きわ)” の例文
もっとも稀には死人がおとむらいの最中によみがえって大騒ぎをすることもないではないが、それはきわめて珍らしいことで、もしそんなことがあれば
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
静坐法というものが一時流行をきわめた時、何んでも人間は、腹の中へ空気を押し込まなければ死んでしまうように聞かされたものだ。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
と云いながら古竹の杖を持って無闇に振廻しますが、盲目もうもくでこそあれ真影流の奥儀おくぎきわめた腕前の小三郎、寄り附かんように振廻す。
何しろその頃洛陽といえば、天下に並ぶもののない、繁昌はんじょうきわめた都ですから、往来にはまだしっきりなく、人や車が通っていました。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何故かというに僕の肉体には本能的な生の衝動がきわめて微弱になってしまったからである。永遠に堕ちて行くのは無為の陥穽かんせいである。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すれば、五日の夜は必定ひつじょう上野介在宿にきわまったというので、討入はおおよそその夜のことになるらしい大石殿の口ぶりでもあった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
といって、それからひとしきり、その五年前に、名古屋一等の美人だというきわめのついている銀杏加藤の奥方の身の上話になりました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なぜなら彼は、きわめて詩人的なるロマンチックの情熱家で、生涯を通じて夢を追い、或る異端的なる美のユートピアを求めていたから。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
きわめて習慣的な外面的な概念に捕えられて、その真相とは往々にして対角線的にかけへだたった結論に達していることはないだろうか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
母は心配して、すぐ帰り仕度をして、車を急がせた。帰り著いて見ると、形勢は穏かでない。町筋は人と荷物で混雑をきわめている。
厳粛なる支那日本の古典よりその意匠を借来かりきたりてこれをきわめて卑俗なるものに応用する時はここおのずか滑稽こっけい機智の妙を感ぜしむべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しんしんと、肉がこごえ、骨が冷え、五体もばらばらになり、そのきわみには、かっと熱くなって、血があたまへ逆流するのが分ってくる。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
両方でそう信じているので、そうしてその信じ方に両方とも無理がないのだから、きわめてもっともな衝突と云わなければならない。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
市谷いちがや牛込うしごめ、飯田町と早く過ぎた。代々木から乗った娘は二人とも牛込でおりた。電車は新陳代謝して、ますます混雑をきわめる。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
どうもきわどい話で恐縮だすが、こんな所まで研究せんならん探偵ちゅう商売の辛い所と、苦心せんならん所を、お認め願いたい思います。
この一首は亡妻を悲しむ心がきわめて切実で、ただ一気に詠みくだしたように見えて、その実心の渦が中にこもっているのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
彼の出できたる、継嗣論その楔子せっしたる疑うまでもなし。当時くらいきわめ、おごりを極め、徳川の隆運を極めたる家斉いえなりの孫家定、将軍の位にり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
婚姻の原因を娘の行状に見出みいだして、これというも平生の心掛がいいからだと、口をきわめてめる、よめいる事が何故なぜそんなに手柄てがらであろうか
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
智恵なきのきわみは恥を知らざるに至り、おのが無智をもって貧窮に陥り飢寒に迫るときは、己が身を罪せずしてみだりにかたわらの富める人を怨み
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
熱鬧ねっとうきわめたりし露店はことごとく形をおさめて、ただここかしこに見世物小屋の板囲いをるる燈火ともしびは、かすかに宵のほどの名残なごりとどめつ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なに、向うがそう云う意見なら、此方は此方で、足りないところを家庭で補ってやればいいのだと、腹の中でそうきわめながら
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それは丸太まるたんで出来できた、やっと雨露うろしのぐだけの、きわめてざっとした破屋あばらやで、ひろさはたたみならば二十じょうけるくらいでございましょう。
複雑きわまりなき、一切の物事をば、簡単に、原因と結果という形式だけで、解釈しようとすることは、ずいぶん無理な話ではないでしょうか。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
が、スミスの真個ほんとの活動は、一九〇三年に開始されて、引き続いて六年間、彼は東奔西走席の暖まる暇もなく女狩りに従事して多忙をきわめた。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
縦縞のうちでは万筋まんすじ千筋せんすじの如く細密をきわめたものや、子持縞こもちじま、やたら縞のごとく筋の大小広狭にあまり変化の多いものは
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
この深山しんざんすこしばかり迂回うくわいしてかへつたとて、左程さほどおそくもなるまい、またきわめて趣味しゆみあることだらうとかんがへたので、わたくし發議はつぎした。
