わき)” の例文
秘密警備隊員の笹枝弦吾ささえだげんごは、さだめられた時刻が来たので、同志の帆立介次ほたてかいじと肩をならべてS公園のわきをブラリブラリと歩き始めていた。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
次郎は、わきの下を小さな円いものでつっつかれたようなくすぐったさを覚えた。彼はそれが万年筆であるということを、すぐ覚った。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
私は、何よりもそのきとした景気の好い態度ようす蹴落けおとされるような心持ちになりながら、おずおずしながら、火鉢ひばちわきに座って
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
我ゆゑ死ぬる人のありとも御愁傷さまとわきを向くつらさ他処目よそめも養ひつらめ、さりとも折ふしは悲しき事恐ろしき事胸にたたまつて
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
皆の顔を見て会釈して、「遅くなりましてはなはだ」と云いながら、畳んだ坐具を右のわきに置いて、戸川と富田との間の処に据わった。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「ええ、あれだけでも速く疎開させておきたいの」と康子はとりすがるように兄のひとみつめた。と、兄の視線はちらとわきらされた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
きゝ文藏は大いに驚き恐れながらと進み出御奉行樣の御眼力誠に恐れ入奉つり候其節萬澤のわきにて目明し二人に出會であひ私し共三人になは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
獅子はだまって受けとってわきにはさんでのそりのそりとこんどは自分が見まはりに出ました。そこらは水のころころ流れる夜の野原です。
月夜のけだもの (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
わき玄関の小廊下に、明るい秋の日がしていた。萩垣根の下に、萩の花を浴びて、この頃生れた犬の子が白い親犬にたわむれている。
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一弾は紙挾かみばさみに勢いをそがれ、横にそれてわきにひどい裂傷を与えていたが、それは別に深くはなく、したがって危険なものではなかった。
食後の津田はとこわきに置かれた小机の前に向った。下女に頼んで取り寄せた絵端書へ一口ずつ文句を書き足して、その表へ名宛なあてしるした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はひねはぜを一尾あげた。すると一人の男が土堤どての上をやって来て、私のすぐわきで釣り始めた。私は場所を変えようと思った。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この先生というは、ここより十町ほどわきに住み、業は医師を立て、近郷に続く方なき碁打ちと沙汰さたして、この者ども、みなかれが門弟なり。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
女は、居るというしるしに、うなずいて見せて、自分のからだわきの箱を置いてある方へそらし、ウォルコフが通る道をあけた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
その癖くびのまわりには、白と黒と格子縞こうしじま派手はでなハンケチをまきつけて、むちかと思うような、寒竹かんちくの長い杖をちょいとわきの下へはさんでいる。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こわごわ門のとこまできてみると、大きな門はぴったり閉まって先生や小使が出入でいりするわきの小門だけがわずかに明いていました。
そこでわきから手をかざすようにしたが、そもそもガス焜炉はそういう仕掛になっているのだろう、脇へはウソみたいに熱を放射しないのである。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
後代手本たるべしとて褒美ほうびに「かげろふいさむ花の糸口」というわきして送られたり。平句ひらく同前どうぜん也。歌に景曲は見様みるようていに属すと定家卿ていかきょうものたまふ也。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
自分で玄関わきの板木をはづし取つて来ると、校門の外へ出て、力一ぱい、カーン/\・カーン/\と打ち鳴らすのでした。
先生と生徒 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
先刻さつきうつくしいひとわきせきつたが、言葉ことばつうじないことがわかつたところで、いま日本語にほんごのよくはなせるお転婆てんばさんらしいおんな入替いれかわつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
しま羽織はおり筒袖つゝそでほそた、わきあけのくちへ、かひなげて、ちつさむいとつたていに、兩手りやうて突込つツこみ、ふりのいたところから、あか前垂まへだれひもえる。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
今尚ほきのふの如く覺ゆるに、わきを勤めし重景さへ同じ落人おちうどとなりて、都ならぬ高野の夜嵐に、昔の哀れを物語らんとは、怪しきまでしき縁なれ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
若松の裏海岸、港とは反対のわきうらの外れに、白鳥しらとり温泉がある。温泉といっても、ほんのちょっぴり硫黄分のある湧水ゆうすいを、かしているだけだ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
いきなり道路わきにじやあじやあと放尿をやらかすその光景にも何かしら一種のもの悲しさを覚えさせられたものである。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
