たましい)” の例文
わたしは、ぼっちゃんに、わたしっているようなと、わたしむね宿やどっているようなたましいけてあげますように、かみさまにおねがいしましょう。
はてしなき世界 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして冷靜れいせいな藝術的鑑賞かんしやうは、熱烈ねつれつ生理せいり憧憬どうけいとなつて、人形にんぎやうにはたましいが入つた。何も不思議はないことだらう。周三だつて人間にんげんである。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
私の自転車の提灯の火を見て、さては、狐火、とたましいしましたぞ、などと相かえり見て言って、またひとしきり笑いさざめくのである。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
(やつのたましい悪魔あくまにみいられているにちがいない。でなければ、ふつうの人間にんげんに、そんなおそろしいことがたえきれるはずがないんだ)
だが何といっても父や自分のたましいの置場はあそこ——都会——大東京の真中よりほかにないのだから仕方がない、是非もない……。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「こうら、ジャンにケンにポンよ。塔を横須賀の方へ飛ばしてはならんぞ。わしの命令だ。そむいた奴は、あとでたましいを火あぶりにするぞ」
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ええ、何んですって——夢に家門かもんに入って沙渚しゃしょのぼる。たましい沙漠さばくをさまよって歩行あるくようね、天河落処長洲路てんがおつるところちょうしゅうのみち、あわれじゃありませんか。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
初は面白半分に目をねむって之にむかっているうちに、いつしかたましい藻脱もぬけて其中へ紛れ込んだように、恍惚うっとりとして暫く夢現ゆめうつつの境を迷っていると
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そのため、いまは、はんぶんのたましいしか、持っていませんでした。あとのはんぶんは、自分の子供が、海の底に持っていってしまったのです。
わしは自分をささえることができない。支えるものが一つもない。わしのたましいほろんでゆくのをはっきりした意識で見ているのはえられない。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
いったい「三つたましい百までも」というがごとく、何人なんぴとにも幼少の折、漠然とした職業選定のかたむきが心に備われるものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
お前さんのたましいがわたしの魂の中へ、丁度うじ林檎りんごの中へい込むように喰い込んで、わたしの魂を喰べながら、段々深みへもぐり込むのだわ。
つまり、すべてはたましいたましい交通こうつうねらったもので、こればかりはじつなんともいえぬほどうま仕組しくみになってるのでございます。
はやくから「黄泉」という隣国の語を用いていて、さもさも人のたましいが土の底深く、入って行くもののような印象を与えている。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
(ああ、ああ、弟のやつは、なんて大ばかなんだ。あれじゃ、一生いっしょうかかったって、ものになりゃしない。たましい百までっていうからなあ。)
今や、闇をつんざく電光の一閃いっせんの中に、遠い過去の世の記憶きおくが、いちどきによみがえって来た。彼のたましいがかつて、この木乃伊に宿っていた時の様々な記憶が。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
たましいのイデーする桃源郷とうげんきょうゆめを求めて、世界をあてなくさまよい歩いたボヘミアンであり、正に浦島の子と同じく、悲しき『永遠の漂泊者』であった。
不幸にして、お豊はあれから息を吹き返した、真三郎は永久に帰らない、死んだ真三郎は本望ほんもうを遂げたが、生きたお豊は、そのたましいの置き場を失うた。
「俺は死ぬぞ、雪太郎。死んでお前の胸の中にたましいを乗り移らせ、お前の手で屹度きっとあやつ等を亡ぼさずには置かぬのだ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「この鏡は私のたましいだと思って、これまで私に仕えてきたとおりに、たいせつにあがまつるがよい」とおっしゃいました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
そして昔の人があの鳥の啼く音を故人のたましいになぞらえて、「蜀魂しょっこん」と云い「不如帰ふじょき」と云ったのが、いかにももっともな連想であるような気がした。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかし、静かな春の夜に、雨さえ興を添える、山里の湯壺ゆつぼの中で、たましいまで春の温泉でゆに浮かしながら、遠くの三味を無責任に聞くのははなはだ嬉しい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
富士は千古せんこのすがた、男の子の清いたましいのすがた、大和撫子やまとなでしこ乙女おとめのすがた。——日本を象徴しょうちょうした天地に一つのほこり。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馨子さんは実にやさしい方で、其上男も及ばぬ凜々りりしいたましいを持ってお出でした。春の初に咲く梅の花の様な方でした
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
難波なんば新地へはまりこんで、二日、使い果してたましいの抜けた男のようにとぼとぼ黒門市場の路地裏長屋へ帰って来た。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
実践家じっせんかたましいにふれることができたことを思いますと、一方では、かえってありがたいような気持ちもしています。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あたしゃ、これからさきも、きっとおまえと一しょに、きてくでござんしょう。おまえもどうぞ、たましいだけはいつまでも、あたしのそばにいておくんなさい。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ひょっとしたら、催眠術をかけている蛭田博士のたましいが、泰二君に乗りうつって、顔までもあのぶきみな蛭田博士と、そっくりになっていたのかもしれません。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鎺元はばきもとから鋩子ぼうしさきまでまだらなく真紅に焼いた刀身を、しずかに水のなかへ入れるのだが、ここがたましいめ場所で、この時水ぐあい手かげん一つで刃味も品格も