さい穿うがち描写するに過ぎない、謂わば一人よがりの退屈きわまる代物だったものですから、それは無理もないことと云わねばなりません。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
主題の提出をい受けて、即座に豪壮絢爛けんらんきわまる変奏曲をつけ、弾き終ると、驚き呆れるモーツァルトを尻目しりめに、たつとざして外へ出てしまった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
私は考え出すとほとんど手も足も出ないほど不自由をきわめてくるのを感じた。そのとき私は親鸞聖人の心持ちがしみじみと仰がれる心地がした。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
マットン博士はしずかにフラスコから水をかたをぶるぶるっとゆすり腹をかかえそれからきわめておもむろに述べ始めました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
一歩々々臭気がはなはだしく鼻を打った。矢っ張りそれは死体だった。そしてきわめてかすかに吐息が聞えるように思われた。だが、そんな馬鹿なこたあない。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
このような喧騒けんそうきわめた中でも、彼の箱の一隅で、喇叭はイレーネの肩に手をかけ、何事か一心不乱のさまで彼女の耳にかき口説くどいてやまなかった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
きわめて無気味な恰好に拡がって、もうずっと遠くになった硝子工場の真上におおいかぶさろうとしているところだった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「泣いたり、怒鳴ったりするのは、まだ悲しみや怒りのきわみじゃない。悲痛のきょくは沈黙だ。沈黙が最も深い悲痛だ。」
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
貧の原因は複雑をきわめていて、その根本の法則というものを、突詰めたところに持って行こうとする人もすでに多い。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
前にも述べましたようにチベット政府は腐敗ふはいきわまって、賄賂わいろ次第でどちらへでも向くのですから、こんな政府を相手にすることは出来ないけれども
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
嗚呼ああ、先生は我国の聖人せいじんなり。その碩徳せきとく偉業いぎょう、宇宙に炳琅へいろうとして内外幾多の新聞みな口をきわめて讃称さんしょうし、天下の人の熟知じゅくちするところ、予が喋々ちょうちょうを要せず。
それで苦しいきわみ、貧しい極み、生活を否定しようとするような場合、世の中に絶望したような場合、深刻な悲痛な情緒をうったえようとする場合にでも
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
彼にとってはきわめて幸いであり、七日めに木戸へ戻るまでには、その部落に伝わっている故事のかずかずを聞き、住民たちにもかなり会うことができた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
勿論もちろんわたしなどはどこへつてもおしほうであつた。日本人にほんじん会合かいごうでも話題わだいきわめて貧弱ひんじやくほうといはなければならなかつた。しかしれるやうなこともなかつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
無論これは、父のような思想の持ち主にとっては、きわめて妥当だとうな、また真面目なことであったのには相違ない。
たまらんな、う取付けられちや!」と周三は、その貧弱ひんじやくきわまる經濟けいざい前途ぜんとむかツて、少からぬ杞憂きいういだいた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
建築家けんちくか勿論もちろん、一ぱん人士じんしへず建築界けんちくかい問題もんだい提出ていしゆつして論議ろんぎたゝかはすことはきわめて必要ひつえうなことである。假令たとひその論議ろんぎ多少たせう常軌じやうきいつしてもそれ問題もんだいでない。
建築の本義 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
性が主なのか、愛が主なのか、卵が親か、鶏が親か、いつまでも循環するあいまいきわまる概念である。性的愛、なんて言葉はこれは日本語ではないのではなかろうか。
チャンス (新字新仮名) / 太宰治(著)
大宮から登り五十二丁と云うのだから、今からでも大丈夫頂上をきわめて明るい間に下山することが出来ると断定してしまったのが、そもそあとに冒険のおこる発端であった。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
かれきわめてかたくなで、なによりも秩序ちつじょうことを大切たいせつおもっていて、自分じぶん職務しょくむおおせるには、なんでもその鉄拳てっけんもって、相手あいてかおだろうが、あたまだろうが、むねだろうが
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
湯の微熱なるものと水の微冷なるものとはほとんど相近し、しかれども水はすなわち水たり、湯はすなわち湯たり、これを混同するはそのはじめをきわめざるがゆえのみ。
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
のくらい歩いただろう、もう日は大和路のな菜の花のなかに、きわめて派手な光琳式こうりんしきの真赤な色に沈落しずみおちてしまってから、急いで私は淋しい古い街にある宿へ着いた。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
それらの事はくわしく申し上げません。原文には「甚だ歓愛をきわむ」と書いてございます。夜のあける頃、女はいったん別れて去りましたが、日が暮れるとまた来ました。
途々みちみち母は口をきわめて洋行夫婦をしきりうらやましそうなことを言っていましたが、その言葉の中には自分の娘の余り出世間しゅっせけん的傾向を有しているのを残念がる意味があって
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)