住居すまひ)” の例文
斯う声を掛けて、敬之進の住居すまひを訪れたのは銀之助である。友達思ひの銀之助は心配し乍ら、丑松の後を追つて尋ねて来たのであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
むかし、台湾たいわんの南のはじの要害の地に、支那しなの海賊がやつてきて、住居すまひをかまへましたので、附近の住民はたいへん困りました。
金の猫の鬼 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
かく庫裡くり——二三年前まで留守居の男のゐた庫裡を掃除して、そこに住居すまひすることの出来る準備を世話人達がして呉れた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
住居すまひけました。なにもありません。——休息きうそくに、同僚どうれうのでもりられればですが、大抵たいていはこのまゝます。」とのことだつたさうである。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
蘿月らげつにはか狼狽うろたへ出し、八日頃やうかごろ夕月ゆふづきがまだ真白ましろ夕焼ゆふやけの空にかゝつてゐるころから小梅瓦町こうめかはらまち住居すまひあとにテク/\今戸いまどをさして歩いて行つた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一重ひとへ隔てた昔の住居すまひには誰が居るのだらうと思つて注意して見ると、終日かたりと云ふ音もしない。いてゐたのである。
変な音 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
平次と八五郎はそれつきりにして、もう一度住居すまひの方へ引揚げました。お勝手に居たのはお傳といふ四十五六の中婆さんで
『エイブラム師』は隣の座席に立つたまゝ、思ひに沈みながら、入口越しに、道路と荒れ果てた昔の住居すまひとを凝視みつめてゐた。
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)
卒業後若い文士は東京に住居すまひした。今日も明日も雨許りの六月頃主人は土産片手に息子の宿を訪ねた。長い間息子の便りが絶えて居たのである。
若芽 (新字旧仮名) / 島田清次郎(著)
借家しやくやは或実業家の別荘の中に建つてゐたから、芭蕉ばせうのきさへぎつたり、広い池が見渡せたり、存外ぞんぐわい居心地のよい住居すまひだつた。
身のまはり (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こは富山唯継が住居すまひにて、その女客は宮が母なり。あるじとくに会社に出勤せし後にて、例刻にきたれる髪結の今方帰行かへりゆきて、まだその跡も掃かぬ程なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
住居すまひと、店を二つももつてゐるほどのはたらき人で、うたをうたふことの大好きな、おどけ上手の、正直ものでした。
ざんげ (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
おゝ、こひ屋敷やしきうたれど、おのが住居すまひにはまだならぬ、ひとったれど、まだ賞翫しゃうくわんはしてもらへぬ。
それに石段の上にある門と住居すまひとの距離も可也遠かつたし、前には山川の流れが不断の音をたゝへて、門内の松の梢にも、夜風が汐の遠鳴のやうにざわめいてゐた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
それでだね、弘、われわれも、今月いつぱいであの家を引き払ふが、君たちも手頃な住居すまひを見つけて貰はうぢやないか。二人きりなら、アパートなんか、どうだい。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
眺望がいからと言つてこの梅の坊をえらんで住居すまひにした道臣も、此頃では、景色なぞはどうでも可い、といつた風で、毎日お駒やお時を相手にして酒ばかり飮んでゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
たゝき是こそ私し同町に住居すまひ致居候浪人藤崎道十郎と申者の所持しよぢかさに有之此からかさにて思ひ當りし事あり同人義昨日も私し方へ參りをり候是は當今たうこん同人事病氣にて拙者せつしやより藥を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
廿四五年たちました今は七十戸程に増してゐますがその内で障子をたてたりして幾分でも住居すまひらしくなつた家は、小作をし乍ら小金をためて他の小作へ金を貸したりした人のもので
農場開放顛末 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
して又一頻ひとしきり、異ふ意味での談話が盛つた。が、それでも二時近くなると、芸者たちもぽつ/\帰つて行き、割合に近くに住居すまひのあるS君とY君とも、自動車を呼んで、帰る事になつた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
住居すまひはそこから右手へかけての棟つゞきであるらしく、前面からは塀と樹木とのためによく見えないが、この地方特有の赤黒い釉薬うはぐすりをかけた屋根瓦のぎつしりした厚みがその上に覗いてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
しか此樣こんこと如何いかかんがへたとてわかはづのものでない、それよりはこのしま元來ぐわんらい無人島むじんとうか、いなかゞ一大いちだい問題もんだいだ、無人島むじんとうならばそれ/\べつ覺悟かくごするところもあるし、よしひと住居すまひしてしまにしても
わしの住居すまひを離れた事のない人間なのだが、人はわしの話すのを聞くと、わしは浮世の歓楽に倦みはてゝ、信心深い、波瀾に富んだ生涯の結末を神に仕へて暮さうと云ふ沙門だと思ふかもしれない。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
孤獨なる 孤獨なる 汝の住居すまひを用意せよ
艸千里 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
廣場に、旅館ホテルに、市場いちばに、住居すまひ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
帰ればおのが住居すまひなりけり
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
獨り住居すまひのともすれば
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
