うれ)” の例文
三人はこの頃の天気を恐れてみんな護謨合羽ゴムがっぱを用意していた。けれどもそれがいざ役に立つとなるとけっしてうれしい顔はしなかった。
初秋の一日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ゆきなか紅鯛べにだひ綺麗きれいなり。のお買初かひぞめの、ゆき眞夜中まよなか、うつくしきに、新版しんぱん繪草紙ゑざうしはゝつてもらひしうれしさ、わすがたし。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ことしは芳之助よしのすけもはや廿歳はたちいま一兩年いちりやうねんたるうへおほやけつまとよびつまばるゝぞとおもへばうれしさにむねをどりて友達ともだちなぶりごともはづかしく
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
理助は起きあがってうれしさうに笑って野原の方へ下りはじめました。私も包みを持ってうれしくて何べんも「ホウ。」と叫びました。
(新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
大女がそこにあらはれるが早いか、子供たちはみんな走つてそのそばへ行くのが、ちやうどお母さんでも来たやうに、うれしさうです。
虹猫の大女退治 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
わたしの長い寫眞物語しやしんものかたりのペエジにも悲喜ひきこも/″\の出來事がくり返されたが、あの刹那せつなにまさるうれしさがもうふたゝびあらうとはおもへない。
なんとも言えないほどうれしかったことには、行になって並んでいる数字のようなものが、ところどころに斑点はんてんになって見えるんだね。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
と云いながら、歩いて見たり、立ち止って見たり、砂の上へぐっと伸ばして見たりして、自分でもその恰好かっこううれしそうに眺めました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼らだけがその宝を見ることができた。少なくとも彼らはそう信じて、二人だけの小さな秘密にうれしくて、たがいに微笑ほほえみかわした。
かのあたたかうれしい愛情は、単に女性特有の自然の発展で、美しく見えた眼の表情も、やさしく感じられた態度もすべて無意識で、無意味で
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
私はその志をうれしくは受けるが、この書を読まれるならば大方の誤解は解け去るであろう。私は宗教の真理に懶惰らんだであったのではない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
読みて大尉たいゐ壮行さうかうわれともにするの感あり、此日このひよりのちことにして、此日このひ只一人たゞひとりうれしくて、ボンヤリとなり、社員にもせず
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
案ずるよりむが安い。さすがの竜之助もその心置きなき主人の気質がしのばれて、この時ばかりは涙のこぼれるほどうれしかった。
悟空ごくうの身体の部分部分は——目も耳も口も脚も手も——みんないつもうれしくてたまらないらしい。生き生きとし、ピチピチしている。
御見物のお嬢様坊ちゃまがた、わたしはまあ何と言って皆様にお礼を申していやら、あんまりうれしくて、申上げる言葉も知りません。
(新字新仮名) / 竹久夢二(著)
公園をさまよう若者達が「木馬館のラッパが、馬鹿によく響くではないか。あのラッパ吹き、きっとうれしいことでもあるんだよ」
木馬は廻る (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
められてもうれしくはないぞ。玄竹げんちく、それよりなに面白おもしろはなしでもせんか。』と、但馬守たじまのかみかほには、どうもらぬいろがあつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
父と下町へ行くのはいつも私の楽しみにして居たことで、此日もかういはれるとうれしくてたまらず、父の手にひかれてイソ/\行升ゆきました。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
「わたくしとても何気ない朝のうるわしさには、こころからうれしくぞんじています。貞時さまのおせきのこえまで覚えましてございます。」
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
はじめて弁当をもってきた末弟は、いつもうれしそうにしている顔をよけいニコニコさせて、兄貴のまえにまるいひざそろえて坐った。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
おとよは家を出るまでは出るのがうれしく、家を出てしばらくは出たのが嬉しかったが、今は省作を思うよりほかに何のことも頭にない。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
こんな悪たれを胸の中に沸き立たせながら、小走りになってむす子を追いかけて行くとき、かの女のいらだたしくも不思議にうれしい気持。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「そうかね」と病人は云ったが、何事にらず友達ともだちの言う事を猜疑さいぎの耳を持って聞く癖が付いているので、うれしくも思わなかった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
婆さんの前では小娘の様にうれさう顔附かほつきをして物言ものいひも甘えたやうな調子である。そして一日に幾となく額や手に接吻を交換して居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
カピ長 なんぢゃ、なんぢゃ! 小理窟屋こりくつやが! なんぢゃそれは? 「名譽めいよぢゃ」、「うれしいとおもひまする」、「うれしいとおもひませぬ」。
