ぐらい)” の例文
誰もが知っている通り、春夏秋冬と、松の木ぐらい手入ていれに手数のかかる木はすくない。自然物入ものいりもかさむ。全くやっかい至極な放蕩息子だ。
解説 趣味を通じての先生 (新字新仮名) / 額田六福(著)
「ああ、そうですか。……貴方は森虎造の戸棚の中に、これと一緒にあった美しい貼り交ぜをしたこれぐらいの函を見ませんでした?」
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
馴々なれなれしくことばをかけるぐらいせめてもの心遣こころやりに、二月ふたつき三月みつきすごうちに、飛騨の涼しい秋は早くも別れを告げて、寒い冬の山風が吹いて来た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今日きょうまたにかかってようかしら……。』わたくしとしてはただそれぐらいのあっさりした心持こころもち出掛でかけたまでのことでございました。
人間の頭ぐらいげんこくだくことができると云っている。んだか山師やましのようでもあるが、また真箇ほんとう真言しんごん行者ぎょうじゃのようでもある。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ふう一寸ちょっと垢脱あかぬけのした処が有ったかも知れぬが、それとても浮気男の眼をぐらいの価値で大した女ではなかったのに、私は非常に感服して了った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
加うるに森山とう先生も何も英語を大層たいそう知て居る人ではない、ようやく少し発音を心得て居ると云うぐらいとてれは仕方しかたないと、余儀なく断念。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ぐらいは云ったかも知れぬ。——と、もっともこれは又右衛門を贔屓ひいきにしての説明で、本当は油断の隙を撲られたのかも知れない。
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「君は命拾いのちびろいをしたぞ! もう大丈夫。あしを一本お貰い申したがね、何の、君、此様こんあしの一本ぐらい、何でもないさねえ。君もう口がけるかい?」
線路と富田博士邸の裏口との間には大分広い、そうだ、テニスコートの一つぐらい置かれる様な空地、草も何も生えていない小砂利混りの空地がある。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なに左樣さうでない、このじう泥土どろと、松脂まつやにとで、毛皮けがわてつのやうにかためてるのだから、小銃せうじう彈丸たまぐらいでは容易ようゐつらぬこと出來できないのさ。』とわたくしなぐさめた。
中にも最も悪句少きは『猿蓑さるみの』(俳諧七部集の内)、『蕪村七部集』『蕪村句集』ぐらいなるべし。(『故人五百題』は普通に坊間ぼうかんに行はれて初学には便利なり)
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
長「腹などは立たんからお云いよ、大それたとは思いません、しょうそれたぐらいに思います、云って下さい」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もしかするとお母さんにもしかられるだろうと思うと少しぐらい碁石は取られても我慢する気になった。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
アウエリヤヌイチはドクトルの廉潔れんけつで、正直しょうじきであるのはかねてもっていたが、しかしそれにしても、二万えんぐらいたしか所有もっていることとのみおもうていたのに、かくといては
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
と間もなく、大男の四十ぐらいの中尉が、帽子もかぶらず半ズボンで、鉄鞭てつべんを持って出て来た。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
月の末方すえがたには、除隊の兵士が帰って来る。近衛か、第一師団か、せめて横須賀よこすかぐらいならまだしも、運悪く北海道三界旭川あさひがわへでもやられた者は、二年ぶり三年ぶりで帰って来るのだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「弓は射るもの当てるもの、江戸で引いても当らぬものは富籤とみくじぐらいじゃ。第一——」
それに引変えやぶれ褞袍おんぼう着て藁草履わらぞうりはき腰に利鎌とがまさしたるを農夫は拝み、阿波縮あわちぢみ浴衣ゆかた綿八反めんはったんの帯、洋銀のかんざしぐらいの御姿を見しは小商人こあきんどにて、風寒き北海道にては、にしんうろこ怪しく光るどんざ布子ぬのこ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
女主あるじづからなべ茶椀ちやわんむしぐらいはなるも道理ことわりおもてにかゝげし看板かんばんれば子細しさいらしく御料理おんりようりとぞしたゝめける、さりとて仕出しだたのみにゆきたらばなにとかいふらん、にはか今日こんにち品切しなぎれもをかしかるべく
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
(家を見るだけぐらいならいいだろう——)
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
鵜呑うのみで大抵間に合う。間に合わんのは作文に数学ぐらいのものだが、作文は小学時代から得意の科目で、是は心配はない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
はははそのころモー七十ぐらいわたくし最後さいごにおにかかったときとは大変たいへん相違そういで、かげもなく、いさらぼいてりました。
今のように一寸ちょいとも警察と云うものがなかったから乱暴は勝手次第、けれども存外に悪い事をしない、一寸ちょいとこの植木見世ぐらいの話でのある悪事は決してしない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その昔、𤢖を友としていた重蔵は、ほかの人のように𤢖を恐しい者とも思わなかった。むしふるい友達を尋ねて、当分の隠れ場所を借りようかぐらいに思っていたのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大層なって熟しているけれども、真桑瓜を黙って持って行くはよろしくないというが、一寸此処こゝで食うぐらいの事は何も野暴のあらしでもないからよかろう、一つ揉ぎって食おうか
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しばらくののちには三人はようやく声がとどくぐらいたがいに離ればなれになってしまいました。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
よく見ると、そいつはせ細った、小柄の、五十ぐらいじいさんなのです。
目羅博士の不思議な犯罪 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それでは父親が帰ったであろうかと思ったが、帰って来れば空車あきぐるまをがたがたといて来るのが例になっているし、それに小供を頼んであった礼ぐらいを云うはずであるから、父親でないことは判っている。
車屋の小供 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
めづらしいこと陰氣いんきのはなしをかせられる、なぐさめたいにも本末もとすゑをしらぬからはうがつかぬ、ゆめてくれるほどじつがあらば奧樣おくさまにしてくれろぐらいいひそうなものだにつからおこゑがゝりもいはういふもの
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ひろさは直徑さしわたし三十ヤードぐらいふかさはわずか一じやうにもらぬほどだから、鐵檻車てつおりのくるま屋根やねのぼつたら、あるひあなそと飛出とびだこと出來できるやうだが、まへにもつたやう擂盆すりばちかたちをなしたあな四邊しへんじつ細微さいびなるすな
それも唯其丈の話で、夫だから如何どうという事もない。君、モーパッサンの捉まえどこだね、というぐらいが落だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
れから物価の高いにも驚いた。牡蠣かき一罎いちびん買うと、半ドル、幾つあるかと思うと二十粒か三十粒ぐらいしかない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼もおそらく最後の決心を固めたかも知れぬ。涙の眼は漸次しだいに乾いて、けわしい眉のあいだに殺気を含んで来た。物を奪い、人を殺すぐらいのことは、彼等の仲間では別に不思議の事でもない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは時間じかんにすればおそらくようやく一ときぐらいみじかい統一とういつであったとおもいますが、こころ引緊ひきしまっているせいか、わたくしとすれば前後ぜんごにないくらいのすぐれてふか統一状態とういつじょうたいはいったのでございました。
云わば内のせがれを来年の二月婚礼を致すまで、先の主人へ預けて置くのだ、少しぐらいの粗相が有ったッてしくじらせる事があるものか、と不理窟をいえばそんなものだが、マア一緒に行こう
何千軒とも知んねえうちが焼け、土蔵倉を落す中で、盗賊どろぼうに包を取られたぐらいはなんでもねえに、母親おふくろに済まねえからと云って此の溝へ飛込んでおッぬとは、年はいかねえがあんまり分別がねえ話だ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
新「金は千両ぐらい出します、足りなければ三千両出しやす」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)