やつ)” の例文
「往来で物を云いかける無礼なやつ」と云う感情をたちま何処どこへか引込めてしまって、我知らず月給取りの根性をサラケ出したのである。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これからはいよ/\おたみどの大役たいやくなり、前門ぜんもんとら後門こうもんおほかみみぎにもひだりにもこわらしきやつおほをか、あたら美玉びぎよくきずをつけたまふは
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「本物の葡萄酒ぶどうしゅに違いない。グランテールが眠ってるのは仕合わせだ。やつが起きていたら、なかなかこのまま放っておきはすまい。」
「おお、心懸のやつじゃ、宜しい。さあぐッとお飲み。余り酔わないように致せ、これ、女房かみさんがまた心配をするそうじゃからな。」
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「疎暴だッてかまわんサ、あんなやつは時々ぐッてやらんと癖になっていかん。君だから何だけれども、僕なら直ぐブン打ッてしまう」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
斬るったら、斬られるまでさ。こういう暴れンぼの勝つ時世にゃ、腕と才覚のねえやつは、斬られるまでが、寿命と思うのさ。はははは
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此家こゝ世辞せじかひる者はいづれも無人相ぶにんさうなイヤアな顔のやつばかり這入はいつてます。これ其訳そのわけ無人相ぶにんさうだから世辞せじかひに来るので婦人
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
たつかみなりのようなものとえた。あれをころしでもしたら、このほういのちはあるまい。おまへたちはよくたつらずにた。ういやつどもぢや」
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
赤緒あかお下駄げたと云えば、馬糞ばふんのようにチビたやつをはいている。だが、雑巾ぞうきんをよくあててあるらしく古びた割合に木目がきとおっていた。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「失態も糸瓜へちまもない。世間のやつらが何と言ったって……二人の幸福は二人で作る、二人の幸福は二人で作る、他人ひとの世話にはならない」
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
叱言こごと一ついわず、「馬鹿、それ位のことでくよくよするやつがあるかい。さア、一緒に、洋服を作りに行ってやるから、起きろ、起きろ」
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「なにッ。死んだやつが、そんなに上手に口がきけるか。また、おれの声が、きこえたりするものか。ばかなことも、やすみやすみいえ」
地底戦車の怪人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
気アタリというやつは厭なものだネ。わたしも若い時分には時々そういうおぼえがあったが。ナーニ必ず中るとばかりでも無いものだよ。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その食卓に、ついさいぜんちま子を殺したやつが、何食わぬ顔で列席しているのだ。隣でフォークをめている奴がそうかも知れない。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
つねから、お前の悧巧りこうぶった馬面うまづらしゃくにさわっていたのだが、これほど、ふざけたやつとは知らなかった。程度があるぞ、馬鹿野郎。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
無論むろんです、けれど本船ほんせん當番たうばん水夫すゐふやつに、こゝろやつです、一人ひとり茫然ぼんやりしてます、一人ひとりつてらぬかほをしてます。
主人がそのうちで一番うまやつを——何と云ったか名は思い出せないが、下男に云いつけて、ざるに一杯取り出さして、みんなに御馳走ごちそうした。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「もし私どもがお望みどおりのことをしたら、やつらの新聞仲間の威嚇いかくに負けたぐあいになることが、あなたにはわかりませんか。」
聞れ吉兵衞其方は狂氣きやうきにても致したるや取留とりとめもなきこと而已のみやつかな然ながら千太郎は久八と兄弟なりとは如何の譯にて右樣の儀を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
男の声 (女からすがりつかれたらしい)おっとと! それに、どんなやつが入りこんで、なにをしたか……げんに、こうして——
胎内 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
招んだって行くな。あんな軽薄なやつのとこに誰が行く馬鹿があるか。あんな奴にゃア黒田の娘でも惜い位だ! あれから見ると同じ大学を
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかし又彼等の或ものは彼の嘲笑を感ずる為にも余りに模範的君子だった。彼は「いややつ」と呼ばれることには常に多少の愉快を感じた。
「君は喰わず嫌いだよ。会って見もしないで悪くいうやつがあるもんか。一度会って見ろ、決して不快わるい気持はしない、ごくさばけた男だよ、」
マーキュ はて、うさぎではない、うさぎにしても脂肪あぶら滿ったやつではなうて、節肉祭式レントしき肉饅頭にくまんぢうはぬうちから、ふるびて、しなびて……
まだそのほかに小僧の五、六人も居るというような訳ですから、すしめるように詰めても寝られんで、外へ寝て居るやつもある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「やつぱし僕達に引越せつて譯さ。なあにね、明日あしたあたり屹度かあさんから金が來るからね、直ぐ引越すよ、あんなやつ幾ら怒つたつて平氣さ」