おそろしさの行止まりで、声を立てるだけの力もなかった。それが私の門までくると、くぐり戸のわきに私をおろして、すぐに見えなくなったのである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かの田中の者一人の武士にゆきあひ重荷おもにながらもこなたより一足ふみのきたるに、武士はこゑをあらゝげわきよれといふ。
折からそこへ階段を上って来た司祭と補祭を通すために、彼はいきなりわきへ身を引いた。彼らは看経かんきんに来たのである。
それは卑劣と思えるほど小器用でわきの下がこそばゆくなる。酢の面に縮緬皺ちりめんじわのようなさざなみか果てしもなく立つ。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
史邦の「帷子かたびら」の発句と芭蕉のわきもみ一升を稲のこぎ賃」との次に岱水が付けた「たでの穂にもろみのかびをかき分けて」
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さて明智と神谷とが、高梨家の門前に近づいてみると、正門わきくぐり戸が半びらきになっていたので、構わずそこからはいって、玄関の呼鈴を押した。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
時計がすすんだのではなく、小林先生と立ち話をしただけおそくなったのだ。背中やわきの下で筆箱を鳴らしながら、ほこりを立ててみんなは走りつづけた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
(ワーニャのわきをかかえる)さ、行きましょう。お父さまと仲直りなさらなくちゃ駄目よ。ね、そうでしょう。
れぼったいまぶたはヒタとおっかぶさって、浅葱縞あさぎじまの単衣のわきがすう/\息つく毎に高くなり低くなりして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それが大変父の気に入ったので、引込み過ぎて不便なのもいとわずそこにめました。表門のわきには柳の大木があり、裏には梅林もあって、花盛は綺麗きれいでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
若い女の人で三輪大明神を拝みに来る人は、たいてい帰りに、楼門の右のわきの「門杉かどすぎ」にがんをかけて行く。
亀屋かめや栄吉、伏見屋伊之助、梅屋五助、桝田屋ますだや小左衛門、蓬莱屋ほうらいや新助、旧問屋九郎兵衛、組頭庄助、同じく平兵衛、妻籠本陣の寿平次、わき本陣の得右衛門なぞは
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「もう、よせよせ」僕は三味線を取りあげて、わきに投げやり、「おれが手のすじを見てやろう」と、右の手を出させたが、指が太く短くッて実に無格好であった。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
芝公園大門わきに『わかもと』の本舗ほんぽがある。その『わかもと』の事務所は、寺院の一部であった。観相家かんそうかの松井桂陰けいいん君が某時あるときその『わかもと』の某君ぼうくんを訪問した時
商売の繁昌する家 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しばらくして男は紙と鉛筆とをわきへ置いて、何か意味のない書物を手に取って読みそうにした。少し読みかけて見たが、この方がよほど気が晴れて好いように思われた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
あるいはまた、わき腹がきりきり痛むと言って、声をたてながら転げ回った。あるいは、息がつまってしまった。もとよりしまいにはほんとうの神経の病気になった。
周三は、吃驚したやうに頭をもたげると、お房は何時の間にか掃除そうじましてわきに來て突立ツてゐた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
正面玄関のわきの、便所の隣りのその小部屋には、朝も昼も夕方も、まるっきり日が当らなかった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
おとこは、自分じぶんわき正坊まさぼうせて、うまにむちをてました。そのうまあしはやかったのです。もりや、かわや、おかぎてゆくと、いろいろのうつくしいはないた野原のはらました。
びんの中の世界 (新字新仮名) / 小川未明(著)
髪を右のわきから前へ曲げて持っている侍従は美しい女房であった。馬に乗せようとするが承知しないために、衣服のすそを時方は持ってやりながら歩かせて行くのである。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
わきには七宝入りの紫檀したん卓に、銀蒼鷹ぎんくまたかの置物をえて、これも談話はなしの数に入れとや、極彩色の金屏風きんびょうぶは、手を尽したる光琳こうりんが花鳥の盛上げ、あっぱれ座敷や高麗縁こうらいべりの青畳に
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
死体のように堅くしめている唇から、あわを出していた。大工が下りて行った時、雑夫長がまきわきにはさんで、片肩を上げた窮屈な恰好かっこうで、デッキから海へ小便をしていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
筋違すじかい見附より神田川を渡って御成道おなりみちを、上野広小路から黒門くろもんに入り文珠楼もんじゅろう前を右へ、凌雲院りょううんいん前通の松原を過ぎ、大師堂わきなる矢来門の通から龕前堂がんぜんどうに護送せられたのである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わきへそれる道は無数にあって、——ほんとうに想像もできぬほど、——実に何遍も何遍ももとへ戻って来るものだから、この屋敷全体に関する私たちのいちばん正確な観念も
くだんの弁士が、急いでリップのところへきて、彼をちょっとわきへ引っぱってゆき、「どちらへ投票するのか」とたずねた。リップはぽかんと間のぬけたように眼を見はった。
ぶたきたない所が好きなのではなく、清潔な所をわきに作っておくとその方へ行くそうである。
実験室の記憶 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)