あか)” の例文
日の光が斜めに窓からさし込むので、それを真面まともに受けた大尉のあかじみた横顔にはらない無性髯ぶしょうひげが一本々々針のように光っている。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まことにつまらない思いで、湯槽からい上って、足の裏のあかなど、落して銭湯の他の客たちの配給の話などに耳を傾けていました。
トカトントン (新字新仮名) / 太宰治(著)
あか染みた、こわい無精髭が顔中を覆い包んでいるが、鼻筋の正しい、どこか憔悴やつれたような中にも、りんとした気魄きはくほの見えているのだ。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
引きおろさせてみると、汚い風こそしておりますが、さすがに娘になる年配で、ほこりあかとにまみれながらも、不思議に美しさが輝きます。
あいつらは狒々ひひだから、あたしたちがほしいといえばあかだらけの襦袢じゅばんとだって、なんでも交換してくれるわ。この指輪だってそうよ。
砂馬は足のあかをよって、黒い玉にすると、そいつをつまんで、つめのさきでぽんと庭にはじいた。空いた右手では「朝日」をすいながら
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
だ東京で三年前に買つたまゝのをかぶつて居る僕の帽もこの連中れんぢゆうあかみた鳥打帽やひゞれた山高帽やまだかばうに比べれば謙遜する必要は無かつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
王は単にその夫たるだけの訳であがめらるるに過ぎず、したがって王冠があかの他人の手に移らぬよう王はなるべくその姉妹を后とした。
「当時まだ二十歳に満たない年少でしたがどこか重厚な風があり、いつもあか汚れた服装して愚堂和尚の禅室の端に来ておりましたが」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兄は一人ぼっちで、治療をする費用もなく、慰めてくれる友達もなく、あかづいた煎餅せんべいぶとんにくるまって、死にかけていました。……
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
月代さかやきひげも伸び放題だし、あかじみた着物やはかまは継ぎはぎだらけで、ちょっと本当とは思えないくらい尾羽うち枯らした恰好である。
日日平安 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
梯子はしごをかけなければ、手の届きかねるまで高く積み重ねた書物がある。手ずれ、指のあかで、黒くなっている。金文字で光っている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
野飼いの奇傑きけつ蒲生泰軒は、その面前にどっかと大あぐらを組むと、ぐいと手を伸ばして取った脇息をあかじみたわきの下へかいこんで
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おきみさんもおのれほどの才女のおしめを洗ふは、仏教に篤き光明子こうみょうしがかたゐのあかをかきしと同じく名誉なりとも思はば思はるべく候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
渠がこの家にきたりし以来、吉造あか附きたるふどしめず、三太夫どのもむさくるしきひげはやさず、綾子のえりずるようにりて参らせ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だから、希臘人といふ希臘人はみんなあかまみれで、そばへ寄つてみると、(考古学者だつて、たまにはきた人間の側に寄らないとも限らない)
汚点しみのついてる古い壁板、きたない天井、緑というよりもむしろ黄いろくなってるセルの着せてあるテーブル、手あかで黒くなってる扉
此次このつぎ座敷ざしきはきたなくつてせまうございますが、蒲団ふとんかはへたばかりでまだあかもたんときませんから、ゆつくりお休みなさいまし
これをの「モロッコ」の冒頭に出て来るアラビア人と驢馬ろばのシーンに比べるとおもしろい。後者のほうがよほどあかが取れた感じがする。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そしてめったに洗濯をしたことがなく、おまけに彼女はそれらを素肌へまとうのが癖でしたから、どれも大概はあかじみていました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
多少あかになった薩摩絣さつまがすりの着物を着て、観世撚かんぜよりの羽織ひもにも、きちんとはいたはかまにも、その人の気質が明らかに書きしるしてあるようだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「ふみ、お前はな、あんな他人の頭のあかのお蔭で暮している家の子なんかと一緒に学校に行ったり帰ったりしちゃあいけないよ」
これらは中等以下の社会の人に多い。しかし中等以上はさすがにそれほどにもない。あかは沢山付いて居っても幾分か綺麗なところがある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
彼は盲人めくらである。年ごろは三十二三でもあろうか、日に焼けて黒いのと、あかうずもれて汚ないのとで年もしかとは判じかねるほどであった。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
公子二人は美服しているのに、温は独り汚れあかついたきぬを着ていて、兎角とかく公子等に頤使いしせられるので、妓等は初め僮僕どうぼくではないかと思った。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
落泊おちぶれても手や顔にあかをつけていなかった。その前にしゃがんで、表札を書いてもらっているものや、手紙の上封ふうを頼んでいるものもあった。
