かたまり)” の例文
彼等は自分の背後うしろに岩石の崩れる音を聞いた。間もなく何か重たい、かたまりのやうなものが、濕つた土にどしりと落ちたやうであつた。
品川は青木に代ってそこを覗く勇気はなく、ごみだらけの板敷の隅っこにうずくまって、何かの黒いかたまりみたいに、身動きもしないでいた。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
くまさん、どうです、今日けふあたりは。ゆきうたでもうたつておくれ。わしあ、こほりかたまりにでもならなけりやいいがと心配しんぱいでなんねえだ」
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
飯のさい奴豆腐やっこどうふを一丁食ったところが、その豆腐が腹へ這入はいるや否や急に石灰いしばいかたまりに変化して、胃の中をふさいでいるような心持である。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
畫の中で岩石の重いかたまりや、または大きな檞の木の瘤立つた幹が、黒々と濃く前景に描かれて、空色の丘や陽の照つてゐる地平線や
そう云いながら、老人は勝平の身体をなかば抱き起すようにした。が、おおきい身体は少しの弾力もなく石のかたまりか何かのように重かった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
其間をトマムの剰水あまり盆景ぼんけい千松島ちまつしまと云った様な緑苔こけかたまりめぐって、流るゝとはなく唯硝子がらすを張った様に光って居る。やがてふもとに来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
はんねえでもくすりきいついてたのよ」勘次かんじはおつぎのいふのをむかへていた。かれの三尺帶じやくおびにはときもぎつとくゝつたかたまりがあつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
縁側から見渡せば、一めんに崩れ落ちた家屋のかたまりがあり、やや彼方かなたの鉄筋コンクリートの建物が残っているほか、目標になるものも無い。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
お浜は語り終って吐息をきました。何か娘心では背負しょい切れない、大きな恥のかたまりをおろして、ホッとしたような心持でしょう。
このから、少年せいねんのちいさいむねにはおほきなくろかたまりがおかれました。ねたましさににてうれしく、かなしさににてなつかしい物思ものおもひをおぼえそめたのです。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
「なあに、水をかけることはないよ。もう火はおさまっている。戦車がとけて、鉄のかたまりになっただけでおさまったよ。はははは」
人造人間エフ氏 (新字新仮名) / 海野十三(著)
不思議だろう! こんな泥みたいなかたまりから芽が出て来て、それからまた子を産むんだ、そしてそれが人間の口に這入って滋養じようになるんだ。
終りには、大きな砂糖のかたまりを其処に置いて、蟻が吸いついたり、食いもぎって持っていったりするのを、縁側に腹匐いになって眺め初めた。
或る素描 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
この煮物にものをさましていくつものかたまりに切り、その切り口へあなをあけて、毒薬をめ、その上へチーズを厚くぬってふたをした。
それから元気よく口笛くちぶえきながらパンってパンのかたまりを一つと角砂糖かくざとうを一ふくろ買いますといちもくさんに走りだしました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
而して驚かされた乳酪のかたまりが椅子の上からすべり下り、料理人コツクが細かに玉葱の庖丁を刻み、なまけたソフアの物思が軟かに温かい欠伸をつく。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
或人あるひととふていはく、雪のかたち六出むつかどなるはまえべんありてつまびらか也。雪頽なだれは雪のかたまりならん、くだけたるかたち雪の六出むつかどなる本形ほんけいをうしなひて方形かどだつはいかん。
結び上げた総角あげまき(組み紐の結んだかたまり)のふさ御簾みすの端から、几帳きちょうのほころびをとおして見えたので、薫はそれとうなずいた。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
頭の上は大空で、否、大空の中に、粗削あらけずりの石のかたまりが挟まれていて、その塊を土台として、蒲鉾形かまぼこなりむしろ小舎が出来ている。
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
大蛇だいじゃあぎといたような、真紅まっかな土の空洞うつろの中に、づほらとした黒いかたまりが見えたのを、くわの先で掻出かきだして見ると——かめで。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宿屋の亭主風情ふぜいに見くびられたと思っての腹立ちか、懐中からずる/″\と納戸縮緬なんどちりめんの少し汚れた胴巻を取出し、汚れた紙に包んだかたまりを見ると
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
翌年の春、試みにその漁師に一かたまりの鰍の卵を送って試してみろと言った。漁師からすぐ返事がきて、素敵な成績である。
鰍の卵について (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
モシできる事なら、大理石のかたまりのまん中に、半人半獣の二人がかみ合っているところを彫ってみたい、塊の外面そとにそのからみ合った手を現わして。
号外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
お茶が運ばれて来ると、彼は立ったままで、把手とってのついた大コップをた口でからにし、ほとんどまたたくひまに白パンの大きなかたまりを平らげてしまった。
ぜにっていないが、ここに、さんごや真珠しんじゅきんかたまりがあります。これでってください。わたし着物きものでありません。おじいさんの着物きものです。」
