あび)” の例文
火を吐くような言葉を、男の顔にあびせると、お豊は百年の恋もめ果てたように、クルリと背を向けて、欄干の上に顔を伏せました。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
をどりながら周圍しうゐつて村落むら女等をんならつゝうて勘次かんじ容子ようすてはくすくすとひそか冷笑れいせうあびけるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ベシーは、あちこち動き𢌞つて、玩具を片附けたり、抽斗ひきだしを整理したりしながら絶えず私に話しかけて、耳慣みゝなれない親切の言葉をあびせた。
あれと言った小春と、ぎょっとした教授に「北国一。」とあびせ掛けて、またたく間に廊下をすっ飛んで行ったのは、あのお光であったが。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その癖沼倉は腕力を用うるのでも何でもなく、たゞ縦横に敵陣を突破して、馬上から号令をかけ怒罵をあびせるだけなのである。
小さな王国 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
客は自己の無智に乗ぜられていながら、少しもそれをさとらずに、薄い笑談じょうだんの衣を掛けた、苦い皮肉をあびせられて、無邪気に笑い興じている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
翌日から、寄手はまた、大呼たいこして城へ迫った。水を埋め、火箭ひや鉄砲をうちあびせ、軽兵はいかだに乗って、城壁へしがみついた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
侍「追掛けて行って、すうと一刀あびせると、ばたり前へ倒れた…化物が…拙者も疲れてどたーり其処そこへ尻餅をいた」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こういう人たちは外国のホテルに泊って、見識らぬ人たちからグード・モーニングなどをあびせかけられたら、びっくりして宿換えをするかも知れない。
温泉雑記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
きやくのもてなしもしつくしてほとんど倦果うみはてつひには役者仲間なかまいひあはせ、川のこほりくだきて水をあび千垢離せんごりしてはれいのるもをかし。
わっと男達は声をあげ、左肩からあびせられた先刻の背の低い男が、逃げようとしてそこへ仰向あおむけに引っくり返った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
いつだつたか女成金の中村照子が大隈侯を訪問すると、侯は持合せのお世辞を灰の様に照子の頭からあびせかけた。
引からげ堪忍かんにんしろとうしろからあびせ掛たるこほりやいば肩先かたさきふかく切込れアツとたまきる聲の下ヤア情けなや三次どの何でわらは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ひとから尊敬そんけいされるとそれに感じ易い老人ろうじんの方は、ことにそうだった。二人はルイザがそばで顔を真赤まっかにするほどひどい常談じょうだんあびせかけて、それで満足まんぞくした。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
再び招かれて其所そこで演説を試みたとき、彼は独乙統一のために、焔のやうな熱烈の言辞を二万の聴衆の上にあびけた。無邪気な彼等は呆然として驚ろいた。
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
といきなりあびせるやうに伯父達の在否を尋ねると、その儘返事も待たずに、何か迫つた真剣な面持で、勝手につか/\と奥の間へ押入るやうに入つて行つた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
私はシルヴァーに罵詈の一斉射撃をあびせてやりました。わざと猛烈にやつつけたのです。で、奴の言ったように、一時間とたたないうちに、我々は攻め込まれましょう。
先を見ずにその場にて一時のかいむさぼる極めて短慮な者には、内容のさらにない雄弁をふるってみたり、あるいは大声たいせいかつ、相手の人には痛くもない讒謗ざんぼうや冷評をあびせかけて
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
はたと行き逢ひたる二人の一人は目から鼻へぬける様な通人の林田翰長かんちやう、半面のしきもあればと一礼するに、何しに来たと云ふ様な冷瞥れいべつを頭からあびせられ、そこ/\に退陣しつ。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
友達でない者たちも、出征者についてゆきながら、廊下の終りのとこで、バンザイ、バンザイとあびせかけた。組長たちが「工場に入れ」と怒鳴って歩いてるが、皆動かなかった。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
みつはは、まず水中から出て、用い試みた水を、あぢすきたかひこの命にあびせ申した。
水の女 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
その温顔に神へのような深い感謝を私にあびせる老いたる母を見出して呆然ぼうぜんとしていた。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
全く予期に無かったところの常盤御前とあびせられて、言句につまったもののようです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女はいきなり横面よこつらをひっぱたいて、「身よりもなくて可哀かわいそうだと思って、目をかけてやれば、つけあがりやがって、生意気な真似まねをしやあがる。」と云う意味の言葉をあびせかけた。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
その時は、看守の重い足音や鉄鋲てつびょうの靴音や、その鍵鎖かぎくさりのがちゃつきや、かんぬきの太いきしりなどでは、私は昏睡こんすいからさめなくて、荒々しい声を耳にあびせられ、荒々しい手で腕をつかまれた。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