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「身を殺してたましいを殺す能わざる者を恐るるなかれ」。肉体の死は何でもない。恐るべきは霊魂の死である。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
己はお前達の美に縛せられて、お前達をもてあそんだおかげで、お前達のたましいを仮面を隔てて感じるように思ったかわりには、本当の人生の世界が己には霧の中に隠れてしまった。
第一、町の人は、こんなふうに、たましいをぬかれたように、きょろんきょろんとあたりを見ていたり、荷馬車にぶつかりそうになって、どなりつけられたりはしません。
いぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
わたしはもうみちがなくなって、とうとう二人ふたり武士ぶし矢先やさきにかかってたおれました。けれどもからだだけはほろびても、たましいはほろびずに、この石になってのこりました。
殺生石 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
翌日の新聞は、稲川先生のことを大きな見出しで「純真なるたましいむしばむ赤い教師」と報じていた。それは田舎いなかの人びとの頭を玄翁げんのうでどやしたほどのおどろきであった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
その人は立派な物理学の機械にまさって、立派な天文台に優って、あるいは立派な学者に優って、価値ねうちのあるたましいを持っておったメリー・ライオンという女でありました。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
だけど、そんな知識を振翳ふりかざしたって何になるでしょう。そんな学問はただの装飾です。いくらくれないあや単襲ひとえがさねをきらびやかに着込んだって、たましいの無い人間は空蝉うつせみ抜殻ぬけがらです。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
山も海もみんない灰にうずまってしまう。平らな運動場のようになってしまう。その熱い灰の上でばかり、おれたちのたましい舞踏ぶとうしていい。いいか。もうみんな大さわぎだ。
楢ノ木大学士の野宿 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
果たしてそうならば、藻は塚のぬしにたたられて、そのたましいはもう入れ替わっているのである。たといその形はむかしの藻でも、今の玉藻の魂には悪魔が宿っているのである。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
桂の顔、様子! 彼は無人の地にいて、我を忘れ世界を忘れ、身もたましいも、今そのなしつつある仕事に打ちこんでいる。僕は桂の容貌ようぼう、かくまでにまじめなるを見たことがない。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「この鏡こそはもつぱらわたしのたましいとして、わたしの前を祭るようにお祭り申し上げよ。つぎにオモヒガネの神はわたしの御子みこの治められる種々いろいろのことを取り扱つてお仕え申せ」
ところがこの新舶来の物理書は英国の大家フㇵラデーの電気説を土台にして、電池の構造法などがちゃんと出来て居るから、新奇とも何ともただ驚くばかりで、一見ただちたましいを奪われた。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
死の世界へ陥りかけて、まだ微かに生気を取り残している慌しい「たましい」と死の世界に生きている静かな「れい」とはこうして互に顔を見合ったまま何事かを語り合おうとしていた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かりそめながら戦ったわがを十分に洗って、ふところがみ三、四枚でそれをぬぐい、そのまま海へ捨てますと、白い紙玉かみだまたましいででもあるようにふわふわと夕闇の中を流れ去りまして
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三重子もこう言う鳥のように形骸けいがいだけを残したまま、たましいの美しさを失ってしまった。彼ははっきり覚えている。三重子はこの前会った時にはチュウイン・ガムばかりしゃぶっていた。
早春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その輝かしい光明こうみょう紺碧こんぺきの色を、あけひろげたたましいの底まで深く吸い込んだりした。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
けがれのない少年しょうねんたましいをほめたたえ、これをけが大人おとな生活せいかつみにくさ、いやしさをにくのろうソログーブの気持きもちは、レース細工ざいくのようにこまやかな、うつくしい文章ぶんしょうで、こころにくいまでにうつされている。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
「で、何もかもその親友は、平凡化そうと心掛ける。そうして感激の燃える火へ、冷たい水をそそぎかけ、創造のたましいを消そうとする。しかも親友の名のもとにな。他はおおかた知るべきのみだ」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
露国もまた彼得ペートル帝以来不断西欧の文化を輸入し、宗教興隆と称して百姓ども仕来りの古儀旧式を撲滅せんとしたが、百姓にも五分のたましいなかなか承知せず、今に古儀旧法を墨守する者はなはだ多く
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
つまり、あのマレイとの出あいは、わたしのたましいおくに、わたしがちっとも気がつかないのに、ひとりでにいつのまにかはいりこんでいて、ちょうど必要ひつようなときになって、ふいにかび出たわけです。
なんだかたましいの奥の片隅の方で、あるこれまで潜んでいたものが覚めて来たように思われる。目をこれまでより大きくいて、これまでより大股おおまたに歩いて、これまでより深い息をしたいような気がする。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)