ばか)” の例文
いくたびもそっと床を離れては窓際に来たが、しーんと寝静まった村の中に、自分ひとり落ちつかないのが不安に感ぜられるばかりだ。
小火ぼやで済めば、発見者として、辰公の鼻も高かったのに、生憎、統々本物になったばかりに、彼にとっても、迷惑な事になって了った。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
「そう俯向いてばかりいないでたまにはこっちをごらんよ、私はまだ妻の顔さえよく知らない良人だ、——これは少し変則だと思うがね」
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
呆然たる松吉の方を、それ見たかといわんばかりの眼つきで睨んで、北鳴四郎は沛然はいぜんたる雨の中を、稲田老人と共に駈けだしていった。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
此方こちらには葡萄棚もあり其の他種々いろ/\菓物くだものも作ってありまして、彼是一町ばかり入ると、屋根は瓦葺かわらぶきだが至って風流な家作やづくりがあります。
私には暗い/\日ばかり続いて居ます。もう幾日経つたのか忘れて了ひました。此処にうして居ると堪らなく世の中が恋しくなります。
獄中の女より男に (新字旧仮名) / 原田皐月(著)
實際じつさい地質學ちしつがく研究けんきゆうしてゐる地層ちそうふかさは地表下ちひようか二三里内にさんりないよこたはつてゐるものばかりであつて、醫學上いがくじよう皮膚科ひふかにもおよばないものである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
聴かないばかりでなく李如松は怒って之を斬ろうとさえしたが、参謀が惟敬をして行長を偽り油断させる策を説いたので命だけは助かった。
碧蹄館の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
体をおもしにして無理に押分けて行く、不意に針蕗が搦み付いてチクチク刺すには弱った。黒木の繁った二つばかりの突起が前面に現れる。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
もっとも此十年ばかりは余程中風めきて危く見え、かつ耳も遠くなり居られ候故、長くは持つまじと思ひ/\是迄これまで無事なりしは不幸中の幸なりき。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして二週間ばかり、ポーター先生や引退した英国の老法律家夫妻と、ツーン湖畔のオーベルホッフェンといふ小村で暮したことがあつた。
ツーン湖のほとり (新字旧仮名) / 中谷宇吉郎(著)
今日けふはれにと裝飾よそほひて綺羅星きらほしの如くつらなりたる有樣、燦然さんぜんとしてまばゆばかり、さしも善美を盡せる虹梁鴛瓦こうりやうゑんぐわいしだゝみ影薄かげうすげにぞ見えし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
良人は四十も過ぎているし、私はやっと二十二の春を迎えたばかりですし、誰が見ても順当に運んだ新郎新婦とは受取りますまい。
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして、これも、同様の経験から四、五日前にツェレリナを逃げ出して来たばかりだという、かのロジェル・エ・ギャレに会ったのである。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
よしの間を潜ツて、その小川の内に穴(釣れさうな場処)を見つけ、竿のさきか何かで、氷を叩きこわし、一尺四方ばかりの穴を明けるです。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
類焼るいしょうの跡にてその灰をき、かりに松板を以て高さ二間ばかりに五百間の外囲そとがこいをなすに、天保てんぽう時代の金にておよそ三千両なりという。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかるに政府せいふ海外かいぐわい保有ほいうして對外資金たいぐわいしきん段々だん/\減少げんせうしてて、六千萬圓まんゑんばかりになつたため段々だん/\爲替相場かはせさうばさがつてたのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
いつでもヘマばかりさ。荷物を担ぎ込んだ所を突き留て飛び込むと、本人がいる所か、ホンの荷物の中置所にしたに過ぎないのだ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
宗助そうすけ小六ころくあひだには、まだ二人ふたりほどをとこはさまつてゐたが、いづれも早世さうせいして仕舞しまつたので、兄弟きやうだいとはひながら、としとをばかちがつてゐる。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
不思議なのは、雷狩をした年の夏は、屹度きつと雷鳴かみなりが少いといふ事だ。この雷狩は山や野原でするばかりでなく、またうみぱたでもやる。
予が書いたものの中に小説というようなものは、僅に四つ程あって、それが皆ごくの短篇で、三四枚のものから二十枚ばかりのものに過ぎない。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それは二枚折の時代のついた金屏風で、極彩色の六歌仙が描かれていたが、その丁度小野おの小町こまちの顔の所が、無惨にも一寸いっすんばかり破れたのだ。
心理試験 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
読者に完璧かんぺきの印象を与え、傑作の眩惑げんわくを感じさせようとしたらしいが、私たちは、ただ、この畸形きけい的な鶴の醜さに顔をそむけるばかりである。
猿面冠者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それは床から五フィートばかりの壁に設えたずしの中に納められてあった。淡い間接照明の光は、奥深い洞穴の様な感じを与えていた。
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
浅田家の方の側は、ずっと門構えのしもたやばかりであるが、向い側は市外の発展を見込んで二三年前に出来た店舗みせやが、とびとびに並んでいた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