黒い旗物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)
濶々ひろ/″\とした北浦はいつか後に、次第に川らしい感じになつて来た。氷のかたまりのそここゝに動いてゐるのが微かに見えた。
船路 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
そいからまたしてもいとなり出して、今度は前よりもっと苦しそうにのた打ち廻って、何や血のかたまりみたいなもんが出たらしいいうたりするのんですが
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
向けて来る物干竿の切っ先は炎々たる闘志のかたまりであった。清十郎の体にはさすが拳法の嫡子ちゃくし、それを受けるだけの余裕と鍛えたものが十分に見える。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その無意識な不格好なあわれな肉のかたまりは、自分に定められてる労苦の一生を予感してるかのようである。そして何物も彼を静めることはできない……。
口の中に真黒い血が一とかたまり泌み出いておる処を見ると、これは尋常事ただごとじゃないと気が付いたけに、今日がきょうまで世間の噂を探りおったものじゃがなあ
胸に出来ているかたまりを、吐き出したいという願いもあった。どぎった事をやってみたい。こういう望みも持っていた。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
外の雪は、まだまだむべき模様もなく、時々吹雪が裏の板戸をでて通り過ぎると、ポタポタと雪のかたまりが植込のこずえすべって庭へ落ちる音が聞えます。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
浮いて来る埃塵ごみかたまりや、西瓜すいかの皮や、腐った猫の死骸しがいや、板片いたきれと同じように、気に掛るこの世の中の些細ささいな事は皆ずんずん流れて行くように思われた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「俊夫さん、大変です。たった今うちへ泥棒が入って、大切な白金はっきんかたまりをとってゆきました。早く来てください」
暗夜の格闘 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そこへまた、なにかみなりのやうに怒鳴どなこえがしたかとおもふと、小牛こうしほどもあるかたこほりかたまりがピユーツとちてきて、真向まつこうからラランのからだをばした。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
地の底とは思われない広い部屋に、大勢の黒いかたまり累々るいるいと、また蠢々しゅんしゅんと、動きまわり、かたまり合っているところ、実に浮世離れのしたながめであった。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
炭焼き小屋がありまして、そこの炭焼き男に一夜の宿を乞うたのでありますが、その男が炭俵を編むのに使っている帙櫨ちつろは、黄金のかたまりだったのであります。
学年始めの式の朝登校すると、控所でかたまりになつて誰かれの成績を批評し合つてゐた中の一人が、私を弥次やじると即座に、一同はわつと声をそろへて笑つた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
しかしそれだけでは要吉の胸の中につかえている重くるしいかたまりは少しも軽くはなりませんでした。(昭3・7)
水菓子屋の要吉 (新字新仮名) / 木内高音(著)
「ミゼラブル」の中でファンティーヌが往来で乱暴な男に肩へ雪のかたまりをおっつけられるところもあります。これはユーゴーが実際に見た出来事だそうです。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
皆ごく小声で語り合っていて、抵抗力のある太い堅固な緻密ちみつなほとんど貫き難いかたまりとなっていた。そのうちにはもうほとんど黒服も丸帽子も見えなかった。
皇帝の居間の直下すぐしたに当ると云ふ広場などは人間のかたまりで身動きの成らぬ程であつたが、自分達は自動車に乗つて居たお蔭でからうじて通り抜ける事が出来た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
私は家内があまり静かなので、変に思って懐中電燈を照しながら、座敷の方へ這入って行くと、丁度居間との境とも思われる辺に、暗黒なかたまりよこたわっていた。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
康おじさんはみんなが耳朶みみたぶを引立てているのを見て、おおいに得意になって瘤のかたまりがハチ切れそうな声を出した。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
彼女は下宿人の前に、出がらしの茶を入れたひびのいった自前の茶碗ちゃわんを置き、黄色い砂糖のかたまりを二つのせた。
坂を下りながら向うを見ると遠くの屋根の上に真赤なかたまりが忽ち現れたのでちょっと驚いた。箒星ほうきぼしが三つ四つ一処に出たかと思うような形で怪しげな色であった。
熊手と提灯 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
その人物たるや、まったくゆがんだ、なにかのかたまりを引き延ばしたとも、或いはたがいに離れようとして徒らに力なくもがいている粗野な断片の集まりとも見えた。
彼れは腹がけのどんぶりの中を探り廻わしてぼろぼろの紙のかたまりをつかみ出した。そしてたけのこの皮をぐように幾枚もの紙を剥がすと真黒になった三文判がころがり出た。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
小學校の兒童が五人、八人づつ一塊ひとかたまりになつて歸つて來る。其のかたまりの中から可愛らしいお光を見出して家へ呼び込む。それが小池の毎日の仕事のやうになつてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)