すか)” の例文
浴室よくしつまどからもこれえて、うつすりと湯氣ゆげすかすと、ほかの土地とちにはあまりあるまい、海市かいしたいする、山谷さんこく蜃氣樓しんきろうつた風情ふぜいがある。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「何だって、そんな余計な事を云うんだ」と度盛どもりすかして見る。先生の精神は半ば験温器にある。浅井君はこの間に元気を回復した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やっと二三十けんばかりの処に近づいて、月の光りにすかして見ると、提燈ばかりが歩いているのでなく、どうやら人が持っているのだ。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
万田龍之助は立ち止って後ろの方をすかしました。山路に残して来たお染の事を思い浮べると、不気味な戦慄がゾッと背筋を走るのです。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
丁字簾ちょうじすだれ一枚、これは朝鮮に居る人からの贈物で座敷の縁側にかかつて居る。この簾をすかして隣の羯翁かつおうのうちの竹藪がそよいで居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
落葉おちばには灰際はひぎはから外側そとがはつたひてがべろ/\とわたつた。卯平うへい不自由ふじいう火箸ひばし落葉おちばすかした。迅速じんそく生命せいめい恢復くわいふくした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
取上見るに女の生首なまくびなりよつ月影つきかげすかして猶熟々つく/″\改し處まがふ方なき妻白妙が首に候間何者の所業なるやと一時はむねも一ぱいに相成我を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
通りをすかし見ても、一軒も起きてる家は無かった。人影はもう全く途絶えていた。それで二人は黙って家の前まで帰っていった。
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それも以前から見ると、余程大きなのを用ゐてゐるらしく、煌々たる光りが三方の硝子戸をすかしてあたりの闇をしのけてゐる。
西瓜喰ふ人 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
沛然はいぜんとして金銀の色に落ちて来た、と同時に例の嫁入よめいり行列の影は何町なんちょうったか、姿は一団の霧に隠れてらにすかすも見えない。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
浜からはよく強い洋酒などをもらって来て、黄金色したその酒を小さいコップぎながら、日にすかして見てはうまそうになめていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
生垣いけがきの上の方をすかすと、石碑の頭が一種の光を持って見えていた。主翁ていしゅの心は暗くなった。彼は書生とぴったりならんで歩いた。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
人に怨まれる覚えはないが、はて何者とすかして見たら、藪の彼方むこうにも人影が、十人ほどごそごそ動いている。私はそこで考えた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小男を背中へ引っかけた老人は、暗い中からすかして見ると、なるほどその人は茶筅頭ちゃせんあたまをして、お医者さんの恰好かっこうをしているから
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
此方では襖へピッタリ身を寄せてすかして見ますると、橋の傍にいて居ますランプ灯の火光あかりばかりで有りますけれども其の姿が見えます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
年をとつた僧正も、わしには「永遠」につてゐる神の如くに見えた。わしは実に、殿堂の穹窿きゆうりゆうすかして、天国を望む事が出来たのである。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
この淡紅色たんこうしょくの薄さはあたかも綾羅りょうらすかして見たる色の如く全く言葉もていひ現しあたはざるほどあるかなきかの薄さを示したり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すると、後方の、針葉樹の林に登った太陽が、濃い霧をすかし始めると、左の丘には、やはり砲軍の姿がほのかに見えていた。隊長は安心した。
勲章を貰う話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「こはいぶかし、路にや迷ふたる」ト、彼方あなたすかし見れば、年りたるえのき小暗おぐらく茂りたる陰に、これかと見ゆる洞ありけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
更に雪明ゆきあかりですかしてると、土間の隅には二三枚の荒莚あらむしろが積み重ねてあったので、お葉はこれ持出もちだしてかまちの上に敷いた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
会計係が窃々くす/\笑ひながら答へると、中村氏は腑に落ちなささうな顔をして、小切手を裏返してみたり、すかしてみたりしてゐたが、暫くすると
歳子がそのコツプを月にさしつけて、すかしてゐると、牧瀬は「水晶石榴ざくろのシロツプです。シロツプでは上品な部ですね。」
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
これも前句同様冬木立の中の寺を咏じたもので、夜その寺で焚火をしているのが、冬木立をすかして見えるというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
傘は二人の恋人をかくし、保護し、そのすかし入りの影で二人をおおっている。というのは、太陽の白い針が、そこかしこ、穴を明けているのである。
実に電波にとっては金城鉄壁きんじょうてっぺきだと思われていた電気天井をばまるでかごの目から水がるように、イヤそれよりもX光線が木でも肉でもすかすように
科学が臍を曲げた話 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