助けられしはうれしく思ひしが是また同じく勾引かどはかし盜人どろばうにてあるべし如何してよからんやと薄氣味惡うすきみわる胡亂々々うろ/\するを見て半四郎は是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
八太郎はさう独語ひとりごとつて、二匹の子犬を拾ひ上げて、懐の中に入れてやりました。子犬はあたたかい懐の中で、うれしがつて鼻を鳴らしました。
犬の八公 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
八ツぐらいの時であったが、母は私に手を焼き、お前は私の子供ではない、もらだと言った。そのときの私のうれしかったこと。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
或る日、私の父が、私のために小さな竜を彫った真鍮しんちゅう迷子札まいごふだを手ずからこしらえてくれた。それが私にはいかにもうれしかったのだろう。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
行幸の供にまかる人を送りては、「聞くだにうれし」と詠み、雪の頃旅立つ人を送りては、「用心してなだれにふな」と詠めり。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「今日」と、お宮はうれしさを包みきれぬように微笑わらい徴笑い「これから? おそかなくって?」行きとうもあるし、躊躇ためらうようにもいった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
今までそんな形の本は見たことがないのですから、うれしくってたまりません。「わたくしに解るかしら」と、おかっぱ頭をかしげました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
毎年の元旦に玄関で平突張へいつくばらせられた忌々いまいましさの腹慰はらいせがやっとこさと出来て、溜飲りゅういんさがったようなイイ気持がしたとうれしがった。
つばめうれしさうにとうさんを尻尾しつぽはね左右さいうふりながら、とほそらからやうやくこのやまなかいたといふはなしでもするらしいのでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
昨日の御訪問、なんともうれしく存じました。その折には、また僕には花束。竹さんとマア坊には赤い小さな英語の辞典一冊ずつのお土産。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
此時このときうれしさ! ると一しやくぐらいのあぢで、巨大きよだいなる魚群ぎよぐんはれたために、偶然ぐうぜんにも艇中ていちう飛込とびこんだのである。てんたまものわたくしいそ取上とりあげた。
やさしくうれしく勇ましき丈夫の心をも聴くことを得たる今は、又た何をか思ひ残さん、いざ、立ち帰りなんか、——帰りとも無し
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「いや。……」と私は頭に手をやり乍ら、それでも晴々した気持になつて、そろつてゐるみんなの顔を見渡し乍ら、うれしさうに其処そこの座についた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
紙製玩具の、電車の車掌しゃしょうさんのかばんを買ってくれとせがむのである。それを肩にかけると非常に御機嫌で、切符パンチをうれしそうに使用する。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
それから両手を高く上げ、鳥の飛ぶやうな形をして、うれしさうに叫びながら、町の通りを一散に走り出した。(『文藝』1937年1月号)
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
「そなたが、江戸に下られたうわさは、瓦版かわらばんでも読んでいた。いやもう、大変な評判で、うれしく思う。さあこれへ進まれるがよい」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
躊躇ためらっていたらしい静子が、信一郎の顔を見ると、艶然にっこりと笑って、はち切れそうなうれしさを抑えて、いそ/\とけ降りて来るのであった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ところがいちばん小さい男の子は、心からうれしそうにうなずいてみせました。そして、この子なりの言葉で大声にさけびました。
うれしそうに人のそわつくを見るに付け聞くに付け、またしても昨日きのうの我が憶出おもいいだされて、五月雨さみだれ頃の空と湿める、嘆息もする、面白くも無い。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
『おわかれしてから随分ずいぶんなが歳月としつきましたが、はからずもいまここでおにかかることができまして、こころからうれしうございます。』
そして読みおわってから庸三が二三批評の言葉を口にすると、彼女は「どうもすみません」と言って、うれしそうにお辞儀をするのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
たいていの子どもにはうれしくてめられず、大きくなってからも正月が来るたびに、いつも思い出すたのしい遊びであった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
わたし、すつかり、そんなこと忘れてゐました。」これをきいて、小ぐまさんはお猫さんが、おこつてゐないので、どんなにうれしかつたでせう。
わたしね、あなたがここまで来てくださらないでも、陰であなたの声を聞いたり足音を聞いたりしているだけでもうれしいのよ
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
飾磨屋の事だから、定めて祝儀もはずむのだろうに、うれしそうには見えない。「勝手な馬鹿をするが好い。おれは舟さえ漕いでいれば済むのだ」
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)