だから、三月ばかりたつて、修一が小宮町へ顔を見せると、いそいそとして迎へたが、修一はお茶も飲まぬうちに、いきなり
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
周囲まはりには村の若者が頬かぶりに尻はしよりといふていで、その数大凡およそ三十人ばかり、全く一群ひとむれつて、しきりにそれを練習して居る様子である。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
だつてあの方が五分ばかり前こゝにゐらして、一ヶ月以内にあなたがあの方の奧さまにおなりになると仰しやつたに違ひないらしいのですもの。
あと一丈ばかりもあろうかと思われる白い処を両手で一気に繰り拡げながら、ほんの申訳もうしわけ同様に追いかけ追いかけ見て行った。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ただごうっと吹く風の音、ばらばらっと板屋を打つ雨の音にばかり神経は昂進たかぶるのである。新聞も読掛けてよした。雑誌も読掛けたまま投げてやった。
大雨の前日 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
驚いたのは、左京路之助ばかりではありません。名探偵花房一郎が、老古銭家に化けて入りこもうとは、誰だって気が付くわけはなかったのです。
古銭の謎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
蕎麦そばもこの頃はめました、かゆ野菜やさい少しばかり、牛乳ぎゅうにゅう二合ほどつとめてみます、すべて営養上えいようじょう嗜好しこうはありませんと。
求むれば、彼の仔細は、毛利小平太の仔細と同一だ、即ち臆病風に襲はれて、一命が惜しきばかりに逃亡したといふことだ
寺坂吉右衛門の逃亡 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
彼の人は、自分では決して嫌な思ひをしないで済す事ばかり考へてゐるんだ。逸子は、夫に種々な例を一人で挙げてゐた。
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
気の置けさうにない連中れんぢゆうだが、まだ馴染なじみが浅いので食堂で顔を合すばかり、僕は相かはらず二等室へ出掛けて日をくらして居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
職員室には、十人ばかりの男女をとこをんな——何れもきたな扮装みなりをした百姓達が、物におびえた様にキヨロ/\してゐる尋常科の新入生を、一人づゝ伴れて来てゐた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「当り前じゃアありませんか。きょう棟上むねあげをしたばかりですもの。そんなにすぐ屋台骨がぐらついて耐るもんですか」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
鸚鵡おうむ返しの声が終らぬうちに、忠一の持った松明の火先ひさきが左へ揺れると、一けんばかり下の大岩のあいだに又もや金色こんじきが閃いた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
先づ入る者は主と爲るとか十七字三十一字と古き世より定まれるが故に耳も口も此調にばかり馴れたるものとおぼし。
字余りの和歌俳句 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
お糸さんの用事つてのはつまらないことであつた。品川のある小新聞社の社員が艶種つやだねを売りに来たので、少しばかりの金を「桔梗」のおかみがくれてやつた。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
旦那だんなぢや、〆粕しめかすばか使つかあんだつぺか」おつぎは自分じぶんらぬ不廉ふれん肥料ひれうのことにいていた。勘次かんじがついて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
長男の竜一がやうやく小学校に上つたばかりであり、次の昌平は悪戯いたづら盛りで、晩年のお産のためか軍治は発育が悪く、無事に育てばよいがと思はれる程だつた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
此の作者は今年大学を出たばかりであつた。そして単に食ふことの必要上此処こゝに入つて匿名で連鎖劇を書いてゐた。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
恋愛は唯に人類が社会の新しき一員を得るの衝動となるばかりではない、それは人類が更らに密接なる関係を結び
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
罪亡つみほろぼしになる人もありましょうし、中にはまた貴い身分のお方が有名な美人だったある公使夫人にお会いになりたいばかりに、坊さんに扮して公使館を訪ね
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
田畦たあぜ数町を隔てゝ塩手村しおでむらの山陰に墓所あり。村のわらべにしるべせられて行けば、竹藪の中に柵もてめぐらしたる一坪ばかりの地あれど、石碑の残欠だに見えず。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その沈黙のうちに、いま私が少しばかり上ずったような声で云った言葉がいつまでも空虚に響いているような気がして、急に胸がしめつけられるようになった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「後ろを引詰ひっつめ、たぼは上の方へあげて水髪にふつくりと少し出し」た姿は、「他所よそへ出してもあたまばかりで辰巳仕入と見えたり」と『船頭深話せんどうしんわ』はいっている。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
何事か面白相に語らい行くに我もお辰と会話はなし仕度したくなって心なく一間いっけんばかもどりしを、おろかなりと悟って半町歩めば我しらずまよいに三間もどり、十足とあしあるけば四足よあし戻りて
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
へやは十じょうばかりの青畳あおだたみきつめた日本間にほんまでございましたが、さりとて日本風にほんふう白木造しらきづくりでもありませぬ。