揚句あげく)” の例文
伝通院でんずういんの境内を逃げ廻った揚句あげく、真夜中過ぎまで追いつ追われつ、とうとう、金杉水道町の袋路地へ追い込められてしまったのです。
そして随分、異人からお金を取ったんだそうです。その揚句あげく、下駄でもはき捨てるように、切るの、出て行けのといったからでしょう
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
元来欧洲航路のカーゴボートの一等運転手チーフメートであったのが肺尖はいせんわずらった揚句あげく、この病院の新聞広告を見て静養しに来たものだそうである。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さだまりの女買おんながい費込つかいこんだ揚句あげくはてに、ここに進退きわまって夜更よふけて劇薬自殺をげた……と薄気味悪るく血嘔ちへどを吐く手真似で話した。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
そこで探偵はその夜一夜まんじりともしないで脳細胞を酷使こくしした揚句あげく、夜の明けるのを待って、稀代の怪賊烏啼天駆の隠家かくれがへ乗込んだ。
子供は、たまたま、こんなに泣いて泣いて泣き疲れた揚句あげくに、棚の上に乗っている白い土器を見た。そして、微かな笑いを立てた。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼らはえいえいと鉄条網を切り開いた急坂きゅうはんを登りつめた揚句あげく、このほりはたまで来て一も二もなくこの深いみぞの中に飛び込んだのである。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
砂糖屋を出てから、いわゆる「主義者」の間を一、二ヶ所居候いそうろうして歩いた揚句あげく、とうとうまたの大叔父の家へ転がり込んだ。
その日は伊皿子坂いさらござかの下で乗合馬車を待つ積りで、昼飯を済ますと直ぐ寄宿舎を出掛けた。夕立揚句あげくの道は午後の日に乾いて一層熱かった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
例の諸天童子のつるぎにでも打たれたのか、急に目がつぶれた揚句あげく、しまいには摩利の教の信者になってしまったとか申す事でございました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その揚句あげくにはまた、私は複雑した関係から市役所を馘首くびになり、妻と二人で浮草のように漂泊しなければならない身となった。
思案、才覚、勘考、ありたけの知恵を絞った揚句あげく、最後に三百円の資本をもって、めし屋を開業することに方針を決定した。
烏恵寿毛 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
人の智慧は切通しとなり隧道すいどうとなり、散々山の容を庭木扱いにした揚句あげく、汽車の如きに至っては山道を平地にしてしまった。
峠に関する二、三の考察 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
明治二十九年の夏に子規居士が従軍中咯血かっけつをして神戸、須磨と転々療養をした揚句あげく松山に帰省したのはその年の秋であった。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
実家さとの方は其頃両親ふたおやは亡くなり、番頭を妹にめあはせた養子が、浄瑠璃につた揚句あげくみせを売払つて大坂へ遂転したので、断絶同様だんぜつどうやうに成つて居る。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
そしてするどをむきしながら子家鴨こあひるのそばにはなんでみた揚句あげく、それでもかれにはさわらずにどぶんとみずなかんでしまいました。
そして考へる事も考へる事も、すぐに傍へれて了ツて、斷々きれぎれになり、紛糾こぐらかり、揚句あげくに何を考へるはずだツたのか其すらも解らなくなツて了ふ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
島田で写真とるときはいつも何かで、お母さんのお気が揉まれ切った揚句あげくですから、いつもかたくなっていらっしゃいます。
そして真赤な熔岩の流れが、山を埋め、野を埋めて、万物ばんぶつを焼きつくした揚句あげく、海に達するまでは、その怒りが解けない。
黒い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
知れた暁にはなぐられた揚句あげく、別ればなしになるかも知れない。しかしそうなった所で、お千代の身にはさして利害はない。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
追々に飲むに従って熱くなってゆる事獅子に同じ。飲んで飲みまくった揚句あげくは、ついに泥中にころげ廻ってその穢を知らず、宛然さながら猪の所作をする。
お引受け申して、こりや思懸けない、と相応に苦労をしました揚句あげく、まず……昔の懺悔ざんげをしますような取詰め方で、ここを頼んだのでございます。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一旦、宿並しゅくならびの店という店を、いちいち探し廻った揚句あげく、また再び宮の前へ戻って、坂本方面を見通してみたが、そこにも先生の気配がありません。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
だから俺は初めっからちゃんとした仲人なこうどを立ててというのに年をとっているからとか、何度もやった揚句あげくだから今度は決ってからにしようとか……。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
はじめから、そのつもりで両方が虎視眈々こしたんたん、何か「きっかけ」を作ろうとしてあがきもがいた揚句あげくの果の、ぎごちないぶざまな小細工こざいくに違いないのだ。
チャンス (新字新仮名) / 太宰治(著)
やせたりや/\、病気揚句あげくを恋にせめられ、かなしみに絞られて、此身細々と心引立ひきたたず、浮藻うきも足をからむ泥沼どろぬま深水ふかみにはまり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ソクラテスの女房は、うかして機嫌の悪い時には、一しきり我鳴りたてた揚句あげくはてが、いきなり水甕みづかめの水を哲学者の頭に、滝のやうにけたものだ。