が、夕暗の中にすかして見ると、彼は相不変あいかわらずひややかな表情を浮べたまま、仏蘭西窓の外の水の光を根気よく眺めているのです。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
喧嘩になれた巌は進みくる木俣を右にすかしざまに片手の目つぶしを食わした。木俣のあっとひるんだ拍子ひょうしに巌は左へ回って向こうずねをけとばした。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
愕然びつくりし乍ら星明ほしあかりすかして見たが、外套を着て頭巾を目深に被つた中脊の男、どうやら先刻さつき畷で逢つた奴に似て居る。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
闇をすかして、相手をうかがう、雪之丞の細っそりした右手めてはいつか、帯の間にはいって、懐剣の柄にかかっていた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
何だか「即興詩人」の中の賊の山塞へ伴はれる様な気がした。山荘の扉の前は一面にひよろ長い草がひ茂つて星明りにすかせばそれが皆花を着けて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
三日月みかづきなりにってある、にいれたいくらいのちいさなつめを、母指おやゆび中指なかゆびさきつまんだまま、ほのかな月光げっこうすかした春重はるしげおもてには、得意とくいいろ明々ありありうかんで
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
父の呼ぶ声がた聞えた。急に丑松は立留つて、星明りに周囲そこいらすかしてたが、別に人の影らしいものが目に入るでも無かつた。すべては皆な無言である。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
父はしきりにその三稜鏡をいぢつてゐたが、特別に為掛しかけも無く、からくりも見つからない。しかしそれで太陽をすかして見ると、なるほど七りようの光があらはれる。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
ジッと暫くさうしてゐて、やがて与里は細々とした左手をすかすやうに眺め出したが、今度は又其の手を駄夫の鼻先へ何か硝子の棒切のやうに差し延して見せた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
と云いながら首に掛たる黒皮の懐中蟇口ふところがまぐちより長さ一尺強も有る唯一本の髪の毛を取出し窓の硝子にすかし見て
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
橋杭はしぐひに当る水音は高く聞えた。少年も老爺ろうやも主婦も其下を通る時、皆仰向いて、その大きな鉄橋を闇にすかして見た。兄弟は手を延してその橋杭はしぐひを叩いて通つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「や、そう言う声は勘さん。」甚八は奥の湯槽をすかし見ながら、「へえ、藤吉親分に御注進、朝風呂なんかの沙汰じゃあげえせん。変事だ、変事だ、大変事だ!」
すかせば朧気おぼろげに立木の数も数えられるのであった。源八郎の眼は長沼正兵衛すらも驚いているのであった。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
廣庭ひろにはむいかまくちからあをけむ細々ほそ/″\立騰たちのぼつて軒先のきさきかすめ、ボツ/\あめ其中そのなかすかしてちてる。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
しかし詩人等は屡糺繩を用ゐること糾纏のごとくにしてゐる。わたくしは題簽を熟視してゐるうちに、ふと紙下に墨影あるに心附いた。そして日に向つてすかして視た。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
春の新潮あらしほに乘つてくる魚鱗うろくづのやうな生々いき/\した少女をとめは、その日の目覺めに、光りをすかして見たコツプの水を底までのんで、息を一ぱいに、噴水の霧のやうな、五彩の虹を
(旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
すかさず追蒐おっかけて行って、又くわえてポンとほうる。其様そん他愛たわいもない事をして、活溌に元気よく遊ぶ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
雖然其苦痛をつぐなふだけの滿足もあツたのだから、何うにか此うにかおツこらへては經てゝ來た。滿足とはガラスをすかして見てゐた花を手に取ツて頬ずりしたことであツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
夜卓はビデェ付の大きなやつで、そのうえに裸体美人のすかしのある桃色のシェードのかかった卓上灯が載り、一帯の雰囲気が、気の散るほど、なまめかしいのには驚いた。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それは、っとするのと飛び退くのと、同時だった。しかしジェソップ氏は、からだをかがめ顔を地にすれすれにして、とおく残光が、黄麻畑の果にただようあたりにすかした。
一週一夜物語 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
隠れではありますが空をとおしておりますために、雨天でない限りは、どんな暗夜やみよでも下の国道からすかして見え易い事を、用心深い犯人がよく知っていたに違いありませぬ。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
男はキョロキョロと四辺あたりを見廻してから、一枚の紙片を遠くの常夜燈じょうやとうすかして見せた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
星の光が澄み切って、濁りのない山中の空気をすかして、針のように鋭くチラチラする。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
雪明りにすかしておしおの家が眼にとまった時、彼はぎくりとしたように足をめた。そして、ためらうように窓の明りをながめていたが、きゅうに足をめぐらして二歩三歩帰りかけた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
そして総合的には決して醜い生き物の行為としてではなく、ひどく幻影化された美しいあるものの秘戯を睫毛まつげ越しにすかして見たという程度にしかぼくの肉体には影響していなかった。