子をつれて (旧字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
するとまあ何としたことだ、又してもむつくり黄色い頭がもちあがつたぢやないか。何たる往生際おうじょうぎわの悪いやつだ、と僕は思はず舌うちしたね。
三つの挿話 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ばかなやつら! その水でさかずきをそそぎ、その流れで手拭てぬぐいをしぼって頭や胸を拭く、三尺へだたればきよしなんて、いい気なものだ。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ぼくだって、あんなやつ、やっつけられるんだよ。」と、としちゃんはいって、なぜもっとはやく、この勇気ゆうきなかったものかと後悔こうかいしました。
友だちどうし (新字新仮名) / 小川未明(著)
君たちは僕が本能万能説をいだいているのをいつも攻撃するけれど、実際、人間は本能がたいせつだよ。本能に従わんやつは生存しておられんさ
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
りにつてやつちるなんてよつぽどうんわるいや‥‥」と、一人ひとりはまたそれが自分じぶんでなかつたこと祝福しゆくふくするやうにつた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
A どうも永々なが/\御馳走樣ごちそうさま葉書はがきはじまつた御縁ごえんだから毎日まいにちまいづつの往復わうふくぐらゐあたまへだね。しかなにしろ葉書はがきといふやつ面白おもしろいものだね。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
彼は自分の好奇心を満足させた上で、兵卒と共にイエスをあなど嘲弄ちょうろうしたのです(ルカ二三の六—一二)。実に卑しむべきやつだ。
「でも、運命ってやつは、わからんよ。こうして漂流しているうちに、ひょっとして、この上空を飛行機が通らぬとも限らんよ」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
近頃の文章にはよく「世間というやつとかく云々うんぬん」というような文字が見えるが罪のない世間にまで奴呼やつよばわりをしないでもよさそうなものだ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
しかるに時には十里歩いたことをもって、非常なる成功と思って、僕は何か世にえらやつであったごとくに賞賛する人もあろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
なんでもお若いお武家とかの袂へ悪戯わるさをするところを感づかれて、すんでのことでつかまろうとしたのを、まあやつにとっちゃあこの人混みを
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
身分の好い人だと、成丈外聞のない様にしますからな。何時いつぞやも、農家の娘でね、十五六のが草苅くさかりに往ってたのを、やつつらまえましてな。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
(三)ナニ僕より角の多いやつがおる。馬鹿いいたもうな。およそ世界わ広しといえども、僕より余計に角をもった奴わないはずだ。
三角と四角 (その他) / 巌谷小波(著)
「工藤祐經て、あの工藤左衞門やらう、赤い臺の上に坐つて、ピカ/\した羽織着て、ゴツい紐結んでよるやつや。……吉例曾我の對面。……」
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
やはり、鮎は、ふつうの塩焼きにして、うっかり食うと火傷やけどするような熱いやつを、ガブッとやるのが香ばしくて最上である。
鮎の食い方 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
広瀬淡窓ひろせたんそうなどの事は、彼奴あいつ発句師ほっくし、俳諧師で、詩の題さえ出来ない、書くことになると漢文が書けぬ、何でもないやつだといって居られました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と背中をどやして逃げ出す素早いやつを追いかけてお鶴も「明日またおいで」と言って、別れ際に今日の終りの頬擦りをして横町へ曲って行く。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「アア、人の婚礼でああ騒ぐやつの気が知れねえ。」というように、新吉はいの退いた蒼い顔をしてグッタリと床に就いた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さしでがましいことをするやつだといふので、良寛さんは捕へられ、罪に落され、家は取りつぶされるといふのが、結末になるに違ひなからう。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
ふん、もの値打ねうちのわからねえやつにゃかなわねえの。おんな身体からだについてるもんで、ねん年中ねんじゅうやすみなしにびてるもなァ、かみつめだけだぜ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
八五郎のやつは、八幡樣の神馬しんめの生れ變りで、福徳圓滿、富貴望むが儘なるべし——は少し眉唾まゆつばだが、顏の長いところは、馬に縁がないでもない。
そいつは、彼らの憤慨しまた驚いたことには、チョークで戸口の上に書いてあるのだ、やつらがないというそのチョークで。
そして木村の方へ向いて、「これまで死刑になったやつは、献身者だというので、ひどくあがめられているというじゃないか」
食堂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
不都合ふつごうやつだ。しかしおとなしく人形をだしたから、いのちだけはたすけてやる。どこへなりといってしまえ。またこれから泥坊どろぼうをするとゆるさんぞ」
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)