カナダの国境附近の産になる若鹿わかしかの肉にアマゾン河にいる或る毒虫どくむし幼虫ようちゅう煮込にこみ、その上にジーイー会社で極超短波ごくちょうたんぱあびせかけて、電気燻製とし、空前絶後くうぜんぜつごの味をつけたものであって
そのおり、海は湧き立ち泡立って、その人たちにあらんかぎりの威嚇いかくあびせた。けあとの高いうねりが、岬の鼻に打衝ぶつかると、そこの稜角で真っ二つにち切られ、ヒュッと喚声をあげる。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
夫婦してむしろを畑にひろげ、枝豆やいちごや果樹に群がるカナブンを其上にふるい落して、石油の空鑵あきかんにぶちあけ、五時から八時過ぎまでかゝって、カナブンの約五升をとりこにし、熱湯をあびせて殺した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その男はさっと眼のくらむような強い電灯の光を二人の少女にあびせかけて、長い間彼女たちの蒼白い顔を眺めていたが、実に悠々とおちつき払って、帽子をかぶり、紙切かみきれと二本の藁くずとを拾い
真黒ケの大の男五、六人、四、五丈高き断崖の中腹に鶴嘴つるはしを持ってゲラゲラ大口開いて笑っている。吾々の立止まるを見るや、彼等はなおも猛烈に土砂石塊をあびせかけんと、鶴嘴を振り上げる。
五十鈴いすず河は末流すえの方でもはいってはいけない、ことに女人はだが——夏の夜、そっと流れに身をひたすと、山の陰が抱いてるように暗いのに、月光つき何処どこからかってきてあびる水がキラリとする。
玩具おもちゃ箱のような小屋全体が、自分一人を残して、サッと一転し、半ば夢中で、向うのブランコへ飛乗ると、何処へ隠れていたのか、急にあびたような汗が、一遍に噴出ふきだし、心臓は、周章あわてて血管の中を
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
不法に祭司追ひ攘ひ、更に罵辱をあびせ曰ふ、 25
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
何にあかりあびせて見ても
が、夢にもしろ、いかにもたまらなくなると、やと叫んで刎起はねおきる、冷汗はあびるばかり、動悸どうきは波を立てていても、ちっとも身体からだに別条はない。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
筋違すぢかひを入つて此處まで來ると、いきなり後ろから、一太刀ひとたちあびせられたやうな氣がしましたか、振り向いて見る氣もしません
彼等かれらえず勘次かんじとおつぎとにたいして冷笑れいせうあびけてゐるのであつたが、しかしそれをらぬ二人ふたりたゞ凝然ぢつとしてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
きやくのもてなしもしつくしてほとんど倦果うみはてつひには役者仲間なかまいひあはせ、川のこほりくだきて水をあび千垢離せんごりしてはれいのるもをかし。
此の時台所の方に当ってしきりに水を汲んではあびせる音が聞えまする何事か知らぬと一同耳をそばだてますると
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
たゞ断つたあと、其反動として、自分をまともに三千代のうへあびせかけねばまぬ必然の勢力が来るに違ないと考へると、其所そこに至つて、又恐ろしくなつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それらは、私が他人にむかつて與へる冷笑や非難を、自分自身にあびせるのが尤もな位のものなんです。そして隣人りんじんから非難や嘲弄を受けるやうなものなんです。
かれに取るゝ共時宜じぎよらば長庵めを恨みの一たうあびかけ我も其場でいさぎよく自殺をなしうらみをはらさんオヽさうじや/\と覺悟を極めかねて其の身がたしなみの脇差わきざしそつと取出して四邊あたり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それに出し抜けに、美中にありともいうべき批評の詞をあびせ掛けるとは、しからん事だと思った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
姫は太宰の息女雛鳥ひなどりで、中村福助である。雛鳥が恋人のすがたを見つけて庭に降り立つと、これには新駒屋とよぶ声がしきりにあびせかけられたが、かれの姫はめずらしくない。
島原の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
らいのごとくさわつ数千の反対者を眼前がんぜんならべて、平然とかまえて、いかに罵詈讒謗ばりざんぼうあびせても、どこのそらを風が吹くていの顔付きで落着き払って議事を進行せしめたその態度と
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「待っていた」と、ばかりあびせかけて来たのである。蜀兵の死者数百人、過日の勝ちを、この日に埋め合されて、戦は五分と五分となり、またまた山と山は睨み合いに入ってしまった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と毒の針をふくんだような言葉をあびせる、底意は侮蔑ぶべつしきっているのが分っており目の色にも半分嘲笑ちょうしょうがにじみでているのだけれども、先生も浮気なさらないの、などと冷やかされると
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そのうちにいつもの時間になると、トラックに満載された材料がドッとはこばれて来ます。するともう戦場のような騒ぎで、この寒さに襯衣シャツ一枚でもって全身水をあびたように、汗をかきます。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
船長はその逃げてゆく男を狙って最後の物凄い一撃をあびせかけたが、もしうちのベンボー提督の大きな看板で妨げられなかったなら、その一撃は確かにその男を背骨まで切り下したことだろう。
ならんだ二だいに、あたまからざつとあびせて、のきあめしのつくのが、たてがみたゝいて、轡頭くつわづらたかげた、二とううま鼻柱はなばしらそゝ風情ふぜいだつたのも、たにふかい。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)