砂塵さじんを投げて鳥となし、つめより火を出してタバコを吸ひ、虚空こくうを飛行し地に隠れ、火の粉を降らして沃土ようどを現じ、その他さまざまの幻術を使ふ。……
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
そして自分も一歩々々『永劫えいごふ虚空こくう』を自己の胸に掘つて居ると考へあたらざるを得なかつた。
彼らは、ありとあらゆるふしぎな信心に夢中になり、夢幻の境に遊んだり、幻想におちいったりするし、しばしば奇怪なものを見たり、虚空こくうに音楽や人声を聞くこともある。
武運つたなく戦場にたおれた顛末てんまつから、死後、虚空こくうの大霊に頸筋くびすじつかまれ無限の闇黒あんこく彼方かなたへ投げやられる次第をかなしげに語るのは、あきらかに弟デックその人と、だれもが合点がてんした。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
すると、万年屋の二階の雨戸が二、三枚、あけに染まった虚空こくうの中へ、紙片かみきれか何んぞのようにひらひらと舞い上がりました。と、雨戸のはずれた中から真黒のけむりがどっと出る。
まだ生々しい死骸の、あばら骨が現われ、臓腑が飛び出し、顔面は跡かたもない赤はげになって、茶飲茶碗ちゃのみぢゃわん程もあるまんまるな目の玉が虚空こくうを睨んでいたとて不思議はない。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
草葺くさぶき屋根の家にからんでいるひさごの蔓の末が、離れて虚空こくうにある場合を捉えたものであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
かつて桑港サンフランシスコの古本屋で見たその頃の石版画に、シャスタ火山が、虚空こくうげられた白炎のように、盛り上っている下を、二頭立ちの箱馬車が、のろくさといずって、箱の中には
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
こうして数日すぎたところで、夜半比よなかごろになって玉音が急に苦しみはじめた。一所いっしょに寝ていた名音は驚いてび起きた。玉音は両手で虚空こくうつかみ歯を喰いしばって全身を痙攣けいれんさせた。
法華僧の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
まるでわけが分らぬように相手の顔を見つめていた。刀は肩へ斬りこまれた。まるでびっくり飛び上るような為体えたいの知れない短い喚きが虚空こくうへ消えた。斬られた肩を片手でおさえた。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
手ぬるし手ぬるしむごさが足らぬ、我に続けと憤怒ふんぬの牙噛み鳴らしつつ夜叉王のおどり上って焦躁いらだてば、虚空こくうち満ちたる眷属、おたけび鋭くおめき叫んでしゃに無に暴威を揮うほどに
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
泰軒の足もと近く、朱に染まった手に虚空こくうを掴んで動かない屍骸ひとつ。それは、跳びおりざま横ぎに払った剣にかかって、もろくも深胴をやられた大屋右近のなきがらであった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
じいさんがそうわれているうちに、天狗てんぐさんは直径ちょくけい一尺いっしゃくもありそうな、ながおおきなすぎえだ片手かたてにして、二三十じょう虚空こくうから、ヒラリとおどらしてわたくしている、すぐまえちました。
日本國につぽんこくいたるべしと、虚空こくうむかつて呼吸いきけば
鬼桃太郎 (旧字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
二人は青ぐろい虚空こくうをまっしぐらに落ちました。
双子の星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
じやくたるよもの光景けしきかな。耀かゞや虚空こくう、風絶えて
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)