その美しい顔は一と眼で彼女が何病だかを直感させた。陶器のように白い皮膚をかげらせている多いうぶ毛。鼻孔のまわりのあか
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ともかく、活動写真のレンズにほこりや古色があってはならない如く、新らしき芸術、尖端的都会、尖端人、あらゆる近代にはあかは禁物である。
口頭くちさきですっかりさとったようなことをもうすのはなんでもありませぬが、実地じっちあたってるとおもいのほかこころあかおおいのが人間にんげんつねでございます。
爪のあかほどにも価しない私が、いま汽車に乗って、当もなくうらぶれた旅をしている。私は妙に旅愁を感じるとまぶたが熱くふくらがって来た。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
浮世のあかをなめております。……ねんねえのあなたのお許婚などを、いじめておさえつけて追い出すことぐらいは朝飯前の仕事でございます。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
手も足もちりあかがうす黒くたまったはだしの男のが三人で土いじりをしていたが、私たちの通るのを見て「やア」と言いながら手をあげた。
日光小品 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それあ、江戸ッ子のあかの抜けた個人主義と神経過敏とは、どこの人間でもかないっこないさ。それを田舎者は矢鱈やたらに崇拝するから困るんだ……。
しかし彼女の気持からは、その男はあかっぽい感触を持ってるので、なるべく一人垣を隔てた向うへどうしても置きたかった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それから俊夫君は、耳かきを持って、死体の耳のあかを取りました。次いで手の爪の垢、足の爪の垢を注意して集めました。
墓地の殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「あのね、あの虫は大変賢いだらう。だからわしの鼻のあなに沢山毛が生えて、あかもついてゐるから、毛をかつたり垢を掃除したりさせるのだよ。」
漁師の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
万客ばんきゃくあか宿とどめて、夏でさえ冷やつく名代部屋の夜具の中は、冬の夜のけては氷の上にるより耐えられぬかも知れぬ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
茂緒が、女らしく二組の着物を四通りに着るのとちがって、修造ときたら、今日も昨日も一昨日も、あかでしめったような着物の一てんばりなのだ。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
お浜はいつもあかのたまった、裾が地べたを引きずるような、裾の長い紺絣の着物を着て、赤いメリンスの帯を小娘のようにだらしなくしめている。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
だが、髪や形の化粧をするときには、いつも心の化粧をしてほしいものです。心をチャンと掃除して、ちりあかのないようにしておきたいものです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
何にしろ黒じみずあかじみず、梅林のけはいの何処どこかにしみこんでいる、すぱりとして鋭いくせに、またおっとりした
木彫ウソを作った時 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
さうして西風にしかぜうしろくゝつたきたな手拭てぬぐひはしまくつて、あぶられたほこりだらけのあかかみきあげるやうにしてそのあかだらけの首筋くびすぢ剥出むきだしにさせてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
させても役に立ける此感應院は兼てよりお三婆さんばゝとは懇意こんいにしけるが或時寶澤をよびて申けるは其方そち行衣ぎやうえ其外ともあかつきし物をもちお三婆の方へ參り洗濯せんたく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
寝る前に、漁夫達はあかでスルメのようにガバガバになったメリヤスやネルのシャツを脱いで、ストーヴの上に広げた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
そいつが、盲目縞の着物に対の羽織というと、いかにも板についているが、それもあかじみて、裾がすりきれている。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
もっとせっせとあかおとしをやっているところのつやについては皆目めがつかぬ。あなおもしろ。ふと、日を考えちがえしていて、きょうは二十一日ね。
「そんなに家が恋しいんじゃとても海外発展どころの沙汰じゃないね。些っと天草女あまくさおんなの爪のあかでもせんじて飲むと宜い」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それがまたすすやらあかやらで何の木か見別けがつかぬ位、奥の間の最も煙に遠いとこでも、天井板がまるで油炭で塗った様に、板の木目もくめも判らぬほど黒い。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
どんなあかじみた布団ふとんでもよい。いや布団などはなくとも畳でもよい。畳もなければ板の間でもかまわぬ。板の間がなければ、せめて乾いた地面でもよい。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
其處そこをよくわきまへて、たゞしくはたらいてもらひたい。つめあかほどでも、不正ふせいがあつたら、この但馬たじまけつしてだまつてゐない。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)