みづながせば何處どこくゞつて——いけがあります——ひと住居すまひながれてて、なかでもかくさなければらないもののまりさうで身體からだふるへる。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
どこか気に入つたところに住居すまひを定めるつもりでしたが、その気に入つたところがなかなか見当りませんので、のんきな旅をつづけてるのでした。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
三、澄見のこの日参り候は、内々治部少かたより頼まれ候よしにて、秀林院様のおん住居すまひを城内へおん移し遊ばされ候やう、お勧め申す為に御座候。
糸女覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
はたらかば後の始末しまつ面倒めんだうならんいつ翌日あしたくらきにたゝせんさうじや/\とうち點頭うなづきひとゑみつゝ取出すかさ日外いつぞや同町に住居すまひする藤崎ふぢさきだう十郎が忘れて行しを幸ひなりとかくおきふけるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
別荘が隠居所となり、やがて、夫の死、嫁の死、娘婿の死と、計らずも次ぎ次ぎに見送つた下枝子は、これを手頃な住居すまひとして、残されたものだけを一つ屋根の下に収容した。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
私は又養嗣子夫婦の住居すまひになつてゐる二階へあがつて行つた。総てこの家は、前に来たよりも、手広くなつてゐて、兄達老夫婦の階下の二間ふたまも、すつかり明るく取拡げられてゐた。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
『エイブラム師』の眼は、ぢつと彼の昔の住居すまひの破れたドアの上に注がれた。
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)
『そこがそれ、君と僕と違ふところさ。』と銀之助は笑ひ乍ら、『実は此頃こなひだ或雑誌を読んだところが、其中に精神病患者のことが書いてあつた。斯うさ。或人が其男の住居すまひわきに猫を捨てた。 ...
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
午後ひるすぎから亀井戸かめゐど龍眼寺りゆうがんじ書院しよゐん俳諧はいかい運座うんざがあるといふので、蘿月らげつはその日の午前にたづねて来た長吉ちやうきち茶漬ちやづけをすましたのち小梅こうめ住居すまひから押上おしあげ堀割ほりわり柳島やなぎしまはうへと連れだつて話しながら歩いた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
畔柳の住居すまひを限として、それよりさきは道あれども、まらうどの足をるべくもあらず、納屋、物干場、井戸端などの透きて見ゆる疎垣まだらがき此方こなたに、かしの実のおびただしこぼれて、片側かたわきに下水を流せる細路ほそみちを鶏の遊び
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
のき打ちの門、かなめもちの垣、それから竿に干した洗濯物、——すべてがどの家も変りはなかつた。この平凡な住居すまひ容子ようすは、多少信子を失望させた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
町を出はづれたところに、海につきでた岩山があつて、そのすそに小さないほりがありました。ポリモス上人の住居すまひです。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
澁色しぶいろはしわたると、きしからいたわたしたふねがある、いたわたつて、とまなか出入でいりをするので、このふね與吉よきち住居すまひ
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
も云ず面を見詰みつめて居たりしが今日は仕方なし明日あすからはせいを出してかふやうに致されよ左右とかく其樣な事にては江戸えど住居すまひは出來難し先々御やすみなされと云捨いひすて我家わがやへこそはかへりけれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
お話が後先あとさきになりましたが、先生、お住居すまひはどちらでいらつしやいます?
職業(教訓劇) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
何だか親達二人共、怠けてばかりゐて、住居すまひも落着かなかつたやうです。
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)
敬之進の住居すまひといふは、どこから見ても古い粗造な農家風の草屋。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼は年々自分の住居すまひの狭苦しいのを感じてゐた。
風呂桶 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
玉敷たましきの都の中に、むねを並べいらかを争へる、たかいやしき人の住居すまひは、代々よよてつきせぬものなれど、これをまことかとたづぬれば、昔ありし家はまれなり。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ざつわし住居すまひおもへばいの。ぢやが、もんしまつてつては、一向いつかう出入ではひりもるまいが。第一だいいちわしゆるさいではおぬし此處こゝへはとほれぬとつた理合りあひぢや。
画の裡 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
何かの職業について、一つところ住居すまひを定めてる者もありますが、多くは、各地をわたり歩いてる流浪の者です。それで、数は少いけれど、いたるところに見かけられます。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
僕は僕の住居すまひを離れるのに従ひ、何か僕の人格も曖昧あいまいになるのを感じてゐる。この現象が現れるのは僕の住居を離れること、三十マイル前後に始まるらしい。
僕は (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「あゝ……いまも風説うはさをして、あんじてました。お住居すまひ澁谷しぶやだが、あなたは下町したまちへお出掛でかけがちだから。」
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
野を横ぎり、丘を越え、森をつききつて、「金の猫の鬼」の住居すまひの方へと進みました。
金の猫の鬼 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)