そうして、その揚句あげく、彼の父親が承知したら、——というよりも、是非頼むから、無理にも連れて行って貰いたいと、私が言出したのは言うまでもない。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
思いがけない剛敵ごうてき出会でっくわして、東京者も弱った。与右衛門さんは散々並べて先方せんぽうこまらせぬいた揚句あげく、多分の賠償金ばいしょうきん詫言わびごとをせしめて、やっと不承ふしょうした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「ほんたうに學校へ行きたいんです。」と私は、私の瞑想した揚句あげく、聽き取れるように云つた結論であつた。
大勢おほぜいつてたかつておれを三つも四つものめしアがつて、揚句あげくのはてに突飛つきとばされたが、悪いところに石があつたので、ひざ摺剥すりむいて血が大層たいそう出るからのう……。
千々ちゞこゝろくだいた揚句あげくつひにあんなめうことたくして、私共わたくしども弦月丸げんげつまる乘組のりくことめやうとくわだてたのです。
義理と法に板挟みの揚句あげくが、御念仏を唱えとうてなりませぬ時には「忘れまいぞやあのことを」「忘れまいぞやあのことを」かように申して阿弥陀さまへの申訳
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
散々さん/″\のおたみ異見いけんすこそめ揚句あげく、そのひとにわかにわかれといふ、おさなきこヽろには失禮ひつれいわがまヽをくみて夫故それゆゑ遠國ゑんごくへでもかれるやうにかなしく
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
のお葉という女は、どんな素性来歴の者か知らぬが、豪家ごうかの息子を丸め込んで、揚句あげくはてに手切れとか足切れとか居直るのは、彼等社会に珍しからぬためしである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その時の話でございましたが一昨年も北原からしてある部落の者が攻めて来て大合戦の揚句あげく人死ひとしにが二、三十名もありヤクを二千疋ばかり取られてしまったそうで
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
おやぢにしたゝか打ちのめされた揚句あげく、みぞれの降りしきる往来に塵のやうに掃き出されてしまつた。
(新字旧仮名) / 有島武郎(著)
『そんなおほきななりをしてさ!』(あいちやんはよくひます)『くなんテ!おだまんなさい、よ!』つても矢張やつぱりおなじやうにいてて!なみだの一ながした揚句あげく
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
それからなおいろいろの訊問があったり、警察医の検死があったり、部屋の内と外の現場調べがあったりしたが、その揚句あげく、二郎は遂に其場そのばから拘引こういんされる事になった。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
まだ露の乾かない公園のなかを歩きまわった揚句あげく、戸が開くと同時に博物館のなかへはいって、少し汗ばんだ体にあの天井の高い室の冷やりとした空気を感じながら
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
木の葉を座敷にいたり、揚句あげくの果には、誰かが木の葉がお金であったらいいといったのを聞いたとかで、観音様の御賽銭おさいせんをつかみ出して、それを降らせたりしたので
寺内の奇人団 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
一八九六年三月まで、オート・ロアルやコート・ドールなどを浮浪した揚句あげく、ついにショーモンまで来たがそこで或る男を殴って捕まり、ボーヂェの刑務所に入れられた。
その父親の死後、莫大な借財に苦しめられて、学校も中途でよさなければならなかつた彼は、すつかりすさんで、不良少年になつたりした揚句あげく、ここまで落ちて来たと云ふ。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
どうかして宴会や友達との会合などが引続いて毎日御馳走を喰っていると、その揚句あげくにふいと風邪を引くというような経験がどうも実際に多いような気がして来たのである。
変った話 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ただ綿貫の迫害免れるような法律的の手段ないもんか知らん、話しようにったら夫かて光子さんに同情寄せんこともないやろと、困った揚句あげくそんなことまで考えましてん。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
箱根から伊豆いず半島の温泉へ、志ざす人々で、一杯になっているはずの二等室も、春と夏との間の、湯治には半端はんぱな時節であるのと、一週間ばかり雨が、降り続いた揚句あげくであるためとで
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
安達君は可もなく不可もない成績で卒業したけれど、就職の考査に再三失敗した揚句あげく、大谷さんが○○銀行に勤めている関係から、その肝煎きもいりで○○信託へ入れて貰ったのである。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
何時いつの頃であったか、多分その翌年頃の夏であったろう、その年おもにお島の手にまかされてあった、わずか二枚ばかりの蚕が、上蔟じょうぞくするにのない或日、養父とごたごたした物言ものいい揚句あげく
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
このポンコツというのは我々鉄道屋仲間の言葉で轢死れきしのことをいうのですが、私も昨年学校をてすぐ鉄道の試験を受け、幸い合格はしたもののどういう関係かさんざじらされた揚句あげく
(新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
鷲尾が知ってるだけの材料で話し終る間若者は熱心に破けたズボンの穴をいじくりまわしながら、はとのように丸い眼をクルクルさして聴いていたが、執拗しつこい程質問を繰りかえした揚句あげく
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)